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January 14, 2018

低欲望社会のマーケティング j-fashion journal(270)

1.日本は低欲望社会化している?

 「低欲望社会」は、大前研一氏の造語である。日本全体が消費意欲のない国になってしまったことを指す。
 日本の人口が減少し、高齢者が増えている。高齢者はリッチで若者はプア。年金や介護保険等の負担は年々重くなり、一方で労働者人口は減少し続ける。人手不足でも、給料は上がらず、輸入品が増えるだけだ。
 最近はロボット技術とAI(人工知能)が進化し、無人工場に近づいている。製造業はいかに雇用を増やさずに、工場を稼働させるかを考えている。
 消費が伸びないので、店舗の採算が合わなくなっている。店舗を増やすことは、売上と利益を増やすことだったが、最近は負債そのものだ。百貨店、専門店が減少し、その分、ネット販売が増えている。既に、物流が回らなくなっており、ドライバーの人手不足が続いているが、これも自動運転システムやコンビニ流通の活用によって解決できるかもしれない。

 ここで考えなければいけないのは、日本人、特に若い世代は本当に欲望が減退しているのか、ということだ。

2.ビジネスモデルの変化も見逃せない

 私は消費不振の第一の要因は、流通在庫の減少ではないか、と考えている。
 店舗の中には、常に商品が一杯詰まっている。その店舗を増やす競争をしていのだから、在庫は増え続け、バーゲンが増え、採算が悪化するのは当然だ。元々、婦人服は、実需の4倍程度の供給があったと言われている。商品を供給しなければ、店舗が埋まらなかったのだ。逆に言えば、店舗を埋めるために商品を供給していたようなものだ。
 ネット通販では、サンプルの画像さえあれば、受注することができる。ネットショップの比率が増えれば、店頭在庫は減少し、供給は少なくてすむ。つまり、メーカーや卸商の売上は減少する。行き着く先は、バーゲンセールがなくなり、需要と供給が一致する。ここに至るまでの期間は、欲望が低くなくても、売上は減少し続けるに違いない。
 第二の要因は、事業主体が企業から個人へと変化したことだ。大量生産大量販売を支えていたのは、チェーンストアとマスプロモーションだった。これらは、個人では対応できなかった。ビジネスするには、企業組織が必要だったのだ。
 しかし、前述したように、チェーンストアは時代に合わなくなっている。無駄な在庫を積み込む商売は採算が合わないのだ。
 マスプロモーションが利かなくなった理由は、メディアの変化である。テレビ、雑誌の広告が機能しなくなり、メディアはインターネット上のSNSが中心となった。
 かつては、ファッション雑誌に掲載すれば商品が売れた。現在は広告に対する信頼が薄れている。それより、自分が信頼する個人のブログ、インスタグラム、ツイッター、フェイスブック等の影響力が大きい。
 個人でも、オリジナル商品を作り、数百着の商品を予約販売してしまうケースがある。百貨店に数十店舗の売場を持つブランドよりも、個人の方が販売力があるというケースも珍しくない。
 個人が輸出入を行い、個人が販売する。この売上は統計ではカウントされていないのではないか。欲望の問題ではなく、ビジネスモデルが変化したのである。
 
3.欲望から願望、希望へ

 モノを売るのではなく、体験を売ることを「エクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)」は呼んでいる。
 若者の欲望は少ないと言うが、東日本大震災には多くのボランティアが集まった。ボランティアの人達は「困っている人のために助けて上げたい」という気持ちがベースにはある。一方で、多くの人は、「被災者から励まされた」と語っていた。
 身近な事例で言えば、プロ野球の観戦は、テレビ観戦から球場観戦に変わった。テレビで観る方が便利なはずだが、球場での一体感や感動は味わえない。
 音楽の鑑賞方法も変わった。レコードやCDをオーディオで聞くのではなく、ライブを見に行く人が増えている。日常聞く音楽は、スマホにダウンロードしイヤホンで聞けば十分だ。しかし、ライブのような感動はない。
 同様に、様々なフェス、マラソン、自転車競技に参加する人は増加の一途である。
 昔は海外だけの話しだと思っていたが、最近は、日本人も大学卒業後、バックパッカーで世界を旅する若者が増えている。
 これらを見る限り、欲望がなくなったわけではない。欲望の性格が変わったのだ。経済的な欲望から、人生を楽しむという欲望。
 世間が決めたレールの上を走るのではなく、自分の好きな分野に進みたいという欲望。会社を辞めて、田舎の民家に住み、自給自足で生活するという欲望。
 経済的な要素以外の欲望は願望、希望と表現した方がいいだろう。欲望は減少していても、願望や希望は膨らんでいるということではないか。
 
4.企業経済から個人経済へ

 かつては、終身雇用が主流だった。現在は、終身雇用制度が崩壊し、新卒入社から定年までに何度も転職する人が増えている。終身雇用でないのなら、会社へのロイヤリティも低下するだろう。上司と酒席を共にするより、個人の生活を充実させたいと思うのも当然だ。あるいは、転職サービスの担当者と情報交換する方が有効かもしれない。
 私たちの時代は、転職するのも個人で職場を探さなければならなかった。それに比べると、隔世の感がある。
 会社と個人の境界が明確になることで、接待も減っている。接待ゴルフ、夜の接待も減少し、これも該当する業界にとっては死活問題だろう。
 「若者が恋愛離れしている」と言われるが、恋愛という過程を踏まずとも、男女の出会い系サービスは増えている。また、婚活サービスも増えている。相手のことを客観的に評価することができない恋愛より、ある程度身元や性格の客観的評価が付いている婚活サービスの方がリスクが低いのかもしれない。
 若者の活字離れについても同様のことが言える。今の若者は、マンガやアニメで社会のことを学んでいる。活字を読まなくても、ストーリーから離れているわけではない。むしろ、様々な世界観の中でストーリーは展開され、その独自の世界観が外国人ファンも魅了している。
 趣味の世界も活性化している。オタクを隠す必要もないし、ネット上で同好の士が集える場も増えている。
 また、「大人買い」のような特殊な購買行動も大きな市場になりつつある。
 モノ消費は減少の一途だが、コト消費、経験消費、体験消費は今後も成長を続けるだろう。
 個人の活動機会が増えることは、マイナスばかりではない。政府が社会保証を充実させなければ、介護離職は避けられない課題である。それを解決するには、個人でビジネスをする以外にはないのだ。
 欲望が減退しているように見えるのは、インターネットを基本にした社会への変化により、オフラインの商品、サービスの需要が減少していることに由来する。また、企業経済から個人経済への転換は、企業活動の鈍化にもつながるに違いない。
 しかし、国単位の経済が落ち込んだとしても、個人が幸せになれば良いのではないか。アベノミクスに批判が多いのは、国家財政、企業ビジネスばかりを視野に入れるだけで、個人の幸せという視点が欠けているからだと思う。アベノミクスだろうが、どんなミクスだろうが、個人の幸せにリンクする政策でなければ誰も支持しないのだから。

*有料メルマガj-fashion journal(270)を紹介しています。本論文は、2017.1.23に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。 

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