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January 14, 2018

規範なき世界の言論の行方 j-fashion journal(269)

1.マスコミ不信とトランプ支持

 ジョンレノンは、「イマジン」で、「天国も地獄も、国も宗教も、戦争も欲望も飢えもない世界を想像してごらん」と歌った。そして「皆仲間になって、平和に生きている」と。
 あのとき、私たちは想像できなかった。世界から規範が失われることを。全てがなくなるのではなく、全てが存在するという事態を。それがコントロール不能となり、対立する意見はまとまらず、争いをどのように解決するかが見えなくなることを。確かに天国はなかった。それは確かだ。
 アメリカの大統領選挙で暴言を繰り返すトランプ氏をアメリカ国民の半数が支持している。誰だって、格調高いオバマ氏の演説と、品のないトランプ氏のツイートの違いは分かる。それでもトランプ氏を支持したということは、アメリカ国民は格調高い演説を信じることができず、言葉は汚くても、自分たちの立場で発言してくれる人が欲しかったということだろう。

 そこには、既存メディアへの根強い不信感がある。メディアは権力者に都合の悪いことを大衆に隠している。メディアは、一部の権力者の利益誘導を行っている。そういうイメージが定着し、それがオバマ氏、ヒラリークリントン氏、民主党への反感とリンクしている。
 マスコミが信用できなければ、ネット情報に依存するしかない。SNS等では同じ意見を持つ者がコミュニティを形成する。反対意見が出にくく、一方的な意見がエスカレートしていく。
 トランプ現象は、それが国家単位で起きたことではないか。
 
2.反政府勢力のネット活用

 インターネット、SNSは、個人に多くの情報を提供する。情報の拡散、共有も容易だ。
 かつては、メインフレームのように中央集権的なメディアが主流だった。メディアをコントロールすれば、世論をコントロールできる。
 インターネット以前の時代、反政府勢力が結集するために、秘かに印刷物を作り、配布しなければならなかった。クーデターで真っ先に放送局を占拠するのは、中央集権的な情報メディアを押さえることで、情報をコントロールできるからだ。
 インターネットの普及により、状況は激変した。反政府勢力、不満分子等は、容易にSNSで結集できるし、独自の放送局を開局することもできる。
 2010年から2012年にかけて発生したアラブの春(Arab Spring)も、SNSの普及が背景にある。SNSは同じ思想を持つ人を集める機能がある。デモの参加者を募るには最適のメディアだ。
 イスラム国もまた、インターネット抜きには成立しなかっただろう。インターネット上には、軍事的な地理情報や爆発物の作り方など、テロリストに有効な情報も公開されている。また、簡単に遠隔地の同士とも連絡が取れる。
 テロリストのリクルートにもインターネットを活用される。テロリストがプロモーションビデオを作成し、ネット上で公開することなど、誰が想像しただろうか。
 最早、反政府勢力は地下に潜っていない。ネット上で自由に活動している。
 
3.科学の時代から宗教・哲学の時代へ

 メディアによる客観報道より、トランプ氏のように、自分の立場を明確にして、主観的な意見を発表することが説得力を持つ。こうした風潮は、アメリカだけでなく、インターネット上のコミュニティが存在する全ての国で起きている。
 客観より主観を重視する態度は、科学より哲学や宗教に近い。科学的思想、合理的思想、客観的事実から、宗教的思想、哲学的思想、主観的なビジョンの提示へと、人々の興味が移っている。
 インターネットによるコミュニケーションと情報共有は、科学の時代から宗教・哲学の時代へと時代を動かしているのではないか。そして、トランプ現象もまた、その流れの一環ではないか。
 もし、時代の価値観が変化したのなら、個人に留まらず、地方自治体、政党、企業、グループ等も、自らの宗教的信条や哲学的な思想を主張するようになるだろう。というより、そうならないと人々は動かなくなる。
 商品を説明するのも、客観的なスペックや性能だけでなく、制作者の思想や意図、企画コンセプトが重視される。商品そのものではなく、そこに付加された情報やモノ語りが評価されるのだ。
 
4.日本化する世界

 聖書、経典に限らず、宗教では比喩的な逸話や象徴的な詩が多用される。一つの事象を説明するために、客観的事実を積み上げるのではなく、逸話や詩によって意識を共鳴させ、感情的に納得させるためだ。
 日本の俳句や短歌も、禅の精神にも通じた象徴的な表現芸術である。そういう意味では、日本社会は欧米社会ほど科学的、論理的、理性的ではない。
 日本社会の特性が原因かは分からないが、日本では欧米ほどジャーナリズムが機能していない。新聞には署名記事も少ないし、個人の責任で文章を書くことも少ない。その意味で、欧米のマスコミと日本のマスコミは性格が異なっている。第四の権力と呼ばれるほどの影響力はないと思う。
 日本のマスコミでは、大衆迎合的な記事やゴシップ的な興味本位の記事が多く、記事の内容も内向きである。世界的に重要な事件でも、日本に関係ないことは報道しない。
 したがって、個人や企業の意志決定にマスコミは強い影響力を持たない。
 そもそも日本では、真の意味で批評家、評論家が職業として成立していない。第三者機関による企業や商品の評価や認証も少ない。マスコミが提供するのは、情報だけであり、評価ではない。評価は世間が行うのだ。
 日本では、欧米社会ほどマスコミへの不信感は高くないし、国を分割するような不信感や意見の相違が表面化していないのは、そういう理由からだろう。
 トランプ氏の主張は、「アメリカも日本のような国になりたい」と言っているようだ。自国経済第一主義、製造業重視、移民の排斥、内向き志向等々は、日本にも共通している。
 グローバリズムが行き詰まり、インターネットが発達した結果、世界は日本化しているのかもしれない。

*有料メルマガj-fashion journal(269)を紹介しています。本論文は、2017.1.16に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。 

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