香港国家安全法が日本経済に与える影響 j-fashion journal(445)
1.高度な自治を失った香港
5月28日に閉幕した中国全人代において、香港への国家安全法導入が決定した。中国の国家安全法は政権転覆や機密情報漏洩の防止だけでなく、領土保全、インターネット規制まで幅広い分野をカバーする法律である。この法律を香港の立法会を通さず、中国共産党が勝手に決めたことになる。
前日の27日、アメリカのポンぺオ国務長官は「もはや香港が『高度な自治』を維持しているとは言えない」と宣言した。
そして29日、トランプ米大統領は「中国による香港国家安全法の導入決定は明らかな中英共同宣言違反であり、香港と中国、世界の人々の悲劇だ。中国は一国二制度を一国一制度に置き換えた。香港への通関・旅行などの優遇措置を撤廃する手続きを始めるよう指示した」と発表した。
同時に、かねてより「中国寄り」と批判を強めていた世界保健機関(WHO)からの脱退を宣言した。
2.金の卵を産む「香港」を殺すのか?
香港と中国はどうなるのか。最悪のシナリオは以下の通りだ。
香港が「高度な自治」を失ったことにより、アメリカは香港優遇を停止する。
香港ドルと米ドルの交換が制限され、中国は香港経由の米ドル調達ができなくなる。
中国の輸出産業はコロナ禍により、完全に停止し、米ドルが入ってこない状態にある。米ドル決済の輸入ができなくなり、中国国内の物価も上がるだろう。同時に、部品等が輸入できないと、輸出も再開できない。ますます米ドルは不足し、人民元は下落する。
中国企業は内部留保が少なく、その分個人が株や不動産に投資してきた。現金確保のために株や不動産を売却する人が増えれば、不動産バブル、株式のバブルが崩壊する。そして、銀行や地方政府が破綻するケースも出てくるだろう。
中国企業は倒産が増え、中国国内の失業者も増える。中国は建国以来初めての不況に直面するのだ。
中国の経済成長は、輸出産業が牽引した。しかし、現在は世界の得意先が中国に不信感を抱いている。
中国は技術を他国から盗み、補助金を出して製品価格を下げ、ハニートラップや買収によりキーパーソンへの影響力を強めてきたのではないか、という疑いがあるのだ。
どんなに品質が良くて安い製品だったとしても、中国が反国際社会の勢力と定義されれば取引はできない。
アメリカは中国企業だけでなく、中国企業と取引した企業も制裁するだろう。そうなれば、中国生産に依存している日本企業も無傷ではすまされない。
香港は、金の卵を産む鵞鳥だった。中国は、その鵞鳥を「鳴き声がうるさい」と殺してしまったのだ。
3.強制的に進む中国とのデカップリング
現段階で、多くの日本企業は中国とのデカップリング(分断)を望んでいない。日本企業は中国国内に多大な投資をしており、それを捨てることはできないからだ。仮に、中国生産のメリットがなくなっても、中国政府は簡単に撤退させてはくれない。保証金や賠償金、訴訟が待っているのだ。
チャイナプラスワンでASENに生産拠点を移転した企業も、素材の調達や物流、生産ロット等の問題に直面し、既に撤退し、中国生産に回帰したという事例もある。最早、中国生産しか考えられない、という企業も少なくないのだ。
しかし、それでも中国生産が継続できるかは不明だ。あらゆる業種の中国企業は都市封鎖によって資金繰りに苦しんでおり、倒産ラッシュを迎えようとしている。
更に、香港が国際金融センターの機能を失い、米ドルと香港ドルとの交換ができなくなれば、銀行の倒産や不動産バブルの崩壊も早まるだろう。最悪の場合はハイパーインフレが起きる可能性もある。
中国国内は混乱に陥り、全ての経済活動が麻痺するかもしれない。
そうなれば、マスクで起きたような事態が他の商品でも起こる。中国の経済回復が見込めなければ、中国生産、中国市場は諦めざるをえない。
4.国内生産回帰で新たな成長モデルを
昔は、「アメリカがくしゃみをすれば日本が風邪をひく」と言われた。日本の最大の貿易相手国がアメリカだった時代だ。
現在は、中国が日本の最大の貿易相手国である。「中国がくしゃみをすれば日本が風邪をひく」状態だ。現実は風邪ではなく、重症の肺炎である。しかも、アメリカ、中国を含む世界中が同時に影響を受けている。
この影響がどれほどのものかは、数年後に分かるだろう。おそらく天文学的な経済的損失になるはずである。
今回のコロナ禍によって、日本はグローバリゼーションの恩恵を受けなかったことが明らかになった。結局、消費財のほとんどを国内で生産していた時代こそ、最も経済力が強かったのである。グローバリゼーションは、商社と小売業、海外工場が利益を得たに過ぎず、国全体で見れば明らかにマイナスだった。
中国生産を進めることは、中国で雇用を生み出し、国内の雇用は失われる。中国生産と競合する日本国内のメーカーは価格競争に破れ淘汰された。
商品価格が下落し、その分、数量を増やそうとしたが、売上は増えず売れ残りの在庫が増えた。大量の資源を使い、ビジネスを縮小し、廃棄物を増やし、運送の燃料を消費した。サスティナブルとは正反対のビジネスを志向していたのである。
そう考えると、中国生産から国内生産に移行することは悪いことではない。むしろ、サスティナブルな成長モデルが見えてくるのではないか。
*有料メルマガj-fashion journal(445)を紹介しています。本論文は、2020.6.1に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。