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July 14, 2015

モチベーション3.0を考える j-fashion journal(152)

1.日本の職人のモチベーション

 ダニエル・ピンク著、大前研一訳「モチベーション3.0」では、これまで主流だった外部から与えられるアメとムチ式の動機付けを「モチベーション2.0」と名付け、現代社会での効用に疑問を投げかけている。アメとムチは、効果がないばかりでなく、マイナス効果が見られることがあるという事例を多数紹介している。
 例えば、「この課題ができたら小遣いを上げよう」というような見返りを期待させる動機付けは、課題に対する純粋な興味を奪い、課題を報酬を得るための仕事に変えてしまう。 むしろ、課題の目的を説明し、報酬を期待させない方が熱心に課題に取り組むというのだ。外発的な動機ではなく、こうした「自律性」「熟達」「目的」といった内発的動機こそ効果的であり、それを「モチベーション3.0」と名付けている。
 この本を読んで、最初に思い浮かべたのは、か日本の優れた職人である。彼らは、報酬のために仕事をしている訳ではない。彼らは、自分の理想に少しでも近づけるために努力を惜しまないのであり、それがお客様に喜ばれることを理解している。

 反対に、日本の大企業の多くのサラリーマンは、外発的な動機で動いている。短期的な経営指標、あるいは常に予算のノルマを与えられ、それをクリアすることを求められている。仕事の内容も単調なルーチンワークが中心だ。
 私が単調なルーチンワークというのは、サラリーマンがコンピュータを使って会議の資料を作るような仕事でも、職人の五感を駆使して行う複雑な作業に比べれば単調という意味である。それらの仕事に生涯打ち込んで、熟達しようといという意思を持てるだろうか。あるいは、その仕事が社会に貢献していると実感できるだろうか。
 多くの場合、組織の中の部品としての仕事であり、報酬を得るために仕方なく行っているはずである。
 欧米人が「モチベーション3.0」を科学的に解明し、それを仕事に活用すれば、日本の熟練した職人のような仕事を理解し、それに迫れるかもしれない。なぜ、低い工賃でも手を抜かないのか。なぜ、完璧を追求するのか。それは決して「愚かだから」ではない。仕事に対する意識の質、人生と仕事の関係、考え方のOSが異なるからである。

2.私自身のモチベーション

 私自身のことを少しだけ話したい。私は小学校の頃から、他人に強制されるのが大嫌いだった。小学校3年生の時、先生の話を聞きながら、ノートの背の部分をくわえて、上下に揺らしていた。多分、話に聞き入っていたと思うし、悪いことをしているという意識もなかった。しかし、教師をそれを見て激怒した。教壇まで引きずられ、「皆の前で同じ行為をしろ」と言われた。
 私は意味が分からなかった。悪いことなら二度と行わなければ良いのであって、悪いことをわざわざ繰り返す必要はない。それを強制されることは、ひどく侮辱されることだと感じた。
 教師をノートを私にくわえさせようと、頬を指で強く挟んだが、私は頑として口を開かなかった。すると、今度は柔道の技で私を床に叩きつけた。それでも私は口を開かなかった。「くわえるまで投げるぞ」と言われたが、それでも命令には従わなかった。終いには、クラスメイトが「くわえちゃえ」と小さな声で言ったが、私は嫌だった。
 結局、10回以上投げ飛ばされたが、最終的には教師が根負けした。最終的に、教師は自分の命令を聞かないことに腹を立てたのだろうが、私は納得できない命令に従うことを拒否することで、自分のプライドを守った。
 中学3年の時、私は勉強が嫌いではなかったし、クラスでも成績は良い方だった。しかし、私のクラスの平均点は低かったようだ。
 担任の教師は、それを教頭か校長に咎められたらしく、「共通テストの平均点を上げるために勉強しろ」と言って、専用ノートを作らせ、提出させた。私はその表紙に「共通テスト平均点向上のためのノート」と書いてノートを提出した。教師は苦い顔をして「こういうことを書くなよ」と言った。
 私は、教師の姿勢を批判した。私の認識は、勉強は楽しいものである、というものだった。「知らないことを知り、好奇心を満足させることは楽しいに決まっている」と思っていたのだ。それを、共通テストの平均点向上という矮小な目的にしたことが許せなかった。「学問に対する冒涜だ」とさえ思ったものだ。
 私の学問観は、それ以来変わっていない。私は暗記するのが苦手であり、暗記する必要性も感じていなかった。忘れたら、本を開けばいいのだ。したがって、暗記はしなかった。当然、テストの点数は上がらない。受験勉強に必要だということは分かっていたが、私は自分の姿勢を変えるより、受験勉強を否定する方を選んだ。
 もし学校が私の好きな教科を自由に勉強していい、と言ってくれたら、多分、私は一生懸命に勉強し、現在とは異なる職業に就いてたに違いない。
 しかし、退屈な教科を強制されることで、私は学校の勉強に興味を失った。高校2年の頃には、「本を読んで独学で学べばいい」ということに気がついた。そして、大学進学ではなく、専門学校進学を選んだ。
 私は小学生の頃から、「モチベーション3.0」の信奉者だった。内発的動機だけを信じ、生きてきたのだ。 
 
