My Photo

お知らせ

無料ブログはココログ

« 二巡目の青春をどう生きるか? j-fashion journal(288) | Main

January 08, 2019

ブラック企業という概念は、どのように生れたか j-fashion journal(289)

1.サラリーマンと職人

 今は、サラリーマンになることが当たり前の時代だが、1950年代はサラリーマンはエリートだった。サラリーマンのイメージは、背広を着て鞄を持って会社に行く姿だ。小学校に上がったばかりの私の記憶では、近所で見かける背広の後ろ姿はとてもカッコ良かった。
 私は東京墨田区の生れだが、ほとんどの家のお父さんは中小企業の経営か、中小企業の下請けか、中小企業で働く商人か職人だった。
 今でこそ「職人」はほめ言葉だが、当時の「職人」いう呼称はどちらかと言えば蔑称に近く、職人と呼ばれるのを嫌った人も多かった。手に職をつけた職人は、働き口に困らなかったし、条件の良い勤め先が見つかれば転々と勤め先を替える、その日暮らしの人が多かったからだ。
 サラリーマンになるには、大学を卒業し、大企業に就職しなければならなかった。そうすれば、月々決まった給料を受け取れる。終身雇用なので、定年まで一つの会社に勤めることができる。

 サラリーマンがエリートだった頃は、日本のために仕事をしているという気概を持っていたと思う。「会社の目的は利潤の追求」でも、会社が利益を上げることが国を豊にすることであり、それが国民の幸せにつながるというイメージが定着していたのだ。
 そんな時代に「ブラック企業」という概念はなかった。ブラックな人は今より多かったし、私利私欲のための会社もあった。
 今では反社会的存在と定義されている「やくざ」も社会的に認知されていた。不良の受け皿や警察との連携など、ある意味で社会的な機能も果たしていたと思う。当時の社会は、現在より多様であり、同調圧力も今ほど強くなかった。
  
2.パンピーのリーマン

 大学への進学率が上がり、スーツがユニフォーム化するにつれ、サラリーマンはエリートではなく、普通の人になっていった。パンピー(一般ピープル)のリーマン誕生である。
 経済成長と共に、社会は清潔になり、均一になっていった。社会的規範が明確になり、同調圧力が強くなっていった。
 バブル崩壊と共に、経済成長は止まった。そして、リストラが起こり、終身雇用も崩壊していった。新卒の採用を見合わせる企業が増え、就職氷河期を迎えた。かつての多様な社会が残っていれば、サラリーマン以外の道も簡単に選べただろう。しかし、清潔で均一な社会において、選択肢は少ない。もし、社会のレールから外れてしまえば、犯罪に手を染めるしかない。
 リストラを経験したサラリーマン、就職氷河期を経験した若者、非正規雇用で働く若者は、かつてのような企業への信頼感を持つことができなくなった。会社は人生をかける対象ではない。生活のために必要な収入を得る場である。仕事人間が減少し、自分の趣味に生き甲斐を見出す人が増えるのも当然である。
 「ワークライフバランス」という概念が生れたのは、会社観、仕事観の変化によるものといえるだろう。

3.ブラック企業という概念
 
 私が勤めていた多くのアパレル企業は、現在の基準でいえばブラック企業だった。毎日残業するのが当たり前だったし、残業手当もなかった。現在との違いは、全員が正社員だったことだ。社員間で身分の格差はなかった。毎日残業し、その後で飲みに行って、午前様で帰宅するという生活が普通たった。
 「ブラック企業」という概念が生れたのは、非正規雇用が増えてからだ。仕事の内容は正社員と同じでも、身分の格差で、給料には大きな格差が生じる。企業への忠誠心が生れるはずもなく、生活のために労働を切り売りしている感じだ。そんな境遇で、「残業手当が支払われない」「不当なノルマを与えられる」ということになれば、会社への不満が爆発するのも当然である。
 正社員の意識も変わっている。会社との関係は雇用契約によるものであり、契約を遵守しない企業はブラック企業と認識される。

4.個人単位の独立採算制

 時代の変化と共に、社会通念としての仕事観、会社観は変化する。様々な世代が混在する会社組織の中では、それが統一されていない。年長者が自分たちの若い頃の常識を、現在の若い世代に押しつけると拒絶される。価値観が違うのだ。
 若い経営者のICT系企業は、楽しい会社を目指している。フレキシブルで居心地の良いオフィス。個人の生活を尊重し、個人の自主性を育てる。個人のキャリアアップを会社が支援する。副業や独立を認める。仕事を生活と対立させるのではなく、生活の一部として仕事や会社を位置づけようとしているようだ。
 「会社は利潤を追求する機関」なら、どんなジャンルの仕事をしてもいい。フレックスタイムでも在宅勤務でも、利潤さえ上げればいいのだ。
 独立採算制を突き詰めれば、事業部単位から個人単位の独立採算制になるだろう。但し、間接部門もあるので、収益の一部は全社的に配分しなければならない。組織やマネジメントの問題も、自由にプロジェクトチームを作り、プロジェクト毎の独立採算にして、参加メンバーで配分するルールができれば、組織図すら必要ないだろう。
 間接部門や中間管理職が増えることは、企業の競争力を低下させる。こうした役割は、AIが担うようになるだろう。
 会社は、個人のやりたいことを発見し、それをビジネス化するための装置であり、人的データベースになればいい。副業が認められるならば、複数の会社の仕事をすることも可能である。一つのプロジェクトチームでは、月5万円の収入しか得られなくても、10のチームに所属すれば生活ができる。旅行に行きたければ、旅行先で出来る仕事を提案したり、募集すればいいのだ。
 個人は自分の生活を設計することが求められる。会社もそれを支援する。そんな会社が増えて、成長すれば、ブラック企業は淘汰され、ブラック企業という概念も過去のものになるに違いない。

*有料メルマガj-fashion journal(289)を紹介しています。本論文は、2017.6.5に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

« 二巡目の青春をどう生きるか? j-fashion journal(288) | Main

ファッションビジネス」カテゴリの記事

Comments

Post a comment

Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.

(Not displayed with comment.)

« 二巡目の青春をどう生きるか? j-fashion journal(288) | Main