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August 13, 2016

働いたら負け?! j-fashion journal(204)

1.働かない人が勝ち組?!

 かつて日本企業の給与は、終身雇用、年功序列を基本としていた。「年功序列給」は、能力や実績に関係なく、年齢(入社年度)を基本にした給与であり、「終身雇用」は余程のことがない限り定年まで働くことができる制度である。
 定年まで一緒に働き、生活が保証されると、社員は家族のような関係になる。能力がある者は能力のない者をフォローする。みんなで助け合って、会社の業績を高めることで、みんなが幸せになるという構図だ。頑張って仕事をすることは、自分の幸せのためではなく、会社のためであり、会社のためとは国のためという概念につながっていた。
 90年代に、「リストラ」という「人員削減」が実行され、事実上終身雇用は崩壊した。しかし、年功序列給から実績給や能力給にはならず、正社員と派遣社員(非正規雇用社員)という社内身分制度が定着していった。同じ仕事をこなし、同じ実績を上げても、派遣社員は正社員以上の給与を受け取ることができない。また、基本的に派遣社員から正社員になる道も閉ざされている。

 就職氷河期を経験した世代は、正社員としての就職ができず、「派遣社員的価値観」を植えつけられている。身分が固定された派遣社員が「会社のために仕事を頑張る」というモチベーションを持つことはできない。自分たちが頑張っても、その利益は正社員に搾取されるからだ。
 仕事を頑張っても収入は増えない。出世の可能性もない。仕事は自分の時間を切り売りしている行為であり、刑務所で行う作業と何ら変わるものではない。こんな意識が強まっているのである。
 経済的成功の可能性が絶たれれば、結婚して家庭を持つことはできない。家、車、グルメ、ファッション等は、収入が増えなければ消費することもできない。
 個人の幸せを追求し、行き着くのは、自分の自由な時間を増やし、好きなことをすることだ。彼らにとって、勝ち組は、働かないで好きなことをする人達である。負け組は、生活のために働く人達である。そんな価値観が定着しようとしているようだ。
 
2.投資を受けてもリターンしない

 先日、不思議な話を聞いた。最近の若い起業家は、売上と利益、経費のバランスの感覚がズレているというのだ。
 たとえば、ファンドに対して、ベンチャー企業の経営者が、「自分の年収は1000万欲しい。昔は1000万取るために、3000万とか5000万の売上が必要だったけど、今はこんな時代ですから1500万程度の売上で良いですよね」と言うとか。別に具体的なビジネスモデルの提案があるわけでもない。どうも、自分の報酬を時給のように考えているらしく、ファンドが低い売上で良いと言えば、それで済むと思っているのである。
 これは経営者の発想ではない。アルバイトの発想である。しかし、考えて見れば、彼らは大企業に就職しているわけではない。仕事や取引先との関係を築いてから、独立し起業したのでもない。自分のアイディアをファンドにプレゼンして、投資を受けているだけである。「投資」を「プレゼンの報酬」と理解しているのかもしれない。
 考えてみれば、ファンドにプレゼンして投資を受ければ、あとは「仕事をせずに資本金を食いつぶす」こともできるのだ。ファンドは、数多くの案件に投資しており、全てにリターンを期待しているわけではない。それを理解していれば、投資を踏み倒しても何の責任も感じないかもしれない。
 これは、大企業に就職するのと同じである。大企業に就職することができれば、あとは適当に仕事をこなしていればクビにならない。生活費を確保しておいて、仕事の時間を極力減らし、自分の時間を確保することが重要なのだから。
 
3.会社対個人の駆け引き

 働かない社員が増えれば、企業の競争力はなくなる。企業は次の手を考えている。
 それは社内公用語を英語にし、外国人社員を増やすことである。いくつかの企業は既に社内公用語を英語に変えている。日本企業に就職を希望する外国人のレベルは高い。仕事への意欲も貪欲であり、向上心も強い。企業にとっては、働かない社員より働く社員を優先するのは当然だろう。
 そんな企業の動きに対して、働きたくない社員はどのように対応するのか。
 40歳代になる友人の息子さんは、会社を辞めて、自給自足の田舎暮らしを目指しているという。彼は、農作業もできるし、釣りもできるし、料理もできる。
 日本全国、空家が溢れている。その土地に住み着き、自給自足するのであれば、会社に通勤する必要はない。驚くほど安価な借家も見つかるし、行政の支援も得られる。
 地域の情報や産物をインターネットで発信すれば、観光事業や加工食品の販売もできるかもしれない。そんな暮らしと都心の会社勤めの生活を冷静に分析し、自分の幸せを考えているのである。
 最早、企業と個人の蜜月時代は終わった。どちらかがどちらかを利用しようとすれば、その関係は破綻するだろう。互いにWIN-WINになれなければ、社員は辞めていくのだ。
 一部のICT関連企業は、こうした若者たちの意識の変化に気づいている。会社の環境を整備し、イベントを開催し、チームビルディングやモチベーションアップのワークショップを行っている。
 それでも、若い社員を会社に縛りつけることはできないだろう。ICT企業も不安定であり、新たな技術に乗り遅れれば、業績が急降下するリスクもある。互いに利用できるだけ、利用して、互いの利益を追求するしかない、と考えているのではないか。
 
4.一億総自給自足で活躍する時代

 若い世代は、既に経済的成功を諦めているように見える。反面、社会貢献やボランティア活動には熱心である。
 こうした若い世代の意識を中心に、安倍首相が提唱している「一億総活躍」を考えてみたいと思う。
 彼らは、自分の一生を「企業の成長」に捧げようとは思っていない。最終的な望みは、「会社のために働く」のではなく、「自由な時間を確保し、自分の好きなことを行う」ことである。
 「自分の好きなこと」と言っても、大きな家を立てたり、車を買うことではない。多分、結構して家族を持つことでもないのだろう。
 「家族としてマイホームを建てる」より、「シェアハウスを建てて、気の合う友達同士で生活したい」と思うのではないか。そして、この考え方は老後に至るまで続くだろう。
 考えてみれば、年金制度も破綻寸前であり、国や自治体の福祉サービスは削減される一方である。それなら、自分たちで助け合う方がはるかに現実的である。
 彼らは、贅沢な消費を望んでいるわけではない。身の丈にあった実用的な商品で良いのだ。新品である必要もないし、むしろ、リサイクル商品の方が望ましいと思うだろう。
 GDPは下がっても、個人が幸せを感じられる社会を望むならば、人口減少社会は望ましい。日本に残された資源を活用すれば、会社に縛られなくても十分に生活ができるからだ。
 大量生産によるコストダウンは、物流費や余剰品の処分にコストが掛かる。それならば、自分たちで好きな商品を作り、友人や仲間に販売したり、物々交換した方が楽しい。
 産業中心ではなく個人中心の生活を考えれば、日本という国は十分に豊かである。
 一億総活躍とは、一億人が基本的に自給自足の生活を送り、地域活動も自ら行い、小さな政府を実現することではないか。
 政府が行うのは、外交と安全保障で良い。国内のことは直接民主主義のように住民が主役になって行えばいいのではないか。こんな世界観が静かに浸透しつつあるのを感じる。さて、我々はどのように対応すれば良いのだろうか。

*有料メルマガj-fashion journal(204)を紹介しています。本論文は、2015.10.12に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。


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