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July 31, 2023

地域社会に貢献する商業を目指そう j-fashion journal(547)

1.高度経済成長は「三方よし」から

 仕事をする目的は何でしょう。
 日本では「三方よし」といって、「売り手良し」、「買い手良し」、「世間良し」の三つの「良し」が目的とされていました。売り手と買い手がともに満足し、また社会貢献もできるのがよい商売ということで、近江商人の心得になっています。
 ここには、「株主良し」とか、「資本家良し」はありません。考えてみれば、日本が高度経済成長を維持していた時代は、銀行との株の持ち合い等により、日本企業は海外資本家の支配から独立していました。しかし、国際標準の名の元に、日本企業は防御の鎧を剥がされ、海外資本の支配を受け入れることになりました。
 その他にも、様々な法律、政策により日本企業は弱体化しました。
 こうして多くの大企業は海外資本の搾取の対象となりました。次のターゲットは、上場していない中小企業です。
 デービッド・アトキンソン氏は、かねてより中小企業の生産性の低さを問題視し、合併・買収(M&A)などによる企業規模拡大の必要性を訴えています。
 しかし、商売の目的が「三方良し」ならば、生産性が低いことに何の問題もありません。また、生産性を高めて、資本家に多くのリターンをもたらす必要もありません。
 
2.トータルな国益を考える

 生産性が低くても、社員を雇用し、社員の生活を支えることには、大きな価値があります。会社の生産性が低くても、仕入れ先、販売先、関係先の国内企業に利益をシェアしているのなら、日本の国益に貢献していることになります。
 逆に、海外生産によるコストダウンで利益を上げた企業は、生産性が高くても、日本国内の従業員や関係先企業には貢献していません。更に、人件費の低い海外生産による薄利多売のビジネスモデルは、単価の下落による市場収縮を招き、デフレスパイラルの元凶となりました。これは日本経済の大きな損失です。
 この矛盾は、「グローバリズムこそ正義だ」、という思い込みによって隠されてきました。
 日本の失業者が増えても、中国の雇用が増えればいい。日本人の所得が減少しても、中国人の所得が増加すればいい。地球は一つなんだから、人種で差別するのはおかしい。それがグローバリズムだというのです。
 本当にそうでしょうか。我々は大きな犠牲をはらいながら、グローバリズムの社会実験を行ってきました。そして、結論が出ました。
 中国生産と資本の自由化を軸としたグローバリズムは、日本経済を成長から衰退へと転換させました。そして、世界の中で日本だけが所得が上がらず、貧困化が進みました。これは明らかに経済政策、金融政策の失敗、あるいは悪意だと思います。
 

3.グローバリズムの終了

 幸いなことに、グローバリズムは崩壊しつつあります。そもそもグローバリズムは、持続可能で安定した世界を目指していません。
 グローバリズムでは、ごく一部の巨大なグローバル企業が世界市場を独占的に支配することを理想としています。世界各国の製造業は、巨大なグローバル企業の下請けとして生き残るしかありません。また、世界各国の独自の文化を持つ消費者も、グローバル企業が供給する画一的な商品を購入するしかありません。これがグローバリズムの完成形です。
 グローバリズムは自給自足経済の対極にあります。完全な自給自足生活は、多くの貨幣を必要としません。お金を稼ぐための仕事ではなく、生活を維持するための作業が主な仕事になるからです。自給自足経済に国際金融資本は必要ないのです。
 地域毎の経済が自立し、地域通貨や物々交換で商業活動が機能し、地域内で資金調達ができれば、国際金融資本は必要ありません。
 1970年代までの日本の国内経済はほぼ自立していました。資源は海外から輸入しても、輸出に依存せず、国内需要で経済が回っていました。
 グローバリズムを推進した結果、国単位の自立経済は失われ、相互依存を高めました。経済はグローバル化したものの、自由主義と共産主義、独裁主義と民主主義という対立は残されたままです。
 その上、グローバル経済は米国の金融バブル、中国の不動産バブルを育てました。
 そして、矛盾と対立を抱えたまま、コロナ禍で世界は止まったのです。強制的にグローバリズムは終わりを迎えました。そして、グローバルなバブルが弾けようとしています。
 
4.地域コミュニティと新しい商業

 グローバリズムを動かす原理は、貨幣と資本による支配と利己的な利益追求です。その手段として、世界的な大量生産・大量販売があります。
 それらの弊害として、貧富の格差、環境汚染、人権侵害等が起きました。この原理を逆転すれば、世界は良い方向に改善されるでしょう。
 たとえば、大量生産・大量販売から、注文生産、少量生産に移行することです。注文生産は、消費者と生産者の距離が近いことが条件です。そうすれば、物流のエネルギー消費を減らすことができます。また、少量生産なら廃棄も少なくなります。無駄が減るので、利益率も高くなります。
 大量生産大量消費を想定すると、大規模な工場で集中的に生産することになります。しかし、地産地消を原則にすれば、地域ごとに分散して生産すればいいのです。
 そして、チェーン店ではなく、個店で販売します。地元の市場とか商店街のイメージです。商店街の良さは、商店主が地域社会に密着していることです。一つのコミュニティの中で顔見知り同士が、互いに供給と消費を行います。酒屋は電気屋から家電製品を購入し、電気屋は酒屋からお酒を購入する。商店街の中で商品とお金が交換され、商売そのものが地域貢献になるのです。
 そして、日々の買い物を通じて高齢者の見守りや、地域の治安維持にも貢献します。災害時には地域コミュニティの拠点としても機能します。
 チェーン店は、経営者の顔が見えません。多くの従業員は外部からの勤め人です。チェーン店の売上が上がっても、その利益は本社が吸い上げます。当然、地域活動への参加も期待できません。
 ビジネスだけを考えるならば、大企業の方が生産性は高いかもしれません。しかし、地域社会活動全体を考えると中小企業、商店主の方が、貢献度は高いでしょう。中小企業を潰すことは、行政コストが上がり、税金が上がることにつながります。中小企業を判断する場合、生産性だけでなく、社会貢献のコスト負担を考える必要があります。
 かつての日本企業は、複雑な流通構造を通じ、利益を配分し、雇用を確保し、社会の安定に寄与していました。ですから、効率追求で問屋無用論を振りかざすことは短絡的だったと思います。
 経営者である前に地域コミュニティのメンバーであることを認識しましょう。生産性よりも地域安定性を優先しましょう。自分だけ儲かればいいのではなく、地域のお客様や仕入れ先にも貢献することです。これが実現すれば、新たな社会的役割を担う、新しい商業が生れると思います。

*有料メルマガj-fashion journal(547)を紹介しています。本論文は、2022.5.16に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。  

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