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February 14, 2014

ベンチャーの流儀 j-fashion journal(102)

1.ヒッピーという生き方

 シリコンバレーで長年働いてきた私の友人は「シリコンバレーはヒッピーとスタンフォード大学から生まれた」と語っている。
 ヒッピーは、ベトナム戦争に絶望した若者が文明社会の全てを否定し、「愛と平和とセックスと自由を愛している」人達の総称と言われる。現代社会に「原始社会のような平等で平和なコミューン」を創り出そうとした運動でもある。髪や髭を伸ばし、反戦フォークソングを歌っている人々。世界中をヒッチハイクで放浪し、自由に生きようとしている人々。そんなイメージだ。
 ヒッピーの反対語が「ヤッピー」だ。こちらは都市に住み、専門職に就く若きエリートである。
 この対比が「IBM」と「アップル」に重なる。保守と革新、体制と反体制。ベンチャーの底流にはヒッピーの精神があるというのは、そういう意味だ。

 これはファッションの世界にも重なる。1968年にバリで起きた「5月革命」は、ベトナム戦争に反対する学生運動が発端である。それが労働者に波及し、ゼネストに広がる。
 ファッションの世界では、旧世代の代表であるオートクチュールから、新世代のプレタポルテが生まれる。サンローランがプレタポルテのブティック「サンローラン・リヴゴーシュ」らを開設したのが1966年。
 「5月革命」を経て、新世代の代表としてパリコレに登場するのが、70年にコレクションを発表したケンゾーである。ケンゾー自身がヒッピーを意識していたかは不明だが、パリの人々はヒッピー時代のデザイナーと認識していたと思う。長髪の東洋人の若者が発表したエキゾチックなファッション。保守的なパリのオートクチュールとは全く異なる発想から生まれる自由な作品は、正にヒッピー的だったからだ。
 ケンゾーの同級生達が中心となって東京で「TD6コレクション」が発表されたのが74年である。ここから、既製服世代の日本デザイナーブランドが生まれた。
 74年という年は、スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックがホームブリュー・コンピュータ・クラブ(「自家醸造」コンピュータ・クラブ)に参加した年でもある。そして、アップル・コンピュータは77年に創立されている。
 私が松田光弘氏のニコルに就職したのが78年だった。当時のニコルにも、まだヒッピー的な自由さや雰囲気が微かに残っていたような気がする。しかし、80年代のDCブランドブームに突入すると共に、その自由な雰囲気は急速に消失していった。 
 
2.スティーブ・ジョブズとビル・ゲイツの違い

 SNS(ソーシャルネットワークサービス)を代表するFacebookの創業は2004年である。映画「ソーシャルネットワーク」は、Facebookの創業期を描いている。
 創業者の一人であるマーク・ザッカーバーグは、ハーバード大学の学生が交流するためにFacebookを始める。動機は女の子との出会いを求めることだったが、やがて、オンラインの社交サービスが持つ可能性とビジネスの可能性に没頭するようになる。
 ごく個人的な動機とビジネスが連続しているところが、非常にベンチャー的だと感じた。
 日本のデザイナーズブランドも、百貨店や専門店に相手にされず、自分の服を売るために自分の店を作ったのがスタートだった。そのビジネスモデルがSPA(製造小売業」業態に継承されていくのだが、最初の動機はごく個人的なことだった。カッコイイ、クールな店を作ろうと思ったのだ。とにかく「面白いことをやりたい」「カッコイイことをやりたい」「クールなことをやりたい」という発想は非常にヒッピー的と言える。
 スティーブ・ジョブズとマーク・ザッカーバーグは同じ臭いを感じるが、ビル・ゲイツは少し違う。全ての可能性とリスクを事前にリサーチしたというソフトバンクの孫正義氏は、ビル・ゲイツに近いように感じる。弟の孫泰蔵氏にはベンチャーの臭いを感じる。
 同様にユニクロの柳井正も、ビル・ゲイツタイプに見える。クレバーな経営者というイメージだ。
 日本とアメリカの違いは、ヒッビー文化の有無ではないだろうか。日本にヒッピーは定着しなかった。というより、徹底的に浄化されてしまった。
 リクルートの創業者である江副浩正氏と、元ライブドア社長の堀江貴文氏が政治と司法に葬られたことは、私には日本社会の圧力を感じさせるに十分だった。もし、日本にスティーブ・ジョブズとマーク・ザッカーバーグがいたとしても、現在のような成功はなかったに違いない。日本社会は彼らのような存在を認めない。それは日本の良さでもあり、窮屈さでもある。
 
