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May 15, 2016

定年後の男性が幸せになるための講座 j-fashion journal(193)

1.サラリーマン社会から地域社会へ

 大学、専門学校、高校等を卒業し、就職して、最初に覚えるのはサラリーマン社会の掟である。
 一言で言うと、個人より企業組織を優先すること。会社によって、ワンマンオーナーの個人的趣味、同族会社の姻戚関係、学閥等が、論理的な戦略よりも優先されることもある。
 個人が感じる社会正義より会社の利益が優先されるから、企業ぐるみの犯罪を告発することは難しい。犯罪と分かっていても、加担せざるをえないことも珍しくない。
 取引先との力関係も明確に存在している。下請けに対しては強い態度で出るし、親会社には下手に出る。こうした企業同士の力関係が個人の関係より優先される。この原理にとらわれると、相手とのポジションが明確にならないと、コミュニケーションが取れない、という症状に陥る。
 初対面で会う時に、懸命に会社同士の力関係、現在の職制、年齢、出身大学の偏差値等を聞き出し、互いのポジションを探り合う。そうしなければ、どんな態度で接していいのか分からない。

 サラリーマンは、こうした訓練を入社から定年に至るまで続けている。約40年間のキャリアは、骨の髄まで企業組織の論理に染め上げるに十分だ。
 定年を迎え、企業組織から外れると、サラリーマン社会の掟は通用しない。地域社会には地域社会の掟があるが、それを十分に認識できない人が多い。日本の企業は基本的に年功序列なので、定年時にはそれなりの役職についている。役職といっても、会社という組織内に限定された立場だが、それが理解できない。自分は偉いと思い込んでしまう。
 「定年になる」ということは、「地域社会の新入社員となる」ことである。意識を転換するためには、地域の新入社員教育を受けるべきかもしれない。
 まず、会社の役職は忘れて、個人としてのアイデンティティを確立しなければならない。退職してから5年も10年も経っているのに、相変わらず、元の会社名を名乗り、元の役職を自慢する人がいるが、これは何の意味もない。むしろ、過去を引きずり、現在の自分に自信がないことを相手に伝えるだけだ。
 地域社会の掟は、地域社会の先輩に教えを乞うべきだ。地域社会の先輩とは奥様である。隣近所との付き合い、妊娠して産婦人科に通って知り合った友人、幼稚園のママ友、小学校・中学校のPTA。そして、地域の町会や婦人会の付き合い。奥様の地域社会のキャリアは、夫のサラリーマン社会のキャリア同様に長いのだ。
 定年までは男性が主役で「○○さんの奥さん」と言われていたが、今度は「○○さんの旦那さん」と呼ばれるようになる。それを楽しむことが地域社会デビューの第一歩である。

2.家事を趣味にする

 定年離婚という言葉がある。会社に勤めている時は、夫を送り出せば、主婦は家の中で、自分の時間と空間をコントロールできた。友人と外出することもできたし、のんびり趣味を楽しむこともできた。
 しかし、定年になって夫が家にいるようになると自由が奪われる。時間も空間も自由にならず、仕事が増える。ストレスも溜まる。
 夫の方は、自分は十分に働いたのだから、定年後はのんびりしても良いと勝手に思い込んでいる。
 夫は「老後は妻とのんびり旅行に行きたい」と思っても、奥さんは「旅行に行くなら友人と行きたい」と思っている。毎日一緒にいて文句ばかり言っている夫と誰が旅行に行きたいと思うだろうか。
 この問題がこじれると、定年離婚につながる。それを防ぐには、定年後の男性は、「遊んで暮らす資格はない」という認識を持つことだ。
 そもそも、奥さんが家事を担当していたのは、夫が会社に勤めていたからである。夫が仕事を辞めたのなら、奥さんだけが家事をする理由もない。家事専業という役割も定年になったと考えるべきだ。
 定年とは仕事を辞める時ではなく、夫婦の役割を組立直す時期であり、夫が新たなアイデンティティ構築に向けてスタートする時期と考えなければならない。
 定年後の男性は、自らの生活能力は高めなければならない。もしも、奥さんが病気になったり、入院すれば家事を自分でやらなければならない。勿論、離婚した場合も同様だ。
 定年して第一に取り組むことは、自分一人で生活できるように、料理、洗濯、掃除などの家事を覚えること。生活者として自立することである。
 それには、家事を趣味にすることが望ましい。家事を労働と考えると、「定年になってまで仕事を押しつけられるのか」と考えてしまう。しかし、趣味ならば、その道を究めようと思うはずだ。
 家事はクリエイティブな作業である。奥様に頼み込んで、その楽しみを分けてもらおう。

