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April 02, 2021

武道とスポーツについて考える j-fashion journal(411)

1.粗食で持久力を保つ

 明治の頃、日本に来た外国人が車夫のスタミナに驚いたそうだ。何を食べているのかと思ったら、麦飯と梅干しだけだった。「こんな食事でこれだけ走れるのだから、肉を食べさせれば、どれだけパワーが出るだろう」と無理やり肉を食べさせた。すると、途端に走れなくなった。車夫は「お願いだから、いつもの食事に戻してくれ」と嘆願した。元の食事にしたら、再び驚異的なスタミナを取り戻したそうだ。
 当時の日本人は草食動物に近く、肉食動物の欧米人とは消化吸収や運動のメカニズムが違っていたのかもしれない。
 当時の日本人の身体の使い方は現代とは異なっていた。重心が低く、地面にしっかりと両足が着いている。朝から晩まで畑仕事をしたり、朝から晩まで人力車を引く仕事は、何より持久力が求められた。しかも、粗食でそれを可能にしなければならない。大きな筋肉は効率が悪いし、体重が増えれば持久力を維持できなくなる。
 現在のスポーツ競技はタイムや勝負にこだわる。効率は関係ないし、持久力も必要とされない。競技の時だけ最大のパフォーマンスを発揮すればいいのだ。
 それに対して、昔の日本人は生活に必要な身体を持っていた。筋肉に負荷を与えて筋繊維を太くする筋力トレーニングは、昔の日本人にとって意味のないものだったのだ。

2.遊牧民と農耕民の戦と武器

 チンギスハーンの時代、遊牧民族の戦争は敵を殲滅するものだった。女子供は活かしておいても、成人の男性は殺してしまう。敵の男を生かしておいては、再び敵になる可能性があるばかりで、何のメリットもない。
 一方、農耕民族の戦争は、農民を殺さない。農民を殺したら、食料が確保できなくなる。
 日本の戦国時代も、農民は戦(いくさ)見物に出かけたそうだ。安全な場所から戦を見物し、戦が終われば武者狩りをする。ある意味で、戦は農民の娯楽でもあったのだ。
 日本の戦は敵が降参すれば終わる。敵を全て殺すことはない。敵の中に優秀な人材がいれば、自分の部下に加える。その意味で、武士はプロフェッショナルな存在だった。自分の能力を主君に売っているのであり、主君に依存しているわけではない。(しかし、長く太平の時代が続いた結果、武士も官僚的になり、儒教的なつながりが強くなったようだ)
 日本の武士は領民を大切にした。大切にしなければ、農民は領地から逃げ出してしまう。
 戦は殺し合いの場であると同時に、各藩の文化や技術、経済力の発露でもあった。城、馬、甲冑、武具や馬具を競い合う。それらで圧倒すれば、戦わずして城を取ることもできた。
 日本刀を作る製鉄技術は、そのまま農耕具に生かされる。強い鉄を作れば、農業の生産高も上がるからだ。
 日本人の体型にあった軽くてしなやかで切れ味鋭く折れない剣。それを使いこなす体術は、農耕作業と同様、腰と体幹を使う。農民の作業と剣を扱う身体の使い方には多くの共通点がある。
 もし、日本が遊牧民族ならば、人口を増やさず、飛び道具が発達しただろう。鉄砲が伝われば、弓矢の代わりに鉄砲を使ったはずだ。
 鉄砲は敵を殲滅するのに適しているが、農耕民である日本人の日常生活と乖離している。製鉄文化とは異なる火薬文化は、日本人の戦(いくさ)観には合わなかったに違いない。その証拠に、太平の時代になると、日本人は鉄砲を捨てて、日本刀を帯刀することを選んだ。そして、日本刀は芸術品のように、職人の技術で彩られた。実用品ではなく、精神的アイテムなのだ。
 
3.日本刀のクールな美意識
 
 日本の武道は、太平の世になって、槍や薙刀から日本刀に集約されていった。
 素手の柔術も日本刀を持つ相手を素手で制する技だし、棒術や杖術も日本刀を棒で制する技である。常に中心には日本刀がある。
 日本刀は、よく切れる大きな包丁である。力いっぱい叩いても切れない。当てて引く、あるいは当てて押すことで切れる。日本刀で切る技は、料理人と同じで、腕力は必要ない。筋力を付けすぎると、動きが鈍くなるし、疲れやすくなる。
 筋力よりも、相手の心理を読み、相手の動きを予測して、しなやかに動くことが求められた。その意味で、剣術は心理戦である。相手に油断させるために、最初から身体に力を入れない。力を抜いて、相手が気がつかないうちに刀を抜く。表情に出さず、殺気も感じさせず、相手にアドレナリンを分泌させることもなく、命を奪う。日本刀には、そういうクールな美意識がついて回る。
 更に進めば、切らずに相手を降参させる。切ろうとしても切れない。互いににらみ合いながら、隙を見つけられずに時間が過ぎる。やがて「勝負は後日改めて」ということで分かれる。これが理想の剣だ。人を殺さない剣である。
 ここまで来ると、精神力の勝負になる。高齢になっても、相手を圧倒する。筋力の勝負ではなく、精神と身体、全人格的な勝負になる。
 
4.現代人にも古武道を 
 
 日本刀を基本にした古武道は日本人に合っている。日本人の心理、日本人の体型、日本人の食生活等とマッチしている。
 但し、日頃の修練が欠かせない。無理をして筋肉を痛めつけるのではなく、前身の筋肉をバランス良く使うことで、疲れずに全身を鍛える。無理をしないので、故障することがない。非常に合理的な動きである。
 古武道家の甲野善紀氏は、身体の動かし方は、「溜めず、捻じらず、うねらない」が基本だという。歩く時も踵を上げずに、足裏全体を上に上げる。現代人の動き方とは全く発想が異なるものだ。
 現在、身体を鍛えるには、スポーツや筋トレが一般的だが、私はそこに古武道を加えるべきではないか、と思う。

*有料メルマガj-fashion journal(411)を紹介しています。本論文は、2019.10.7に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。  

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