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September 08, 2014

アメリカンファッションの思想 j-fashion journal(122)

1.アメリカの大量生産文化

 アメリカは移民の国。ヨーロッパからアメリカに渡った人々は、何らかの理由で、新天地を求めていた。アメリカに渡ったこと自体がフロンティアスピリットの体現であり、更に、西部開拓というフロンティアスピリットが積み重なっていく。
 「アメリカ建国の父」と呼ばれた人々は、「アメリカを理想郷にしたい」と考えていた。彼らがどのような宗教観や倫理観を持っていたのかは分からないが、アメリカという国には、常に理想主義に近い理念が存在していると思う。アメリカの独自性は、アメリカ建国の歴史に象徴されている。
 現代のアメリカ社会を見ると、ヨーロッパ同様の階層社会のように見える。しかし、アメリカの階層社会は、ヨーロッパに比べると、実力で勝ち取った要素が大きいと思う。アメリカは常に競争を奨励している。世界中から移民を受け入れ、競争を促進する。それがアメリカの活力となっている。

 アメリカ人の理想的ライフスタイルは、若いときにビジネスで成功し、老後には、牧場を買い取ってカントリーライフを楽しむことだという。貴族のような形式的な贅沢な暮らしを求めるのではなく、自然の中で気楽で快適な生活をすることが理想と考えているのだ。この人生観はファッションにも投影されている。
 アメリカのファッションは、実用的、合理的なものから始まった。ヨーロッパのように、貴族の衣装比べのような社交界をルーツにしたものではないし、社会的ステイタスを表現したものでもない。雨風を凌ぐ実用的な衣服。大量生産が可能な丈夫で長持ちする衣服がそのルーツだ。
 したがって、ヨーロッパのような変化を必要としない。アメリカをルーツとした実用的な衣服は、工業製品のように規格化され、変化しない製品が基本である。
 それでも、アメリカが経済成長するにつれ、貧富の格差を生まれ、上流階級が形成されていく。一部の富裕層はヨーロッパのファッションを取り入れたが、一部はアメリカ精神を大切に考え、ヨーロッパとは別のアメリカ独自のファッションを求めた。
 アメリカのアイデンティティである実用性や合理性を基本にしながら、上質な素材や仕立てを施した独自のファッション。それが、ブルックスブラザースに代表されるアメリカントラッドである。
 
2.ジーンズに象徴される開拓精神

 ジーンズのルーツは、カリフォルニアのゴールドラッシュ時代。
1848年にカリフォルニアで砂金が見つかり、1849年から大量の開拓者がカリフォルニアに殺到した。1852年には、人口が20万人に達し、カリフォルニアは州に昇格した。
 その砂金を取る人々に破れない丈夫なキャンバス生地のパンツを提供したのが、リーバイスの創業者リーバイ・ストラウスだった。
 現在のジーンズの原型ができたのは1870年。仕立屋のヤコブ・デービスがリーバイ・ストラウス社から仕入れたキャンバス生地に銅リベットでポケットの両側を補強したワークパンツを考案し、発売した。ヤコブ・デービスは特許取得を考えたが、資金がなかったので、リーバイ・ストラウス社に権利の折半を条件に特許取得を依頼した。1873年に特許が受理され、リーバイ・ストラウス社の製品として販売された。これがジーンズの原型である。
 後に、キャンバス生地からインディゴ染めのデニム生地に変わり、1940年代に現在の5ポケットのジーンズの形に落ち着いた。
 このように、ジーンズはあくまで実用衣料だったが、1970年代になって、ジーンズは新しい局面を迎える。ヨーロッパのデザイナーがファッションアイテムとして、デニム素材やジーンズを取り上げるようになり、身体にフィットしたデザイナージーンズが登場したのだ。デザイナージーンズは、世界的ブームとなり、ジーンズの価格は10倍以上に跳ね上がった。これにより、ジーンズは完全にファッションアイテムとなり、新しいジーンズ市場が誕生した。
 雑誌「ニューヨーカー」に掲載された1980年代のデザイナーズジーンズの人気投票ベスト5は、以下の通り。
① デザイナー「グロリア・ヴァンダービルド」、
② キューバ生まれの男性デザイナー「アドルフォ」、
③ ニューヨーク生まれの「ラルフ・ローレン」、
④ 「カルヴァン・クライン」、
⑤ ベルギーのブリュッセル生まれの女性デザイナー「リズ・クレイボーン」。
  
