品質管理の罪、合成洗剤の罪 j-fashion journal(185)
1.綿、麻のカーテンがなくなった
日本の百貨店、量販店、カーテン専門店で販売されているカーテンのほとんどがポリエステル製である。これほど合繊比率が高いのは日本だけだろう。
考えてみれば、私が学生の頃、学校のカーテンは綿だった。しかし、いつのまにか、カーテンはポリエステルになっていた。その理由は、収縮率と防炎加工である。綿や麻などの天然素材のカーテンは、洗濯すれば必ず縮む。しかも、丈が2mなら、5%縮んでも10cm縮んでしまう。
日本では、「カーテンは床に引きずらないように丈を設定しましょう」ということになっている。この条件を満たすには、ポリエステルしか使えない。
ヨーロッパでは、天然素材のカーテンを作る場合、収縮率を考慮して床に引きずるように作る。そして、何度か洗っているうちに、「ああ、大分いい感じに縮んできたな」と思うのだ。
一般的に、防炎加工はポリエステルしか加工できない。飲食店やマンションの高層階は防炎加工のカーテンが義務つけられているので、天然素材は使えないことになる。しかし、消防白書の火災の着火物を見ると、1位が寝具、2位が衣類、3位が屑類、4位が内装・建具類、5位がガソリン・灯油類、6位が繊維類、7位が紙類、8位にようやくカーテン・絨毯類が出てくる。カーテン・じゅうたんから着火するのは全体の2%に過ぎない。
それなのに、なぜ、カーテンだけ防炎加工しなければならないのだろう。むしろ、寝具を防炎加工を義務づけるべきではないのか。
もう一つ重要なことは、防炎と言っても、燃えないわけではない。防炎と不燃は別物である。まるで、言いがかりのような基準であり、利権のような構造だが、消費者はポリエステルの基準に慣れてしまった。
実は、アパレルもポリエステルに独占されようとしていた時期がある。70年代の後半から80年代にかけて、大手アパレルのアパレル製品はほとんどがポリエステルだった。百貨店の品質管理基準はポリエステルが基準になっており、天然素材は使えなかったのだ。
しかし、アパレル分野ではDCブランドブームがあり、大手アパレルと差別化するために、合繊を使わないブランドが多かった。私の個人的意見だが、アパレル業界は、そのために合繊の独占を阻むことができたのではないか、と思っている。
インテリアファブリックスは、デザイナーの意見ではなく、品質管理の意見だけが通ってしまった。従って、世界にも類を見ないほど、合繊製品の比率が高くなった。
2.デニムも、本来、百貨店・量販店では売れない
実は、デニムも百貨店や量販店の品質管理基準では売れない。染色堅牢度も湿摩擦も悪過ぎるのだ。しかし、「デニムは色落ちするもの」と顧客が理解するようになったので、販売できるようになった。しかし、一般的には山ほどのデメリット表示を付けなければならない。
私は個人的にデメリット表示が嫌いだ。というより、品質表示そのものも服のシルエットを壊すし、着心地を損ねる。デニムは家庭で洗うものだし、色落ちすることが分かっているのなら、デメリット表示など不要ではないか。
しかし、企業は顧客からのクレームを怖がり、過剰防衛に走る。洗濯表示も本来ならば、水洗いが可能なのに、ドライ表示にすることが多い。しかし、ドライクリーニングに使用される溶剤は環境に負荷を与えている。毛織物業界では、何年も前から、「ヨーロッパでドライクリーニングが禁止になるのではないか」と心配している。
ドライクリーニングは汚れが落ちにくいだけでなく、繊維を痛めてしまう。油分を吸い取るので、ウールはボサボサになってしまう。本来ならば、中性洗剤で手洗いした方が汚れも落ちるし、風合いも損なわない。それなのに、脱水機や乾燥機にかけ、収縮することを心配して、ドライ表示にしてしまうのだ。確かに、ドライクリーニングは収縮しない。しかし、繊維は劣化し、環境に負荷を与えていることを忘れてはならない。
3.合繊洗剤、柔軟剤のデメリット
江戸時代、日本人の8割が農民であり、そのほとんどが藍染木綿の野良着を着ていた。私は、日本人の衣生活のルーツは、正絹のきものではなく、藍染木綿の野良着だと思っている。
当然のことながら、江戸時代に洗剤はなかった。石鹸はあったが、一般市民が使えるようになったのは明治になってからである。
