日本にはデザイン戦略が必要だ j-fashion journal(533)
1.ユニフォームは利権ビジネス
2022年北京五輪の開会式は、中国らしい華やかな演出が光っていました。各国選手団のユニフォームもそれぞれのお国柄が現れています。
そんな中で、日本選手団のユニフォームは無難ではあるが何か物足りない感じを受けました。これは今回に限ったことではなく、毎回感じていることです。
五輪ユニフォームのデザイン選考はほとんど密室で行われています。国民を巻き込むイベントとして演出されることもないし、デザイナーによるプレゼンも見たことがありません。
公共のユニフォームは百貨店が受注することも多いのですが、これも不思議な話です。昔からの既得権に過ぎません。
かつての百貨店には、オーダーサロンがあり、デザイナーがいました。当然、素材の仕入れルートもあるし、傘下の縫製工場も所有していました。しかし、現在の百貨店は売場を貸しているだけの不動産ビジネスが中心で、既に服を作るノウハウは失っています。
百貨店が受注しても、伝票を通しているだけで、実際には、ユニフォームアパレル、スポーツアパレル、商社等が制作しています。ユニフォームビジネスには利権がつきものなのです。
2.欧米の公共デザイン
欧米各国のユニフォームは、著名なクリエイティブディレクター、(デザイナー)に委託します。あくまで主役は個人です。全体をプロデュースする個人を設定しないと、プロジェクトがまとまらないからです。全てのクリエイティブな要素を、一人の個人の目で管理することで統一感が生れます。これを会議で決めるのは困難です。会議にかけると、どうしても平均的な意見にまとまってしまうからです。
それでは、どのように特定のクリエイティブディレクターを選定しているのでしょうか。
日本では、デザイン分野では素人でも、社会的地位の高い人が選定委員になります。そういう人は自分では選定できないので、広告代理店やコンサルタントの意見に従います。結果的に、特定の代理店や企業等の利益につながる人を選定することになります。
欧米はプロの評論家、批評家が存在します。常にコレクションをチェックし、評論することを仕事にしている人です。そして、コレクションでは、ランキングが付けられます。ここでも、評論家、批評家等のプロが選定し、それを公表します。
プロの評論家、批評家の存在。そして、ランキングの存在。それらの情報を伝えるメディアの存在。そして、クリエイティブな情報に常に触れている読者の存在。これらが揃って初めて、公正な選択が可能になります。
そして、依頼されるクリエイティブディレクターも、公共デザインの仕事を名誉と考えます。公共デザインの仕事は、個人の職歴として残るのです。
この様な環境の中でコンペを行えば、クリエイティブディレクター、デザイナーは自分の名誉をかけて、質の高いデザインを応募するでしょう。残念ながら、日本にはこうした仕組みがありません。
3.国家のアイデンティティ
五輪開会式という世界各国が比較されるステージで、無難なデザインのユニフォームが登場すること。日本人は、そのことをあまり気にしていません。日本人は、日本のビジョン、日本のアイデンティティを共有していないのです。
例えば、中国は米国を経済で追い抜き、世界の大国となり、共産主義で世界を支配しようと考えています。そのためには、常に中国を大国として印象づけ、自らの力を誇示しなければなりません。
米国は、世界のリーダーであり、軍事、経済、金融の分野で世界をリードしています。従って、世界一に相応しい態度、ふるまいを目指しています。
ヨーロッパ各国は、歴史や文化を背景としたアイデンティティを持っています。そういう意味で、フランスやイタリアは自国の文化をあらゆる場面で訴求しているます。勿論、五輪選手のユニフォームはその典型です。
日本はどうでしょう。どんなイメージを世界に訴求したいと考えているのでしょうか。
私は、「日本は、国際的に目立つことを避けている」ように感じています。目立てば、いろいろと文句を言われたり、批判されます。そう考えると、無難がいいということになります。
目立ちたくないし、主張したくない。日本の文化や歴史の素晴らしさは分かっていても、それは自分たちだけの宝物にしておきたいと思っているのではないでしょうか。
4.ジャパン・アズ・オンリーワン
日本が鎖国をして、ひっそりと暮らしていくだけならば、それで良いのかもしれません。しかし、国際社会では、主張しないことは、存在しないことと同義です。こうした態度を続けていけば、日本は衰退するでしょう。世界から忘れ去られ、、国民も国に対して誇りが持てなくなります。
日本も昔は明確な目標を持っていました。西欧先進国に追いつき、追い越すことです。その目標は確かに達成されました。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という書籍も刊行されました。
しかし、経済的成功は長続きしません。為替をコントロールされ、欧米標準の法令を強制され、日本の強みを失っていきました。
勝負に勝つと、ルールを変えられてしまう。そんな悲哀を何度も味わった結果、目立たずひっそりという路線になったのかもしれません。
ここで発想の転換が必要になります。経済的な成長を追求するのではなく、経済に依存せずに幸せになる道を探すことです。日本の歴史や文化を振り返れば、西欧とは異なる思想や価値観を見いだすことができます。
一神教ではなく多神教であること。神と悪魔の二元論にも与せず、むしろ、神と仏が両立する神仏混淆的な思想です。自然は神が創造したものではなく、自然そのものが神であり、人間は自然の中で生かされているという自然観と人間観。
経済活動も競争原理に基づくものではなく、共存、共生の原理で発展させようと考えます。最先端のハイテクと伝統的な職人仕事も共存しています。貨幣経済以前の物々交換、自給自足の思想等も、デジタル化によって新しく生まれ変わるかもしれません。そういう多元的な価値観を訴求するのです。
そういう意味では、「ジャパン・アズ・オンリーワン」である。かつては、脱亜入欧を目指しました。今後は、脱亜脱欧を目指すのです。そして、世界に日本文化、日本の美意識、日本の価値観を訴求していくことです。訴求といっても、西欧のように征服したり強制するのではありません。西欧の価値観と共存させてもらうのです。
日本は世界の中で、唯一のユニークな存在であり、世界はこの異質な国を重要文化国として保護すべき、という訴求はどうでしょうか。
そういう大きな国家としてのデザイン戦略があれば、五輪ユニフォームも変わってくるでしょう。
*有料メルマガj-fashion journal(533)を紹介しています。本論文は、2022.2.7に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。
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