3.スーツからカジュアルウェアへの転換

 サラリーマン時代はスーツを着ていればいい。だから、スーツとワイシャツ、ゴルフウェア、パジャマ代わりのスウェットしか持っていない男性も多い。しかも、それらの服さえ、自分で買ったことがないという人がいる。
 更に遡れば、小中学校は母親に服を買ってもらい、高校は制服だった人も多い。大学生の時には自分で服を買うが、就職して結婚してからは、奥様に全てを任せてしまう。
 そもそも、学生時代を制服で過ごした人達は、制服の規則から外れることは不良だと考える。ファッションに興味を持つこと自体が「悪いこと」というイメージを持っているのだ。
 そんな人が定年を迎える。会社に行かないのにスーツを着るのもおかしい。そこで、服装に対する悩みが始まる。『自分は何を着ればいいのだろうか』
 一部の人は、唯一のファッション体験である大学生のファッションに回帰する。しかし、肉体そのものが若々しい時に似合っていた地味な服も、肉体が衰えると似合わない。
 「とりあえず目立たなければいい」という人は、グレーやベージュ、ブラウンなど、地味な色だけでまとめてしまう。こういう人は、間違いなく「おじいさん」ファッションになっている。
 ごく一部だが、定年後にお洒落に目覚める人もいる。百貨店やアパレルに勤めていた男性は、定年後もお洒落だ。こういう人は女性にモテる。お洒落な人は、ファッションに関する情報にも敏感だ。女性が喜ぶような話題が豊富であり、シニアの女性と話が合う。
 ファッションに興味がない夫と話すよりも、ファッションに興味があり、アドバイスしてくれるような男性と話した方が面白い。
 老人ホームなどでも、お洒落なオジイサンはモテるらしい。サラリーマンの時は、ファッションに興味を持つことは男らしくないと思っていたかもしれない。しかし、スーツにネクタイというビジネスユニフォームを脱いだ後は、ファッションがその人を判断する材料になる。
 あなたは自分をどんな人と思わせたいのか。それが自分が理想とするアイデンティティではないのか。
 私はリタイア後こそ、ファッションを楽しめる時期だと思う。ファッションのトレーニングを積むことは、老後の人生を楽しくするのだ。

4.新たな異性との付き合い方

 定年を迎えると同時に、生活スタイルを再構築することにより、その後の生活が楽しくなるか、寂しいものになるかが決まる。従って、定年前の1~2年は定年後の生活に備えるトレーニングを行うべきである。
 その中でも、最も高度なテーマが「新たな異性との付き合い」だろう。
 若い時に異性と付き合うことは、結婚をゴールに考える。「結婚する=幸せになる」という思い込みが強いので、結婚を前提にしないと付き合わないという人も多い。
 定年まで結婚しない人もいるし、独身に戻る人もいる。そういう人は、結婚をゴールにした付き合い方をすればいいだろう。
 ここで言いたいのは、既婚者であっても、新たな異性の友人を作ることで、充実した人生が送れるということである。
 ここで男性が乗り越えなければならないのは、若い女性ばかりを追いかけないこと。セックスだけを目的にしないことだろう。
 これらの価値観は、若い頃の価値観である。ファッションと同じで、大学生の頃、独身の頃の価値観から脱却し、大人の価値観を持つことが重要なのだ。
 フランス人の男性は、若い女性よりも成熟した女性を評価する。ワインも女性も成熟した方が良いと考えるのだ。また、フランス人は、愛人を持つことを悪いことと思っていない。しかも、愛し合って同棲しても、入籍しない人も多い。大人の男女が、互いの責任で付き合うのは悪いことではないと考える。男女は平等であり、互いに自立し、互いに恋愛するものだ、と考えているのである。
 そして、肉体的なつながりよりも、精神的なつながりを重視しているのである。
 私は、定年後の人生において、日本人もフランス人のように考えた方が幸せになれるのではないか、と思う。多分、そう考える女性は少なくないだろう。
 問題は男性だ。若い時と同じように若い女性ばかりを追いかけようとすると、水商売や風俗に通うことになる。こうした場で得られる満足感は短期的なものであり、お金と引き換えにしたものだ。
 肉体的に衰えるのは、男性も女性も同じである。自分の肉体が衰えていることを認識せずに、異性の肉体ばかりを評価の対象にするのはフェアではない。自分の精神、内面に自信があるならば、同様に相手の精神や内面を評価するべきだ。そういう対等な男女の関係があってこそ、若い世代では味わえない人生の楽しさを享受できるのである。

5.新たな仕事をつくる

 男性の仕事観と女性の仕事観は大きく異なる。定年を迎えた男性は、仕事とは会社に勤めることと考えるケースが多い。従って、定年後の仕事は、ガードマンや駐輪場の管理のような与えられる仕事しか考えることができない。
 女性の起業家は、個人的な体験から起業する人が多い。日本は男性社会なので、企業に就職しても、満足できる仕事を与えられない。自分がやりたい仕事をするには、起業しかないのである。
 私は、定年を迎えて、男性もようやく女性と同じ立場になるのだと思う。既に、有利な条件で就職することはできないし、やりたい仕事をするには、起業するしかないのだ。
 問題は「どんな仕事をしたいのか」ということである。定年を迎え、退職金を受け取り、年金を支給されるならば、仕事の目的は報酬だけではないはずだ。むしろ、社会に貢献することや、若い世代に自分の経験やノウハウを伝えることが目的になるのではないか。
 こういう起業であれば、世代を超えた共感と協力を獲得することができるだろう。会社を通じた社会との関係ではなく、個人として社会と向き合うことになるのである。
 実は、若い世代で起業するより、定年後に起業する方が成功する確率は高い。既に、一定の社会的地域があり、人脈もある。加えて、会社で培った経験、ノウハウがある。
 定年を仕事の終点と思わずに、新たな社会との関係が始まると思った方がいい。定年から寿命を全うするまでには、20年近い時間が残されている。その間、どんな人生を送るのか。そのビジョンを作り、その準備を始めよう。

*有料メルマガj-fashion journal(193)を紹介しています。本論文は、2015.7.27に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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