3.Tシャツに象徴される自由と平等

 Tシャツは元々実用的な肌着、下着だった。白いTシャツとブルージーンズを「若者のスタイル」として定着させたのが、1955年の映画「理由なき反抗」で主役を勤めたジェームズ・ディーンだった。
 ジェームズ・ディーンは、1955年9月30日、映画「ジャイアンツ」の撮影終了後、自動車事故を起こし、24歳で死亡している。彼自身が青春の象徴として人々の記憶に残ることになった。
 60年代になると、ベトナム戦争の反戦運動からヒッピーが生まれる。彼らのスタイルは、長髪に髭、Tシャツにジーンズが基本だった。
 Tシャツとジーンズは、「アンチ権力」「自由と平等」の象徴だった。ジーンズもTシャツも性別、年齢、国籍、宗教等に関係なく、世界中の人が着用できる衣服なのだ。(60年代まで、女性用ジーンズや女性用Tシャツはほとんど存在しなかった)
 Tシャツは、全ての装飾を取り去った最もシンプルな衣服である。大量生産が可能であり、世界中の市場で販売できる。ある意味で、アメリカンファッションの象徴であり、カジュアルの象徴でもある。
 同時に、Tシャツのプリントデザインは、アメリカのイラスト、グラフィックデザイン文化のシンボルでもある。
 
4.戦闘服の持つ機能性

 戦場で着用する戦闘服は、最も機能的な衣服と言える。戦闘服は、グリーン系、茶系の国防色のTシャツの上に、迷彩柄(カモフラージュ)のシャツ、カーゴパンツが基本である。それにヘルメット、ブーツ、弾帯等が組み合わされる。
 米国政府は、不要になった戦闘服を放出品として専門業者に払い下げており、それがミリタリー商品として専門店等で販売されている。
 丈夫で機能的、安価なことから、一部の若者には根強い人気があり、カジュアルファッションの基本アイテムとなっている。全身を戦闘服で固めると、サバンバルゲーム・マニアのようになるが、コーディネートの一部としてミリタリーを取り入れることは、ある意味でスパイスのような効果を上げることができる。
 戦闘服調のファッション、ミリタリールックは定期的にファッショントレンドとして登場している。
  
5.アメリカントラディッショナルの合理性

 ヨーロッピアントラディッショナルは、ジャケット、パンツが共生地のスーツが基本であるのに対して、アメリカントラディッショナルは、上下が別生地のブレザーとパンツの組み合わせが基本である。
 ヨーロッパの縫製業は、手工業的であり、一つの工場(工房)で、ジャケット、パンツを縫製する。スーツを制作する時には、同一の反物からジャケットとパンツを裁断し、縫製する。
 アメリカの縫製業は、大量生産、多サイズ展開を基本としており、ジャケット工場、パンツ工場は特化されている。それぞれの設備は全く異なっており、同一の反物からジャケットとパンツを裁断することは不可能だ。その意味で、ブレザーとパンツを異なる生地で制作し、それをコーディネートするという考え方は、実に合理的でアメリカ的と言える。
 着用者の立場でも、同一素材のスーツでは、パンツだけが破れると、スーツそのものが着られなくなってしまう。ブレザーとパンツのような単品アイテムであれば、どちらも自由に買い換えることが可能であり、上下の組み合わせにより、多様なスタイルが楽しめる。この合理性と簡便性が世界中で支持され、ブレザーとパンツの単品コーディネートが普及したのである。
 ブレザーとパンツは、それぞれ着用シーンやステイタスによって、様々な素材、デザインが展開されている。同じ紺のブレザーでも、グレーのフラノのパンツを合わせれば、改まった印象になり、チノパンツと合わせればカジュアルになる。
 また、シャツもドレスシャツ、カジュアルなボタンダウン、ポロシャツと組み合わせを変えることで、ドレスアップからドレスダウンまで幅広いシーンに対応できる。
 ヨーロッパのスーツが肩パッド、胸芯等で鎧のように立体的でタイトなシルエットを構築するのに対し、アメリカのブレザーは最低限の肩パッド、芯により、ゆったりとした機能的なシルエットになっている。こうしたことからも、大量生産を原則とするアメリカをルーツとしたファッションであることが分かるはずだ。
 
6,ファッションとスタイル

 ヨーロッパの上流階級にとって、ファッションの基本は「夜の服」であり、常に変化するものである。パリコレはこの伝統を基本にしており、デザイナーは変化に富んだコレクションを発表する。
 アメリカ人にとって、衣服はインテリアや食器と同様に、生活必需品であり、スタイルを表現するものである。パリのように、毎年、デザインを変える必要はないし、あまり変化しては困るのだ。
 ワードローブという発想は、手持ちの衣装を合理的に構成することで、無駄のない賢いスタイルを実現するものだ。毎年、新しいファッションを追い掛けていたら、ワードローブは増える一方である。昨年購入したものと、今年購入したものが組み合わせられないのでは、ワードローブは構成できない。
 ニューヨークコレクションがパリコレに比べて、変化に乏しく、実用的な印象を受けるのは、ファッションに対する思想がヨーロッパとアメリカでは全く異なるからである。

*有料メルマガj-fashion journal(122)を紹介しています。本論文は、2014.3.24に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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