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June 11, 2014

成長より継続を優先する千年ビジネス j-fashion journal(110)

1.ビジネス環境の変化にフレキシブルに対応する

 アベノミクスは有効か否か?消費税増税は景気を悪化させるのか、それとも消費には関係しないのか?今後の株式市場は?今後の為替動向は?中国の人件費はどこまで上がるのか?アセアンへの生産シフトはどの程度進むのか?今年の夏は猛暑なのか?冷夏なのか?
 ビジネスは予測の連続だ。しかし、予測が100%当たることとない。仮に、全ての予測が的中したとしても、ビジネスの成功が約束されるわけではない。自分以外の多くの人が予測を的中させれば、予測は常識にすり変わる。
 景気動向、為替動向はビジネスの環境要因に過ぎない。ビジネスは環境の影響を強く受けるが、全てではない。問題は、「自社が何をするか」であり、「自分が何をするか」だ。
 私が仕事上で将来を予測するのは、不意打ちを受けたくないからだ。予測したアクシデントなら冷静に対応できる。予想もしていない突発的なアクシデントはパニックを招きかねない。

 ビジネスの本質は、自分が何をするかだ。環境を分析したり、将来予測をしても、それが自分の行動に結びつかなければ何もならない。
 組織の中では、仕事は与えられるものだ。与えられた仕事を拒否することはできないし、自分のテリトリー以外の仕事をすることはできない。
 組織人にとって、ビジネス環境の話は、ある種の儀式であり、互いの共通の話題に過ぎない。しかし、自立した中小零細企業は、自分の仕事を時代に対応した仕事に変えることができる。自分の仕事を変えることもできる。逆に言えば、仕事を変えられないのであれば、大企業に就職した方が有利だ。私は、ベンチャー企業だけでなく、中小零細企業、個人企業こそ、常にフレキシブルであるべきだと思う。 

2.ICTと物流の進化が業態を進化させた

 我々はどんなビジネス環境になろうとも、仕事を継続しなければならない。企業も存続させなければならない。百年存続する企業、千年存続する企業とは、どんな企業だろうか。
 繊維ファッション業界で言えば、戦後からオイルショックまでは製造業の時代だった。しかし、日本国内の人件費の高騰、円高が進むにつれ、製造業は海外への移転が進んだ。
 この時、ビジネスの主導権を握ったのは、アパレル企業(アパレル製造卸)だった。日本のアパレル企業は、自社工場を持っていない。国内製造業が海外に移転しても、海外工場に縫製加工を依頼すれば良い。
 やがて、アパレル企業はアパレル製造卸という業態からSPA業態(製造小売り)へと転換していく。この時に、製造卸という業態にこだわった多くのアパレル企業は淘汰された。
 そして、アパレル企業は小売業の性格を強めていく。世界のアパレル企業も基本的には小売業だ。小売業がオリジナルブランドの商品を海外工場から調達する業態である。
 それに伴い、アパレルビジネスのノウハウは、ブランドプロデュースと小売りのノウハウが中心になっていく。その一方で製造業は、益々グローバル化が進んでいく。世界のファストファッションは、世界の工場をコントロールしているのだ。
 今後は小売流通からインターネット流通に比重に移るだろう。ブランドの重要性は変わらないが、小売りのノウハウは、WEBの構築と検索、SNSを活用したコミュケーションへと比重が移っていく。
 しかし、小売店が消滅するのではない。小売店の機能が変わるのだ。商品を陳列して、売買するのではなく、売り手と買い手の双方の人間が集う場であり、コミュティとして機能させなければならない。もちろん、ここでもオンラインの活動は重要であり、オンラインと店舗の相乗効果が必要になるだろう。
 こうした業態の変化は、物流とICTの進化がベースになっている。物流とICTの進化こそ、流通小売業に革命的な変化をもたらしたものであり、この二つの要素を取り込めない企業は百年、千年と生き延びることはできないと思う。

3.為替変動に左右されないビジネスモデル

 もう一つ、企業の存続の条件として上げられるのが、為替変化への対応ではないだろうか。
 円高は輸入に有利であり輸出は不利だ。プラザ合意により円高が定着した時から、生産の海外移転が始まった。
 自動車産業は、為替の変化に対応するために、アメリカやヨーロッパに拠点を作り、現地生産現地販売を始めた。企業のグローバル化とは、国家間の関税、為替等のギャップを最小限に留めるために、複数の国家をネットワークで結ぶことを意味する。
 繊維ファッション産業は、分業構造にあったために、円高になると製造コストの内外格差が拡大し、国内製造業が空洞化することとなった。そして、中国生産の機能を活用した「しまむら」「ユニクロ」等の企業は急成長を遂げた。
 最近、為替が円安に振れたことから、国内テキスタイルメーカーの輸出が増えている。その反面、海外生産に依存してきた流通、小売業は苦しい経営を迫られている。
 問題は、円高と円安が繰り返すことにより、日本の企業は次第に衰弱していくことだ。円高になると輸出産業が淘汰され、次に円安にると流通小売企業の淘汰が進む。それにより、外資企業の市場シェアが次第に拡大していく。
 これを防ぐには、やはり自動車産業のように、現地生産現地販売の体制を築くことが必要だろう。グローバル経営である。
 グローバル化という方法以外でも、円高の環境下で生き残った製造業は存在する。オンリーワンの技術、オンリーワンの商品を持っている企業だ。オンリーワンゆえに、為替で価格が変動しても売上が減少することはない。
 生産拠点の海外移転に伴い、日本の系列構造は崩壊していった。それにより、オンリーワン技術を持った下請け工場は海外企業と直接取引することが可能になり、生き延びた企業も少なくない。
 しかし、オンリーワンの技術は常にフォローアップされる可能性がある。オンリーワンを続けるには、常に新たな革新と発明が必要になる。それが可能なら良いが、そうでなければ、やはり自らが海外に生産拠点を見いだすことも必要だろう。
 ヨーロッパの製造業は、ブランド戦略で生き延びている。ブランド戦略はイメージ戦略でもあり、高付加価値ビジネスが可能だ。しかし、ブランド価値は常に変動する。それでも経営を維持するには、常にクリエイターを確保し、革新を続けながら、高いブランドイメージを維持しなければならない。同時に、経営を安定させるには、やはり製造コストを下げる必要もある。実際、ラグジュアリーブランドも、中国やインドで高級品を生産している。
 
