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February 12, 2014

中国百貨店の自主編集MD j-fashion journal(100)

1.有楽町西武の「THE MARKET」

 1984年10月有楽町マリオン内に有楽町西武がオープンした。有楽町西武の1階中央部に約100坪の「THE MARKET」があった。
 スクープ、アトリエサブ、ロートレアモン等のDCブランドによる編集平場であり、ここから「百貨店自主MD」という言葉が使われるようになった。
 「THE MARKET」は、スクープの甲賀正治社長が西武百貨店に提案したプロジェクトだった。私は「THE MARKET」を担当するために、83年にスクープに途中入社した。当時の西武百貨店商品部中條信行バイヤーとホテルに泊り込み、売場全体とアパレル各社の年間の売上在庫予算を徹夜で組み立てたのも良い思い出となっている。
 当時の百貨店リニューアルといえば、DCブランドの箱売場投入だった。それも一巡し、百貨店は同質化し、DCアパレルも伸び悩んでいた。

 そこで、スクープはDCアパレルの仲間を誘い合わせ、大手アパレルの牙城だった平場を攻略した。そして、百貨店に「平場活性化」を「百貨店自主MD」として提案した。
 百貨店は大手アパレルに店頭を支配され、同質化が進んでいた。リニューアルにより箱売場を導入し、DCブランド売場は活性化したが、ミセス対応の平場は取り残されていた。そこで、商品と売場環境を改革することを提案し、更に百貨店の取引構造も改革しようとしたのである。平場の活性化は、DCアパレルと百貨店の利害が一致したプロジェクトだったのだ。
 「THE MARKET」のコンセプトは「City Super」。それまでの百貨店の売場になかったセルフサービスを導入し、コストダウンを図ろうとした。しかし、実際にはセルフサービスは導入されず、「City Super」という言葉だけが一部店舗に残った。
 計画当初は百貨店が「完全買取」で商品を仕入れることになっていたが、これも実現しなかった。1シーズン目が終わる時に大量の商品がアパレルに返品された。結局、新しい環境の売場はできたが、取引慣行を含め、抜本的な改革には到らなかった。これが知られざる最初の百貨店自主MDの顛末である。
 

2.2013年現在の中国百貨店の状況

 2012年秋冬シーズンは、中国のアパレル市場が大きな転機を迎えたシーズンだった。新規参入が増え、オーバーストアとなり、大量の商品が売れ残り、不良在庫となった。作れば売れる、並べれば売れるという時代が終わり、供給過剰に転じたのである。
 中国の百貨店も同質化している。百貨店に出店するブランドは同質化し、価格競争に陥った。その状況を打破するために、中国の百貨店業界も自主編集とPB開発をしようと考えている。その支援ができないかという打診が日本に届いている。しかし、日本と中国の状況は異なっている。
 日本の百貨店自主MDはバブル崩壊以前に始まった。そして、バブル崩壊と共に、円高の影響でラグジュアリーブランドと中国生産の激安商品が急激に成長し、日本国内のアパレル製造卸と、日本製品の市場シェアを奪った。百貨店は低迷を続け、積極的な売場改革をする体力がなくなっていた。同時に、リストラが進み、改革をリードする人材も失われてしまった。
 私は、スクープを退職後、三越商品本部の婦人用品部コーディネーターとして契約した。百貨店の自主MD、あるいは百貨店のMD改革をなし遂げたいという野望があったからだ。
 その時に考えたのは、インポートあるいはライセンスによる百貨店の自主編集だった。ラグジュアリーブランドではなく、ヨーロッパのファクトリーブランド等を活用し、新しいベターゾーンの平場を構築しようと考えたのである。しかし、これも実現はしなかった。百貨店は商品を完全買取で仕入れることができなかった。委託仕入れ、派遣販売員付きという条件では、大手アパレル以外に対応できる企業はなかったのだ。
 中国の百貨店も日本の百貨店同様、商品を完全買取で仕入れてはいない。中国の百貨店は、売上金を受け取り、伝票を発行して、顧客がそれを売場に持参して商品と交換する。そして、売上歩合と売場面積に基づく家賃を差し引いて、テナントに支払う。店頭在庫はテナントのものであり、販売員もテナントが手配している。
 そんな百貨店が自社でMD計画を立て、それに従って商品を仕入れ、それを自社の販売員に販売させ、売り切ることができるのだろうか。全ては未体験であり、それを一から教育し、人材育成することは並大抵ではない。
 それでも、現状のビジネスモデルを続ける限り、競合他店との差別化は困難だろう。状況は異なるが、中国百貨店も改革が必要なのだ。
 
