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September 08, 2015

インドに行って、日本と中国を考える j-fashion journal(168)

1.インドの「Tex-Trend India」

 2015年1月28日から30日まで、インドのデリーにおいて「Tex-Trend India」が開催された。インドのアパレル製品、服飾雑貨、インテリアファブリック、テキスタイル、アクセサリー等を紹介する展示会だ。
 同展示会を訪問するのは今回が初めてだったが、改めて中国との違いを再認識した。
 中国の経済発展の契機は、78年に始まった経済特区において、外国企業を誘致したことである。日本は国を挙げて積極的に企業進出を果たした。当時の日本は、大量生産大量販売が主流であり、エネルギー費の高騰、土地不足、人手不足に悩んでいた。そんな時に、巨大な中国が門戸を開いたのだ。日本企業が中国に期待したものは、安価な製品が生産できる巨大な工場と、それに見合う安価な労働力の確保だった。こうして、70年代後半から80年代の日本企業の理想的な工場が中国に次々と設立された。

 中国の経済発展の基盤が日本企業であることから、日本向け輸出の中国ビジネスや中国企業には、日本カルチャーが染みついている。良く言えば、日本市場に対応しているし、悪く言えば、意外性や新たな発見がない。
 しかし、時代が変われば、理想も変わる。繊維で言えば、合繊主体の安価な商品より、天然素材の付加価値の高い商品が求められるようになってきた。
 現在の日本の量販店や専門店は、中国製品に席巻されている。その結果、店頭そのものに意外性もなければ、感動もない状況になっている。しかし、これは中国が悪いのではない。日本企業の理想が、安物商品を求めたことに起因する。
 もし、現状が不満だとしたら、今後の日本企業はどのような店作り、モノ作りを目指すのだろうか。その方向性を示す、ビジョンはあるのだろうか。
 
2.イギリス統治とインドカルチャー

 インドは、ヨーロッパ輸出が主流であり、日本との貿易は少ない。そのため、彼らのモノ作りの思想や生産システムは、日本の影響を受けていない。
 日本企業は、自分たちが経済発展した道を、中国に示した。技術指導も行い、日本式の管理システムも輸出した。その結果、中国は世界の工場になり得た。
 欧州企業は、日本のように技術指導を行うことはない。スペックを提示して、それに合えば購入するだけだ。そもそも、新興国の経済発展を望んでもいない。そこが、日本とは大いに異なる。
 しかし、その違いにより、インドには手織り、手刺繍、手染め等のハンドクラフトが残っている。もし、インドが、イギリスではなく日本の植民地になっていたら、ハンドクラフトは絶え、最新鋭の設備を持った工場になっていただろう。そして、中国のように急激な経済成長を実現したに違いない。しかし、環境汚染は進み、更なる新興国との競争に苦しみ、早い時期に経済は衰退したかもしれない。全ては、日本の通った道であり、中国も忠実にその道を辿っている。
 インドにとって、どちらが良かったかは分からない。勝手な言い草だが、日本からインドに行くと、その異質ぶりに驚かされるし、感動もするのだ。しかし、ビジネスにおいては、日本の注文通りにいかない。しかし、それを乗り越えないことには、インドの魅力をベースにしたビジネスはできないということになる。

3.文化は自らが選ぶもの

 日本人は相手の気持ちを考える。相手に良かれと思って、自分の知識を伝える。その反面、日本人になること、あるいは日本人らしく振る舞うことを強制することにもつながる。反面、イギリス人は、有色人種を自分たちと同じ人間とは思っていない。あくまで一線を画す。従って、イギリス人がインド人をイギリス人化しようなどとは考えない。むしろ、経済的豊かさや教育を与えることは、植民地支配の社会秩序を乱す行為と理解していたのではないか。
 今回、コルカタでマザーテレサの教会を訪問したが、彼女の愛に満ちた活動は、植民地支配やカースト制度のように、貧しい階層を固定する社会制度が背景にある。もし、日本人がインドを植民地化したら、そこまでの貧困を放置することはなかっただろう。
 しかし、こうも考えてしまう。もし、日本がインドを植民地化し、インドで日本人化政策を行えば、確かに経済成長は遂げられたに違いない。しかし、経済的自立は独立をもたらす。独立後、インドでも中国や韓国のように反日国家になったのではないだろうか。
 現在のインドには、イギリス文化が色濃く残っている。その理由は、イギリス人が自らの文化をイギリス人のためだけに作り上げてきたからだ。インド人はイギリス文化を強要されたことはなかった。むしろ、手の届かない憧れの存在だったに違いない。インドが独立した時に、インド人はイギリス文化を排除することもできた。インド人がイギリス文化を取り入れたのは彼らの意志によるものだ。
 私達、日本人は今後どのように外国人と付き合うべきだろうか。欧米人に対してはへりくだり、アジアやアフリカの人々には上から日本文化を押しつける。そういう態度が正しいとは思えない。私の個人的見解だが、文化や宗教は自らが選ぶべきものであり、強制するべきものではないと思う。同じ文化や宗教でなければ、「信用できない」「コミュニケーションを取ることができない」というのでは、グローバルビジネスに対応することはできない。

4.持続可能で多様なビジネスを

 我々は、短期的な利益を追求するのではなく、継続可能なビジネスモデルを追求すべき時代に生きている。人口減少社会であり、高齢化社会の日本では市場が拡大することはない。その中で、短期的な利益を追求することは、経済の生態系を破壊することにつながる。
 現に、日本の商社、流通企業が短期的な利益を追求し、海外生産にシフトしたことで、日本の製造業は淘汰が進んだ。そして、海外生産の拠点は、人件費の増大と共に移動を続けている。ある意味、焼き畑農業のようなビジネスモデルである。特定の地域経済や産業を食いつぶしながら短期的な利益を追求し、長期的にはビジネス環境を破壊してしまう。
 本来ならば、日本のコストが上がったら、コストに見合う単価の商品を開発し、販売する努力をしなければならない。低価格の商品だけでなく、高価格の商品を好む顧客は必ず存在するからだ。
 日本のほとんどの流通企業は、未だに70年代のチェーンストア理論を信奉している。効率追求のセルフサービスの販売では、低価格商品が売りやすい。しかし、その価格の商品が最大の売上と最大の利益をもたらしているかは疑問だ。単価を下げるたら、数量を増やさなければならない。しかし、人口減少社会の市場で数量を増やすことは困難であり、結果的に売上を減らすことになった。
 一人の顧客の支出の中でいかに自社製品を販売するかという「顧客シェア拡大」を狙うのなら、低価格のコモディティ商品から、高価格のファッション商品までを品揃えしなければならない。今後のマーケティング戦略は、いかに多様性を持つか、キーワードになるのではないか。多様な社員、多様な業態、多様な商品をいかに展開するか。そして、それを大量に販売するのではなく、いかに顧客と商品をマッチングさせるか、が問われていると思う。

*有料メルマガj-fashion journal(168)を紹介しています。本論文は、2015.2.2に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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