4.規模の拡大を追求しない閉ざされたシステム

 最終的にモノを作り、モノを売るというビジネスは、地理的条件を無視することはできない。モノを生産するコスト、モノを運ぶコスト、モノを販売するコストが存在するからだ。そして、価格や貨幣価値は政治や法律に大きな影響を受ける。それらの影響を乗り越えて、百年、千年続く企業を考えるのは非常に難しい。
 しかし、成長を考えずに、継続を最優先するならば方法はある。たとえば、京都には千年以上続く和菓子屋さんが存在する。彼らが存続しているのは、規模を拡大せずに、需給バランスを常に維持しているからである。
 昔からの顧客が存在し、その需要は決して大きくないが、供給は常に需要よりもほんの少しだけ抑える。そして、一日作ったものを一日で売り切る。
 ここで人気があるからと言って、生産を増やせば一時的なブームにはなるかもしれないが、やがてブームは終焉する。価格を高く設定すれば参入者が増え、競合が始まる。そして、供給過剰になり、価格競争に陥る。
 薄利多売ではなく、薄利少売。利益も多くはない。しかし、家族や従業員の生活ができて、継続できる商売。これが基本になる。
 もし、成長したいのなら、顧客を囲い込みながら増やすことである。これを実践しているのが、家元制度ではないだろうか。茶道、華道、日本舞踊、邦楽等には家元制度がある。家元制度は、その技芸を継続するための優れたシステムだと思う。
 家元制度は、閉ざされたシステムだ。その一門だけで経済が完結している。誰でも入門することは可能だが、家元を中心とする集団が一般大衆向けにサービスを提供したり、商品を販売することはない。
 歌舞伎の興行では、多数の家元が出演しているが、それはここで言う家元ビジネスではない。家元が興行ビジネスの一員として働いているに過ぎない。
 家元経済を支えているのは、門人達の月謝である。おさらい会や発表会もあるが、それも基本的には外部に公開するのではなく、各流派の門人たちが、自らの技術の研鑽のために行っているのだ。
 もちろん、そんな家元制度も衰退することはある。日本舞踊の流派なら、日本舞踊自体に人気がなくなれば、弟子入りする人も減少し、やがては、流派そのものが断えてしまうこともあるだろう。それでも、経済が自己関係している分だけ、通常のビジネスよりは継続性が高いと言えるのではないか。
 熱狂的なファンを持ち、そのファンが経済を支えているという意味では、宝塚歌劇団も好例だろう。学校を持ち、人材を育成する。そして、劇場を持ち、学校の卒業生が公演する。それでも、宝塚歌劇が永遠に続くかは分からないが、規模を大きくしないことで、継続していることは確かだと思う。

5.成長を選ぶか、継続を選ぶか?

 ビジネスの理想は成長と継続である。巨大企業に成長すれば、競争力もつき、簡単には淘汰されてい。淘汰されない規模まで成長させれば、企業の寿命は伸びる。
 しかし、十分に成長するまでは、競争の連続であり、淘汰の連続である。どんなに実力があっても、それを上回る環境の変化があれば、ひとたまりもなく変化に吹き飛ばされてしまうだろう。それでも構わないから、勝負に賭けるという姿勢が成長につながるのだと思う。
 一生のうち、仕事ができるのはせいぜい50年程度だ。その中で完全燃焼するという考え方も悪くはないし、その活力が人類の進化をもたらしたのではないか。
 しかし、活力は過剰や軋轢を生み出すのも確かである。最近流行している「地球にやさしい」「環境にやさしい」という視点で観れば、過剰な活力はマイナスに働く要素かもしれない。
 継続を優先するということは、規模を追求しないことに他ならない。これは企業にも個人にも言えることだ。過酷な労働条件で心身ともに健康を損なうような働き方は成長を優先している生き方である。継続を優先するならば、無用なストレスから逃れるべきだ。
 継続を主体に考えれば、成長は悪にもつながる。皆が成長を目指せば、限られた資源が枯渇してしまうからだ。
 私たちは、市場経済、競争社会の中にドップリと浸かっている。成長は唯一の目標であり、成長なき人生など考えられない。成長を否定することは、自らのアイデンティティ崩壊にもつながりかねない。
 それでも、私たちはその常識を見直す時期に来ているのではないだろうか。考えてみれば、日本という国は成長より成熟と継続を優先してきたのではないだろうか。だから、千年も続く企業が存在するのだ。私たちは、その原点に戻る時期なのかもしれない。

*有料メルマガj-fashion journal(110)を紹介しています。本論文は、2014.1.6に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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