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July 13, 2015

複雑な世界と単純なコンサルティング j-fashion journal(138)

1.時代と共に変わる起業モデル

 かつて、簡単に起業ができた時代があった。最も起業しやすかったのは、戦後の闇市の時代だろう。市場に商品が何もなく、商品が調達できれば商売が成立した。
 しかし、誰もが闇屋になれたわけではない。米軍から物資を横流ししてもらう交渉力、地元のやくざと張り合うだけの胆力や腕力が必要だったと思う。
 高度経済成長が始まった1960年代も起業しやすい時代だった。メーカーや商店で3~5年程度修行し、独立した人は少なくない。
 この頃は、モノ不足時代であり、小売店なら問屋との関係が重要だった。問屋が商品さえ卸してくれれば、小売店が成立した。
 メーカーなら、原材料の調達や加工する機械の調達ができれば、独立できた。しかし、ズブの素人が商品や原材料を仕入れようとしても難しい。取引には信用が必要であり、信用を得るには、どこかの会社でそれなりの責任ある仕事をする必要があった。

 70年代は高度経済成長が本格化し、次第に資本力のある大企業が中小零細企業を圧迫していった。食品スーパーが全国に展開され、商店街の八百屋、魚屋、肉屋などは次第に淘汰された。米の販売が自由化されると米屋が、酒類の販売が自由化されると、酒屋が淘汰された。
 70年代、80年代は、アパレル企業を立ち上げるのに、良い時代だった。国内市場は成長を続け、駅ビルやファッションビル等が全国で建設され、店舗拡大も容易だった。
 もちろん、全てのアパレル企業が成長したわけではなく、旧来のアイテム別アパレルは衰退し、トータルアイテム展開のDCブランドのアパレルだけがベンチャー的な急成長を遂げたことを忘れてはならない。
 90年代になると、アパレル製造卸という業態の淘汰が進む。そして、製造小売業が台頭してくる。
 同時に、商社は次々とアパレルOEM生産に参入した。この頃は、国内外の賃金格差が大きく、十分な利益を確保することができたからだ。
 流通では、コンビニが成長し、商店街の個人商店に代わる機能を持つようになった。個人商店にはない情報ネットワークや多頻度物流が圧倒的な力を持ったのだ。
 90年代半ば以降は、バブル崩壊の影響が小売市場にも顕著に現れた。中国生産の激安商法とヨーロッパのラグジュアリーブランドの二極化がみられた時代だ。
 それぞれに起業のチャンスはあっただろう。しかし、ヨーロッパや中国からの輸入ビジネスは素人が参入するには厳しい世界だった。しかし、経験を積み、人脈を固めた商社OB達は何人も独立して起業している。
 2000年以降の国内小売市場は、海外資本と国内の大手流通資本の寡占化が一層進んだ。それでも、市場の隙間が存在しないわけではなく、マニアックでニッチな分野での起業はあった。
 一方で、ICT分野では若い世代の人達が次々と起業した。ITバブルは、1999年から2000年頃に発生し、その後急速に収束したが、ICT分野での起業はその後も継続し、対象分野を変えながらも、着実な成長を続けている。
 ビジネスが成立するには、様々な要素が必要だ。起業家の情熱だけでビジネスが成立するわけではない。ビジネス環境の変化を見据えて、自分のどのようなポジションに置くべきかを考えなければならない。また、自分のどのような能力や知識、技術が必要なのかを考えなければならない。