3.グローバルな企画~調達システム

 日本と中国、80年代と現在では、商業環境は大きく異なる。
 日本は国内アパレル企業が国内市場を独占することで成長したあとで、海外ブランドが上陸した。
 中国は、海外ブランドの参入と国内アパレルの成長が同時に進んだ。当初は、高級品は海外ブランド、中級品、実用品は国内ブランドと棲み分けていたが、次第に中国国内アパレルも高級市場に参入し、ファストファッションブランドにより、中級品市場も海外ブランドの市場シェアが高まっていった。そして、需給バランスが大きく崩れたのが2012年だったというわけだ。
 中国の百貨店自主編集を具体化するには、三つのポイントがある。
 第一のポイントは、グローバルな発想による商品調達である。80年代の日本では大手アパレル以外の新興アパレルが主役になったが、中国ではアパレル企業に商品を供給しているアイテム別OEMアパレルが主役になるのではないか。あるいは、日本のアパレルに商品を供給している日本商社の活用も有効かもしれない。
 第二のポイントは、企画機能である。こちらは中国国内外の企画会社、デザイナー等との取り組みになるはずだ。百貨店企業がライセンシーとなり、OEMメーカーはサブライセンシーにするという形態である。
 第三のポイントは、売場運営である。仕入れた商品を売り切るノウハが必要だ。店頭の売上在庫管理、販売員の人材育成と販売マニュアル等については日本企業との連携も有効かもしれない。

4.中国市場に相応しいコンセプトとは?

 百貨店の自主編集は目的ではなく手段である。何のために自主編集を行うのか。どんな店を目指すのか。どんな顧客に対して、どんな百貨店とイメージして欲しいのか、を明確に整理しなければならない。これは館全体のコンセプトである。
 次に、パーチカルな構成を考える。日本の百貨店であれば、1階が化粧品売場、ファッション雑貨、2階、3階が婦人服、4階が紳士服というような構成だろうか。
 中国ではどんな構成が考えられるのか。現在、ファストファッションの大型店舗は、婦人服、紳士服、子供服、服飾雑貨等が展開されている。そのため家族がワンストップで買物することができる。
 この考え方を基本にするならば、ファミリーアイデンティティ別のフロアもあるかもしれない。スポーツ大好きなアクティブなファミリーならば、スポーティブな街着とスポーツウェアをミックスして展開する。もちろん、紳士、婦人、子供を展開する。
 環境意識の高いファミリーならば、オーガニック、ナチュラルなテイストでまとめる。
 音楽、マンガ、アニメが好きな家族ならば、キャラクター商品を中心にMDを構成する。
 科学を愛する未来志向のファミリーならば、服よりも、デジタル商品を中心にしたインテリア、雑貨の展開になるだろう。
 アウトドアライフを愛するファミリーなら、キャンピングカー、キャンプ等を中心にMD展開を行う。
 上記に共通しているのは、アイテム別売場分類ではなく、生活スタイル、生活シーン、生活に対する意識別のMD構成にすることである。その上で、オリジナルのPBによる自主編集平場をフロアのコアとし、それを囲む壁面に国内外の専門店を配置し、フロア全体を構成するという考え方である。
 魅力的なフロアが構築できれば、フロア毎にスピンアウトして、路面店やSCで展開することができる。海外専門店と代理商契約を結べば、新しいビジネスにもなる。
 それにより、PB商品の生産ロットの問題も解決し、成長を期待することもできる。スケールメリットが生かせれば、価格競争力もつくだろう。
 百貨店の自主編集を百貨店の店内だけで完結しようとすると、百貨店が多店舗化しない限りビジネスを成長させることはできない。しかし、オーバーストアの状況の中で、大型店の新店を開設することはリスキーである。そこで、大型店から小型店まで展開できるようなコンセプトが必要になるのだ。

*有料メルマガj-fashion journal(100)を紹介しています。本論文は、2013.10.28に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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