My Photo

お知らせ

無料ブログはココログ

« 天然発酵建藍染ブランド「喜之助紺屋」展 | Main | 複雑な世界と単純なコンサルティング j-fashion journal(138) »

July 13, 2015

フジヤマ芸者から富士山忍者へ j-fashion journal(137)

1.「フジヤマ芸者」は夢の国

 戦後、日本のイメージはフジヤマ、ゲイシャ、サムライ、ハラキリ、スシ、テンプラ、スキヤキ等だった。日本の観光地に行って、歌舞伎を見て、日本料理を食べるというイメージだ。極東の珍しい国を訪れ、物珍しいものを食べる。そして、片言の日本語を覚えたのが、フジヤマ、ゲイシャ、サムライ、ハラキリ、スシ、テンプラ゛スキヤキだったのだろう。
 2005年のアメリカ映画「SAYURI」は、1997年に出版されたアメリカ人作家のアーサー・ゴールデン(英語版)による小説『さゆり』を原作とした作品であり、主演はチャン・ツィイーだ。
 アメリカ映画に描かれる日本は、微妙に中国のイメージが混ざることが多い。我々日本人にとって違和感があっても、アメリカ人には、日本と中国のニュアンスの違いなど理解できないのだろう。
 そもそも、高度経済成長期の日本のイメージは悪かった。ウサギ小屋に踏み、金儲けだけを考えているエコノミックアニマルのイメージだ。

 1968年公開の映画「猿の惑星」に描かれている猿は、日本人のカリカチュアとも言われている。
 また、1984年公開の「グレムリン」も、当時の日米経済摩擦とイメージが重なり、「集団で自分たちに危害を加える日本人」をイメージした、という噂もあった。
 これらの噂の真偽は不明だが、こうした噂が流れること自体、日本のイメージが悪かったことを示すものだ。
 
2.日本のアニメで育った世代

 しかし、次第に日本人のイメージは好転していった。私が日本人のイメージが良くなったと感じたのは、フランスで開催されたFIFAワールドカップの年、1998年だった。
 1998年は、バブル崩壊後の長期不況期に突入した時期だ。同時に、アジア通貨危機の真っ最中でもあった。
 そんな時期、ヨーロッパの街角に「カッコイイ東洋人が大勢いる」と噂になったのが、日本人サポーター達だった。
 更に、2000年になると、パリ郊外で「Japan Expo」が開催された。70、80年代の悪い日本のイメージは完全に払拭され、欧米人は現代日本を再発見することになる。
 20世紀の日本のイメージは悪かったが、21世紀になって、劇的に日本のイメージは良くなった。日本を愛してやまない日本マニアが世界中に現れたのだ。
 日本マニアが誕生した背景には、1970~80年代に輸出された日本アニメの影響が強い。当時の日本製アニメは、外国人から見ると性的シーンや暴力シーンが多く、教育上好ましくないと考えられていた。実際に、パリの友人は、「日本のアニメは学校から禁止されていた」と語っていた。
 しかし、これらのアニメは、それまでの欧米のコミックにはない新しいスタイルを持っていた。教育上よろしくない低俗番組に子供たちが熱中するのは、日本も欧米も同じである。
 日本アニメの不評を覆したのが、80年代後半から始まった宮崎駿の長編作品だった。ここに至って、堂々と日本のアニメを評価することができるようになった。
 低俗と評価されたアニメも、評判の良いアニメも含めて、日本のアニメは70年代以降に生まれた世界中の世代に圧倒的な影響を与えた。
 彼らは、日本のアニメで日本語を学び、日本文化に興味を持ち、日本食を食べて、日本を好きになった。同時に、日本のイメージも表面的、外面的なものから、より本質的なものに変わっていった。最早、中国や韓国とイメージが混同することはない。
 
3.日本人は忍者

 日本と共に日本人の評価も高まっている。「規律を守ること」「互いを思いやること」「完璧を求める職人気質」等々。
 東日本大震災の時、被災した人々が礼節を失わずに生前と行列を作る光景は、世界に感動を与えた。
 こうした行為は、日本人にとって、珍しいものではないが、個人主義の欧米人にとっては特異なことに違いない。こうした行動の中にも「忍者」の要素を見いだしているのだろう。
 江戸時代の日本人の8割は農民だった。平均的日本人の服装のルーツは、武家の奥方をモデルにした現在のきものではなく、野良着だった。
 芝居の世界の忍者装束は黒装束だが、暗闇の中で黒は却って目立つらしい。芝居の世界の黒子は見えない存在として扱われることもあり、黒装束が一般化していったものだ。
 実際には、藍染か柿渋染だったと言われている。忍者装束は野良着が転じたものだ。野良着のほとんどは藍染だった。藍染めは虫よけ、蛇除けになり、身につけることで健康にも良いとされている。過酷な労働に耐えるために、身体を保護する藍染めが重用され、防水が可能な染色加工として、柿渋染が使われていたのだ。
 多くの日本人にとって、武士の姿は先祖の姿ではない。むしろ、忍者の姿に近い。世界の日本マニアが日本人の中に忍者のイメージを感じていることもある意味で当然なのかもしれない。
 
4.忍者をコンセプトにしたショップ

 忍者をコンセプトに、日本の伝統、日本のデザインをテーマにした業態開発はできないだろうか。
 日本の伝統工芸のショップは、一歩間違えるとお土産雑貨になってしまう。そうならずに、既存のお土産ショップとは異なるコンセプトを考えてみたい。
 忍者のコンセプトに相応しい立地は、日本全国に点在している限界集落ではないか。人の目を逃れ、自給自足の生活を営む忍者。
 限界集落に残る古民家をリノベーションし、観光拠点として開発する。
 観光拠点という意味合いもあるので、ショップと飲食の複合業態が望ましい。
 忍者は究極のアスリートでもある。肥満したのでは、忍者とは言えない。つまり、ナチュラルで低カロリーな健康食材がテーマになる。
 あるいは、携行食という意味では、宇宙食に通じるものもある。必要な栄養素を摂取できるサプリメントも、忍者食のイメージだ。自給自足なのだから、当然地産地消にもつながる。
 忍者の道具は目立たずに持ち運びできて機能的なもの。ハイテク、ローテクに関わらず、いろいろと揃えることができそうだ。
 アパレルや服飾雑貨に使うテキスタイルは、変身を前提にした二重織りやボンディングのリバーシブル素材。
 オリジナルのプリント柄として、鎖帷子、手裏剣をテーマにしたもの。「忍」「隠密」「伊賀」「甲賀」「風魔」「乱波」というような忍者にちなんだロゴデザイン。
 これらは、外国人観光客を意識した品揃えとなる。
 忍者を象徴する「黒」で統一するのも良いだろう。黒胡麻、黒糖、イカ墨、竹墨を使った黒食材。あるいは、黒雑貨。
 忍者というコンセプトは、伝統工芸も扱えるし、ハイテク商品も扱える。そういう意味では、現代日本を象徴するショップができるかもしれない。

*有料メルマガj-fashion journal(137)を紹介しています。本論文は、2014.7.7に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

« 天然発酵建藍染ブランド「喜之助紺屋」展 | Main | 複雑な世界と単純なコンサルティング j-fashion journal(138) »

「ファッションビジネス」カテゴリの記事

Comments

Post a comment

Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.

(Not displayed with comment.)

« 天然発酵建藍染ブランド「喜之助紺屋」展 | Main | 複雑な世界と単純なコンサルティング j-fashion journal(138) »