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February 10, 2016

パキスタンの繊維産業をどのように成長させるか? j-fashion journal(183)

1.1950~60年代のカラチは、日本人で賑わっていた

 戦後、日本は敗戦国となり、繊維産業で復興を果たそうとしたが、どこも繊維の原材料を売ってくれなかった。その中で、1949年にどの国よりも早く日本への原綿輸出を解禁したのがパキスタンだった。
 パキスタンの中心を流れるインダス川流域は世界最古の原綿の生産地であり、現在も綿花生産量は世界第4位である。
 1950~60年代にかけて、パキスタンのカラチは、商社マンにとってニューヨークを超える世界屈指の花形職場だったそうだ。その後、日本の紡績が海外に生産拠点を移し、全面の輸入ビジネスは減少していった。

2.日本の自動車メーカーの海外進出はパキスタンから始まった

 次に、バキスタンは、日本の自動車産業の海外輸出の足掛かりになった。パキスタンは、英国の植民地だっために、自動車は左側通行だ。右ハンドルの自動車はイギリスと日本しか生産していなかったが、イギリスの自動車メーカーは60年代末から次々と淘汰されていった。そのことが、日本の自動車メーカーの大きなチャンスになった。
 最初にパキスタン進出を果たしたのは、スズキだった。1958年、パキスタンにバイクの現地工場、1975年には自動車の工場を設立し、1982年にはパキスタン自動車公団とパック・スズキ・モーター社を設立した。ホンダは、1964年、パキスタンの財閥アトラスグループと提携し、合弁会社アトラスホンダを設立し、バイクの現地生産を始めた。トヨタ自動車は1989年、ハビブ財閥とインダス・モーター社を設立、現地でカローラの生産を開始した。
 かつての日産ディーゼル、現在のUDトラックは1985年にガンダーラ・ニッサンディーゼルを現地に設立、トラックの現地生産をスタートした。日野自動車は1986年に日野バックモーターズを設立、現地でトラックを生産している。
 また、2014年現在、それまで合弁会社でバイクを現地生産していたヤマハ発動機が100%自社資本で二輪車工場を準備中である。
 80年代以降、日本の自動車メーカーが集中的に進出した国のひとつがパキスタンであり、そのことが日本車の市場シェアに表れている。パキスタンの日本メーカー比率は95%であり、日本の92%を超えている。

3.インフラ整備の遅れと日本の支援
 
 パキスタンの経済が衰退したのは、イギリスによる植民地政策である。主要産業の崩壊と自給自足経済は破壊され、次第に困窮していった。
 独立後は、農業国としてスタートしたが、その後の経済成長は思わしくなかった。頻繁におきる政権交代、テロの頻発など、企業が投資しにくい状況が続いていたためである。
 しかし、人口は世界第6位で1億8千万人で、24歳以下が57%、平均年齢が22歳という若さには、労働市場、消費市場の両面から魅力を禁じ得ない。
 現在は政権が安定しているが、インフラはまだまだ未整備である。まず、電力。現在でも、8~12時間の停電が続いている。大手工場は自家発電設備を備えているが、中小企業は稼働できない。
 また、水道、交通のインフラも整備されていない。
 更に、教育も遅れている。特に女性に対する教育は、宗教的理由から著しく遅れている。縫製工場等でも女性の従業員は少なく、男性の熟練労働者を日払いで雇う形態が主流である。そのため、コスト削減ができず、定着率も悪い。
 以上の全てのインフラ整備に、日本から支援を行っている。水力発電、浄水場と水道の整備、トンネルや道路の整備。また、職業教育についても積極的に支援を行っている。

4.パキスタンの繊維産業の実態

 パキスタンは綿産国であり、糸、綿布の輸出を中心に行っている。最終製品もホームテキスタイルやタオルが中心で付加価値の高いアパレル製品の比率は低い。
 バングラデシュが資源はないが、縫製業が盛んであり、対照的な構成となっている。
 パキスタンの繊維産業を成長に導くには、
現在の紡績、テキスタイル産業を高度化し、更に、ファッション衣料を生産するアパレル産業を育成することが重要である。

5.紡績、テキスタイルの高度化

 紡績の高度化は、ハイテクな方向と高度なハンドクラフトの方向の二つがある。
 多くの最新鋭設備は、生産効率を重視するものであり、質の高い商品を作るものではない。そのため設備導入時は利益が上がるが、機械が普及すると工賃相場そのものが下がってしまう。
 勿論、競合他社が簡単に導入できないような高度かつ高額な設備を導入できれば、競争力は増すだろう。
 しかし、その場合の条件は、原材料の独占、流通の独占ができるか否かが鍵になる。
 重要なことは、生産効率を上げることではなく、競争力を確保することと、価格決定権を持つことである。
 原綿段階では、差別化原料の開発が上げられる。均一な品種を大量生産した方が生産効率は高い。それを限界まで追求する一方で、独自の超長綿、オーガニックコットン、カラードコットン等の差別化原綿を確保しなければならない。それにより、パキスタン綿糸のブランド化を図れる。
 紡績段階もレギュラーの糸だけでなく、いかに差別化糸を開発できるかが重要である。そのためには、綿だけでなく、化合繊との複合にも取り組むべきである。
 こうした技術は日本が進んでいるので、日本企業や日本の大学との産学連携を進めることも有効だろう。
 また、最新鋭の設備だけでなく、ハンドクラフトに近い高級品の生産も差別化となる。
 芸術性の高い手織りの技術があれば、ラグジュアリーブランドへの供給も可能になる。

6.アパレル縫製業の高度化

 アパレル縫製も、生産効率追求(ICT活用を含む)、コスト追求(無駄の排除等)が基本ではあるが、大量生産は工賃が低く、高度な技術を持ち多品種少量生産にも対応できれば工賃は高く設定できる。
 しかし、現在のパキスタンのように男性の熟練技術者の日払い労働という形態では、生産効率やコスト削減を行うことは厳しいだろう。
 もし、外資が本格的に参入し、周辺の国から衣料品を輸入すれば、バキスタン縫製の商品は価格競争に破れるだろう。
 ここで、二つの方向性が考えられる。
 第一は、女性を中心に、個人ではなくチームで働くことを前提とした教育を行うことである。分業を前提にした各工程のスペシャリスト養成という考え方である。
 第二は、現在の熟練縫製工の技術を活かし、新しいオーダーメイドのビジネスモデルを確立することである。
 こちらについては、たとえば日本のパターンメーキング企業も連携し、よりトレンドを意識した最新のパターンを提供することで、海外からの受注も取れるようにするという考え方である。
 
7.ファッションアパレル企業の育成

 本当に利益を追求するのであれば、ファッションアパレル企業を育成しなければならない。
 女性の社会進出を考える場合も、既存の男性だけの職場に女性が参入することは既得権の対立を招く。
 民族衣装の企画生産を男性が独占しているのであれば、それよりも新しい洋服の企画生産を女性が担うという可能性はないだろうか。
 こちらは、基本的に多品種少量生産となり、テキスタイル段階での多品種少量生産体制ができれば、それと連携できるだろう。
 しかし、それが難しければ輸入素材による高級品に絞った展開も考えられるのではないか。
 ファッションアパレル企業を育成するには、高度な教育が必要である。また、商品企画、生産だけでなく、ショップデザイン、店頭演出、接客販売等の専門的な技術も必要になる。
 こうした専門技術に関しては、教育とビジネスの両面で日本との連携が重要になるだろう。

*有料メルマガj-fashion journal(183)を紹介しています。本論文は、2015.5.18に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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