藍染木綿の素晴らしさは、虫除け、蛇避けだけでなく、繊維そのものの強度が上がり、抗菌性を獲得したことである。つまり、最低限の水洗いでも黄ばんだり、汗臭くならない。最近の研究では、抗酸化作用も認められているので、肌にも良いことが明らかになっている。しかも、丈夫で長持ちなのだ。
三時休みでお茶を飲む前に、川で水洗いし、干しておけば、休憩が終わった時には乾いて着られたという。私も今回、藍染の半着(丈の短いきもの)と野袴を水洗いして、干してみたが、30分ほどで着用できる程度に乾いていた。現在の織物の方が高密度なので、昔の織物であれば、完全に乾いたと思われる。
藍染木綿は、実用的かつ機能的なスーパー繊維だが、唯一の弱点は色落ちである。他の洗濯物と一緒に洗えば、移染することもあるし、満員電車に乗れば、周囲の人の衣服を汚してしまうだろう。
現在の品質管理基準では、完全に失格なのだ。しかし、日本の歴史と文化を考えれば、日本人のルーツとも言える素材を使用禁止にするというのはいかがなものだろうか。江戸時代の人は、真新しい藍染めのきものの色が身体に着くと喜んだという。それは、藍の効能を知っていたからだ。
現代社会では、毎日合繊洗剤で洗濯することが良いと考えられている。しかし、合成洗剤もコットンも痛めつけている。昔は、おばあさんの浴衣を母親が着て、それを孫のおしめに使ったそうだが、それは水洗いだけしていたからだ。もし、合成洗剤で洗っていたら、一代も持たないだろう。しかも、環境にも負荷を与えている。
合成洗剤でアレルギーや皮膚病を起こすことも少なくない。オーガニックコットンの肌着を買っても、合成洗剤で洗い、柔軟剤まみれにすれば、身体に良いとは言えないだろう。
4.覚悟を持って藍染めを使おう
今回、埼玉県羽生市の野川染織工業で天然発酵建藍染ブランドを開発したが、私は詳細な説明書を製品に付けることにした。藍染めは効能に優れているが、面倒な素材でもある。購入する人は、それを覚悟してほしい、と思うのだ。もし、色落ちするのが嫌ならば、化学染料の製品を購入すればいい。
藍染Tシャツ、藍染タオルを作ったが、どちらも白いままでも十分に機能的だ。藍染めすれば、価格も高くなるし、色も落ちる。しかし、その欠点に余りある魅力がある。それを是非、味わってほしいと思っている。これまでの考え方では、色落ちすれば、「色止めしてくれ」ということになる。色止めとは樹脂加工であり、風合いも藍の効能も薄まってしまう。
藍染めは色を付けているだけではない。機能を付けているのである。色だけを考えるならば、化学染料でいい。そもそも、現代の品質管理基準は、合繊と化学染料が基本になっている。草木染めや藍染めを認めていないのだ。
しかし、そうした常識は、高度経済成長時代で石油化学産業が日本の主要産業だった時代のものである。サスティナブルでオーガニックな時代を迎えようとする現在、石油に依存し、環境に負荷を与え続け、身体が喜ばないものを身につけていて良いのか、という視点も重要になるだろう。
*有料メルマガj-fashion journal(185)を紹介しています。本論文は、2015.6.1に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。
« なぜ、日本の大学教授の講義はつまらないのか? j-fashion journal(184) | Main | モノのインターネット(Internet of Things、IoT)とファッション j-fashion journal(186) »
「ファッションビジネス」カテゴリの記事
- 精神の価値とモノの価値 j-fashion journal(551)(2024.04.16)
- 郊外SC立地アパレルショップの生き残り策 j-fashion journal(550)(2024.04.16)
- 「3Dプリンターの家」による新しいライフスタイル j-fashion journal(549)(2024.04.16)
- 「カナ刺し」のすすめ j-fashion journal(548)(2024.04.16)
- 地域社会に貢献する商業を目指そう j-fashion journal(547)(2023.07.31)
« なぜ、日本の大学教授の講義はつまらないのか? j-fashion journal(184) | Main | モノのインターネット(Internet of Things、IoT)とファッション j-fashion journal(186) »


Comments