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July 13, 2015

市場は日本ブランド製品に何を求めているのか? j-fashion journal(142)

1.程よい価格の新たな選択肢

 「消費者ニーズの多様化」という言葉は、80年代から存在している。80年代の多様化は、顧客が個性を大切にするようになったことだった。
 2014年の現在も消費者ニーズは多様化しているが、質が違う。80年代はヤング層が消費の主役だった。個性化しているのはヤング層だけで、シニア層は誰もが同じ格好をしていた。
 高齢化社会の現在は、リタイアした団塊シニア層が多様な趣味を持ち、生活スタイルも多様化している。
 反面、ヤング層はネット消費が増え、アナログ消費が減っている。衣食住に対する関心も低い。その意味では、ヤング層の生活スタイルの方が同質化しているかもしれない。
 激安商法が始まった90年代半ば、消費者は激安商品に対して圧倒的に支持した。過剰品質の割高な商品でなく、そこそこ品質の安い価格の商品が増えたことで選択肢が広がったからだ。
 しかし、激安商法が定着すにつれ、次第に消費者の選択肢は狭められた。業界全体が安物に集中し、質の高いラグジュアリーブランド商品との二極化が進んだ。その結果、市場には、「高過ぎる商品」と「安過ぎる商品」しかなくなった。

 企業は効率を追求するために選択と集中を考える。しかし、消費者は常に「程よい価格の新たな選択肢」を求める。この二つの動きのギャップからファッションビジネスは生まれるのかもしれない。

2.アジア市場が日本ブランドに求めていること

 多くの日本の流通業者、メーカーは、日本市場に依存している。しかし、消費者には選択肢がある。日本企業、日本ブランドの商品だけを消費するわけではなく、外資企業、外国ブランドの商品を消費してもいい。
 消費者は、安い商品だけを求めているわけではなく、高い商品だけを求めているわけでもない。幅広い選択肢を求めているのだ。
 消費者はラグジュアリーブランドも欲しているし、安い実用品も欲している。その中間のリーズナブルな品質と価格の商品も欲している。
 例えば、日本企業や日本ブランドにラグジュアリーブランドの役割を期待することは少ないと思う。企業側もヨーロッパ以上のブランド価値を訴求するケースは少ない。
 また、日本企業に低品質低価格の商品を求めることもないだろう。そのレベルの商品は中国、東南アジア、中南米に任せればいいと思っているはずだ。
 この考え方は、日本もアジアも変わらないと思う。
 低品質低価格の中国製品は、アジア市場にあふれている。日本のブランドには、安心安全、高品質、高デザインの商品を期待している。その期待を逆手にとって、日本ブランドを模した中国製の偽物商品も市場に溢れている。
 日本国内の消費者もアジアの消費者と同様だと思う。日本企業や日本ブランドには、激安商法の同質化した中国製商品ではなく、安心安全、高品質、高デザインの商品を求めているのだ。
 家電製品や食料品の分野においては、日本企業、日本ブランドは消費者ニーズに応えていると言えよう。徹底した生産管理、品質管理により生産された日本ブランド商品は、細部まで気持ちが行き届いており、丈夫で故障しにくい。アフターサービス、メンテナンスも行き届いている。
 さて、ここで考えなければならないのは、繊維製品、アパレル製品の分野だ。果たして、消費者の期待に対応しているのだろうか。
 
3.日本のアパレル製品は感動品質か?

 現在のアパレル製品の企画は、最初に小売価格を設定することが多い。次に自社の利益を設定し、商品原価を設定する。その上で、商品原価が設定され、縫製加工賃と生地代が割り出される。
 多くの場合、商品原価はギリギリまで叩かれる。縫製加工で工賃を落とすということは、手抜きをすることに他ならない。そして、生地の価格を落とすということは、原料の水準を落とし、糸の打ち込みを落とすことを意味する。
 こうしてできた商品は、品質管理室は通っても、専門家が満足できる商品とは言い難い。と言っても、手抜きした商品に慣れてしまった消費者には区別がつかないかもしれないし、低い水準の商品だけが店頭に並んでいれば、その中から選ぶしかない。もちろん、品質管理室を通っているのだから、最低限の品質は保証されている。
 「それなら問題ない」と思う人も多いだろうし、実用衣料分野ではそれでいいのかもしれない。
 日本の自動車や家電製品は、妥協のない生産管理、品質管理が実行されているから、感動できる品質を維持しているのである。
 もちろん、アパレル製品でも、同様の工場は存在する。工場の善し悪しは一目見るだけで分かる。最新の生産設備、手入れの行き届いたミシンやアイロン、整理整頓、整然としたオペレーターの動き。
 一流の工場で生産された製品は感動を生む。しかし、一流の工場は工賃も高い。工賃を叩けば、一流の工場は使えない。一流の工場を使えるのは、一部の百貨店ブランド、専門店ブランドのみだ。
 日本の農産物が感動を与えるのも、土作りから妥協せず、手間を惜しまないからだ。土づくりにコストをかけることは、アパレル製品の素材にコストをかけるのに似ている。素材選択で妥協すれば、感動を与えるアパレル製品は生まれない。
 日本企業が扱っているボリュームゾーンのアパレル製品は、グローバルに見ても価格は高くないし、価格性能比も高い。
 しかし、自動車、家電製品、食品のような感動を感じることはできない。「アジア製品より価格は高いが、品質や性能が高いので納得できる」という商品が少ないのである。価格なりの品質の商品に過ぎない。「それでいいのだろうか」というのが、私の危機感なのだ。
 
4. 日本ならではのアパレル製品とは何か?

 感動を与える日本品質を求めるバイヤーは世界中に存在する。しかし、その動きに対応するには、現在の価格優先の商品企画の考え方を改める必要がある。
 そして、日本の消費者だけを意識するのではなく、世界の消費者を意識することだ。そして、「中国企業、中国ブランドの製品とどこで差別化するのか」を明確に設定することが必要だ。
 世界に感動を与えるには、品質管理室を通ればいい、という基準では生まれない。その道の専門家が、職人自らが自分の厳しい基準を持ち、その基準を満たした商品だけを市場に出すというモラルが必要である。
 「価格を指定されたから、満足できない品質の商品を出す」というのでは感動は生まれない。
 また、品質を価格に転換する仕組みも必要である。生産者が価格を決定できるか、品質を認める取引市場がなければ、品質を向上させることはできない。
 その意味で、感動を与える商品を生み出せるのは、生産設備を持ったメーカー以外にはあり得ないのではないか、と思うのである。
 生産管理を商社に委託し、生産に責任を持たないというシステムを変えない以上は品質を上げることはできないのではないか。
 現在の日本のアパレル企業の多くは小売業である。小売業が感動を与える商品を調達するには、妥協のないメーカーによるサプライチェーンを構築する以外にはない。それには、互いの信頼感とフェアな利益配分が必要である。
 例えば、商品の消化率をサプライチェーンで共有し、余剰利益が出た場合にはサプライチェーン全体で配分するようなシステムは組めないのだろうか。
 「ガラス張りのサプライチェーンマネジメント」という発想である。これは現在のクラウド技術等でも実現可能なはずである。問題は、経営思想だ。口先だけの共存共栄ではなく、真の意味で共存共栄を考える時代に突入しているのではないか。

*有料メルマガj-fashion journal(142)を紹介しています。本論文は、2014.8.11に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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