2.ビジネスモデルは複雑化、高度化している

 ビジネスモデルは複雑化、高度化している。国内だけでビジネスが完結していた時代からグローバルビジネスの時代へ。
 既存のメディアの衰退と、ICT、SNS等によるコミュニケーションの多様化。加速するトレンド等の情報消費。そして何よりも、慢性的な供給過剰と厳しい競合。
 こうした状況の中で、ビジネスを展開するには、より高度な情報収集、情報を分析する知能、プロとしてのスキルが必要になっている。
 しかし、一方で、努力しないでも成功できるというビジネス書や、単純なセオリーを教える個人向けコンサルタントが増えている。ビジネス書を販売することもビジネスだから、複雑な内容を書くよりも、簡単に成功するという内容の方がウケるのだろう。
 個人向けコンサルタントも同様だ。コンサルタント本人のビジネスとしては、口当たりの良いノウハウを伝えるほうが効果的なのかもしれない。
 ビジネス書もコンサルタントも二極化している。高度な専門教育を受けている人は、より高度な内容を必要とする。しかし、ビジネスに関する知識や技能を持たず、簡単にビジネスに参入したいと思う人には、それなりの内容の書籍やコンサルタントが必要になる。
 もちろん、簡単にできるビジネスも存在する。しかし、多くはアルバイトやパートの収入を超えることはない。そのあたりの日本ならではのメカニズムなのだ。
 大きなビジネスは、大企業が牛耳っており、その隙間に小さなビジネスが存在する。
 本当の成功モデルは、大企業が参入していない新しい分野にしか存在しない。

3.新事業を立ち上げるということ

 私も一応コンサルタントと名乗っている。これは、欧米ではどんな分野でも独立している専門家をコンサルタントと呼ぶからだ。
 しかし、日本ではコンサルタントは専門家ではなく、アドバイザーというニュアンスが強い。
 そこで、ファッションディレクターとか、プランナーと名乗ったりするのだが、テレビに出演しているファッションディレクターはファッションチェックをするメディアの人を指しているので、それには該当しない。ということで自分の職種を紹介する時に、今でも苦慮している。
 私の仕事も、時代と共に変化している。大企業と契約して、専門家として組織に所属することもあるし、補助金のコンペを落とすこともある。
 しかし、最近は、新プロジェクトの立ち上げの仕事が多い。
 第一は、独自の製品を作っている企業のブランディングと商品開発、営業戦略の支援。メーカーには、マーケティング部や広報宣伝部等が設置されていないことが多い。一つ一つの工程は熟練していても、全体のプロジェクト管理には慣れていないので、それを支援する仕事である。
 第二は、企業の新事業開発の支援。これは、事業のアイディアやコンセプトという段階から参加することか多い。というより、こちらから一方的に提案して、契約に至ることが多いのだ。
 いずれの場合も、事業として成立する条件を満たしていることが重要である。
 最も困るのは、企業での仕事の経験もなく、業界の事情も分からない若い起業家の相談である。
 ビジネスモデルも曖昧で、やる気はあるのだが、全く具体性がないというケースが多い。ほとんどの場合、報酬を受け取ることはできないし、ボランティアで相談に乗るケースだ。それでも、興味を感じれば、なるべく相談には応じる。なぜなら、そこでいろいろと考えることができるからだ。どのようにすれば成功する可能性が高まるか。それを考えることは、とても勉強になる。それが何年か後に役立つこともある。
 企業、個人に共通しているのは、企業自身、個人自身にどんな資産があるのか、ということだ。資金でも良いし、人脈でもいい。ノウハウや経験でもいい。取引先でもいい。有形無形の資産を確認して、それを最大限に生かすことを考える。
 私は、決して、一つの方程式にはめ込んだりしないし、固定した方法論というものを持たない。常にケースバイケースで考える。オリジナルのアイディアが考えつかないようなら、支援することはできない。
 それでも、プロジェクトの構想を実現するのは難しい。人材が揃っていないこともあるし、経営者の考え方が古い場合もある。組織そのものが保守的であり、新しいことを受け付けない場合も多い。
 新しいことを立ち上げることは、それだけ大変だし、大変で社内だけでできないからこそ、我々のような外部の専門家に相談するのだ。
 そうした経験から言えることは、一つの新事業を推進するには、一つの専門分野の知識や経験では足りないということ。
 一つのブランドを立ち上げるには、市場分析からコンセプト立案、ロゴやシンボルのグラフィックデザイン、商品デザイン、店舗デザイン等のコントロールが必要だ。それぞれの専門家をチームの一員として起用する場合でも、彼らと話し合い、調整しなければならない。また、予算がなければ、ないなりに形にしなければならない。
 少なくとも、誰でも簡単にできるなんてことはないし、一度や二度のセミナーを聞いたからできるものでもない。事業とはそういうものなのだ。

*有料メルマガj-fashion journal(138)を紹介しています。本論文は、2014.7.14に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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