3.社外の人材を活用するためのモチベーション

 既にフリーランスのコンサルタントとして仕事を開始していた頃、大手紡績からエージェントの話を受けた。私はその会社が作る糸やニットが好きで、展示会に行っては、感想や意見を言ったり、新しいことを提案するのが常だった。そんなこともあり、「もし、アパレルに紹介して、売上が上がったら歩合で報酬を支払いましょう」ということになったのだ。
 最初は嬉しかったのだが、報酬が設定されてからは、その仕事に興味がなくなってしまった。
 報酬が設定されない時には、その紡績の糸を純粋に勧めることができたのだが、報酬が発生するようになった途端、私はお金のために商品を勧める、という形になった。それが何となく後ろめたかったのだ。
 それしか仕事がないのなら、一生懸命やったと思うが、他に確実な収入が期待できる仕事があれば、それを優先してしまう。結局、展示会に行くこともなくなってしまった。
 このことは私の胸に引っかかったままだった。私は尊大な人間なのだろうか。我が儘な人間なのだろうか。その性格のために、周囲に迷惑を掛けているのではないか。
 しかし、「モチベーション3.0」によると、私の行為は個人的な性格に基づくものでもないらしい。程度の大小はあっても、誰もが私のような行動をする可能性はある。外的動機を与えた途端、マイナスに作用してしまうのだ。
 それでは、企業はどうすれば良いのか。どうすれば、コストをかけず、外部の人間を活用し、自社のビジネスを成長させることができるのか。
 私の事例で言えば、私が興味を失ったのは、その仕事には外的動機しかなかったからである。例えば、その紡績の誰ともコミュニケーションを取れなかった。もし、パーティーがあって、他の社員の方と面識ができるだけでも、かなり印象が変わっていたと思う。正社員でなくとも、所属欲求を満足することはできただろう。
 当時は、インターネットがなかったので、仕方がないが、今ならインターネットを使ってコミュニティを組織することができる。
 例えば、紡績の商品企画担当者とネット上でコミュニケーションが取れれば、興味が途切れることはなかっただろう。
 また、報酬だけでなく、もっと大きな目標を設定することができれば、喜んで働いたと思う。
 例えば、「この製品でこの市場に参入したい。そのためには、あなたの協力が必要だ」と言われ、それに共感を感じれば、積極的に動くモチベーションになる。
 単純に報酬を設定するだけなら、報酬などない方が良い。報酬を設定するなら、報酬以上の内的動機を盛り上げる工夫が必要だ、ということだ。
 逆の言い方をすれば、報酬は少なくとも、社外の人間を活用することができるということにもなる。
 問題はマネジメントしようとしないことだ。管理するのではなく、やり甲斐を与える。それによって、ファンになれば、仕事は楽しみに変わる。
 
4.社会全体のモチベーション

 「モチベーション3.0」は、個人の仕事観、人生観を変えるものであり、企業の組織、評価と報酬システムを変えるものでもある。
 また、利益だけを追求する株式会社から、非営利法人、社会起業家への流れの根拠にもなりうる。
 更に、企業内で商品を企画生産するのではなく、個人やコミュニティが協力し合う「メイカーズムーブメント」にもつながっている。
 個人が本来持っているモチベーションに基づく、社会システムの転換が起きているとも言えるだろう。
 外的動機に基づく、マネジメント手法そのものが古くなり、内的動機に基づくモチベーションを引き出すことが、会社組織としても非常に重要になる。
 また、社員だけでなく、社外人材をいかに活用するか、という視点も重要になるだろう。世界的にベビーブーマーがシニア世代となり、人生に向き合う時期を迎えている。シニア世代の比率が高まり、シニアの心理が社会心理に投影され、社会全体が自らのモチベーションに向き合うことが求められるのではないだろうか。
 国際紛争についても、外的に干渉するだけでは解決はできない。内的な動機を高めることが必要なのだ。
 このアプローチは、非常に重要であり、今後も継続して考えていきたいと思う。

*有料メルマガj-fashion journal(152)を紹介しています。本論文は、2014.10.13に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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