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June 26, 2014

新しい貴族のライフスタイル j-fashion journal(118)

1.働かずに生活する貴族階級

 日本の支配階級は、室町時代に貴族階級から武士階級に変わった。武士は軍人だ。日本は、軍事政権が数百年続いた希有な国とも言える。しかも、軍事政権であっても、江戸時代は大きな戦争もなく平和な時代だった。武士は自らのアイデンティティを武士道のような精神性に求めており、やたらと戦いたがっていたわけではない。
 また、江戸幕府は、将軍個人が絶対的な権力を持っていたというより、官僚組織がコントロールしていた。武士階級は政治的に国を支配していたが、経済的に支配していたわけではない。江戸時代になり、貨幣経済が発展するにつれ、商人階級が経済を支配するようになる。
 日本の歴史上、西欧の貴族階級のように特定のファミリーが政治経済を支配し、富を独占した期間は、はるか昔である。日本の精神風土の骨格は、江戸時代に固まった。武士も商人も、農民も職人も全て自分の職務を持っており、その役割を果たすことで社会が動いている意識を持っていた。「働かざるもの、食うべからず」という思想は、日本のあらゆる階層に浸透していたのだ。

 そんな日本の歴史において、初めて経験する不思議な時代を迎えようとしている。働かないで生活する大量の新貴族階級が誕生しているのだ。
 団塊世代がリタイアし、大量の年金生活者が誕生した。長寿化の影響もあり、リタイア後、20年以上の時間が残されている。昔から定年制度はあったが、平均寿命が短かったので、定年後の生活は「余生」と言うに相応しいものだった。しかし、その人生のパターンが変化している。
 現在は定年後の人生の比重が上がっている。人間の一生の中で、学校に通う生活が四分の一。親の庇護の元で生活している時期であり、個人として主体的に生活しているわけではない。
 働いている生活が半分、この時期に結婚や子育てを経験する。そして、定年後が四分の一である。この時期は、最も経済的に豊かで個人としての生活が楽しめる。しかも、基本的に働かずに生活する時期である。
 突然、働かなくても生活できる日本人が大量に出現した。現代日本に、忽然と出現した新貴族階級である。
 
2.新貴族階級のライフスタイルとは

 新貴族階級は、基本的に働かない。もちろん、生涯現役で働き続ける人も少なくないと思うが、ここでは働かない人を対象に考えたい。
 貴族にも経済的に豊かな貴族と、貧しい貴族が存在する。いずれの貴族も働かない。裕福な貴族は芸術家のパトロンになったり、華やかな舞踏会を開く。裕福でなくても、それなりに、慎ましく生活しているはずだ。狩猟やガーデニングを楽しむかもしれないが、仕事として行うわけではない。
 こうした暮らしは、日本の新貴族にも共通している。裕福ならば、旅行やパーティーを開く。絵を描いたり、陶芸をすることもあるだろうが、あくまで個人の趣味として行うものだ。
 こうしたライフスタイルの人々は、どのような商品を購入するのだろうか。前提として考えなければならないのは、生活必需品は既に揃っているということだ。したがって、無理に購入する必要はない。
 そういう意味では、購入するのは「商品」ではない。裕福な貴族は、職人を抱えていて、その人の生活を保証し、注文通りの「作品」を作らせる。ここでは、販売するための「商品」ではない。あくまで自分のコレクションとしての「作品」だ。
 貧しい貴族だとしても、作品を注文するだろう。職人を抱えることはできないが、若くて才能のある人を探すことはできる。器用な貴族なら、趣味として制作するかもしれない。
 新貴族も「商品」ではなく「作品」を求めるのではないか。セルフサービスで大量に商品を陳列している商店に買物に行くのではなく、ギャラリーで自分の気に入った作家を探す。
 食事も外食するのではなく、料理人に頼んで、料理を作ってもらう。
 新貴族も外食やケータリングより、自分たちで料理を作ることを好む。もちろん、料理人に頼むこともあるだろう。
 これらの違いは何だろう。簡単に言えば、モノよりコトを優先しているということだ。時間はある。仕事をするわけではない。有意義な時間を過ごすことが目的であり、何かを所有することか目的ではない。自分で作るより、商品を購入すれば時間もかからない。経済的に判断すれば合理的だ。しかし、貴族は時間を節約する必要もないし、経済合理性も意味を持たない。

3.百貨店で舞踏会を

 経済合理性が意味を持たない貴族市場に対しては、コトを用意しなければならない。中世の貴族には城があったが、現代の新貴族は城を持っていない。それなら、城を提供すればいいではないか。
 たとえば、百貨店が舞踏会を主催するのはどうだろうか?まず、上級者を集めて舞踏会を開く。それを鑑賞するのも楽しみになるだろう。
 舞踏会の前に、舞踏会講座を開く。舞踏会にはどんな歴史があって、どんな音楽でどんなダンスをするのか。ドレスの解説、ヘア&メイクの解説、ジュエリー&アクセサリーの解説を行う。
 ドレスはレンタルも用意しよう。もちろん、オーダーメイドを受け付けてもいい。とりあえず、ヘア&メイクを整え、衣装を着て、アクセサリーをつけて写真を撮るというイベントでも良いかもしれない。
 舞踏会というのは一つの例えだ。新貴族が楽しむメニューと場を提供する。そこから、作品が必要になる。それが消費になる。
 きものを着用した歌会はいかがだろうか。これも準備が必要だ。きものについて、和歌について。これも本格的なオーダーから、レンタルまで用意するべきだ。和歌も事前に用意しておく。書家がその和歌を色紙に書いて上げてはどうだろう。
 もちろん、飲食も組み合わせる。和食を楽しみ、食後に抹茶をいただく。重要なことは楽しみを提供することである。

4.新貴族に訴求する商品企画

 ユニクロや無印良品はシンプルなベーシックウェアである。デザインに余計な象徴も寓意も含まれていない。モノに徹した商品である。訴求ポイントは安くて品質の良い商品ということだ。
 新貴族へのアプローチは、この対極にある。たとえば、イギリスの「アフタヌーンティー」に使われているティーカップの柄にはそれぞれの意味がある。長時間、紅茶を飲みながら、会話を楽しみ、サンドイッチ、スコーン、ケーキなどを楽しむ。その話題を提供する一つのツールとして、カップの絵柄が存在するのだ。
 このように時間消費とは、その行動だけではなく、商品にも強い影響を及ぼす。装飾性、装飾による象徴、物語性が重要であり、その意味を理解して、会話を楽しむのである。
 たとえば、アパレルやインテリア商品についても、単純な実用品ではなく、文学性が重要になる。謎解きの小説のようなテキスタイルデザイン。それぞれのアイテムの意味を組み合わせることによって、相手に感情を伝える。そして、それらを解釈し、語り合う時間を楽しむ。そんなツールとしてのテキスタイル、ファッション、デザインを考えたいと思う。

*有料メルマガj-fashion journal(118)を紹介しています。本論文は、2014.2.24に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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