3.多様性の許容

 Facebookはハーバード大学で生まれた。しかし、グローバルな展開や資金調達は西海岸でなされた。クレバーに生まれ、クレイジーに育ったとでも言うべきか。もし、マーク・ザッカーバーグが東海岸に居続けたとしたら、現在のような成長はあっただろうか。私は、学生の趣味のサイトで終わったのではないか、と思う。
 アメリカの東海岸に負けないほど、日本と真面目な国だ。真面目を尊ぶ日本はヒッピーを許容しなかった。遊んで暮らすような存在は許さない。真面目に仕事に取り組むことこそ美しい行為であり、閃きや発想で巨万の富を得ることは罪に等しいという思想があるのかもしれない。
 しかし、個人の人生を考えた時、真面目に勉強し、真面目に仕事をすることだけが幸せなのだろうか。もちろん、好きなことをして、放浪生活を送ることが幸せなのか、という疑問もある。それを決めるのは、個人であり、本人が良いと思う人生を過ごせばいい。
 遊んで生活する人間ばかりが増えれば、国が滅びるという考えもあるだろう。しかし、そもそも戦争を引き起こす国に絶望したからヒッピーが生まれたのである。アナーキーな原始社会こそが理想郷であるという思想は、ある意味で反社会的なものだ。国なんて滅びてもいいし、国なんていらないんじゃないか。あるいは、遊んで暮らせば、貧しいかもしれないが、戦争なんて起こらないだろう、という考え方でもある。
 ベンチャーが生まれる風土とは、既得権を否定し、新規参入を歓迎することだ。「新しいアイディアは欲しいが、利益を上げるのは既得権を持つ大企業であるべき」という考えではベンチャーは育たない。ベンチャーを育てるには、ある程度の秩序を破壊することを許容しなければならない。創造的な行為とは、そういうことだ。
 多様性を許容することとは、ある程度の反社会的行為、破壊的行為を許容することでもある。また、人種、国籍、年齢、宗教を問わず、個人という存在を尊重するという態度でもある。
 もし、日本にベンチャーを生み出したいのなら、こうした思想が必要になる。経済的なニーズだけではベンチャーは生まれない。ベンチャーはリスキーであり、既得権を持つ人から攻撃される存在なのだ。
 
4.団塊世代リタイアと個人社会

 組織を重視し、個人を貶めるような社会からはベンチャーは生まれない。学歴主義からベンチャーは生まれない。細かい欠点ばかりをあげつらうようではベンチャーは生まれない。小さな利益を考えて、他人の真似をしているようではベンチャーは生まれない。
 組織を重視して個人を貶めるような仕事はつまらない。学歴主義で固まって、能力のない人材を重視するようなチームの仕事はつまらない。細かい欠点ばかりを指摘されるような仕事はつまらない。小さな利益を追求し、他人の真似をするような仕事はつまらない。
 私にとって「ベンチャー」という言葉は、「面白い仕事」と同義語である。つまらない仕事はしたくないし、面白い仕事だけをしたいと思う。私は若くない。若くないからこそ、つまらない仕事はしたくない。人生の無駄遣いだと思うのだ。残された人生の時間を何に使うか。できれば、気持ちの良い仕事だけをしたいと思う。
 日本のビジネス環境はベンチャーが育ちにくい企業社会が中心である。しかし、最近、企業より個人の力が相対的に強まっているのではないか。最大の人口を誇る団塊世代がリタイアしたことは、日本社会を大きく変えるだろう。彼らも企業戦士から個人に戻るのだ。
 女性、在日外国人、我々のようなフリーランスも個人が基本である。正社員を減らし、非正規雇用を増やしたことは、日本の企業社会を弱体化している。社会の価値観が企業中心から個人中心に移行するからだ。
 そう考えると、ようやく日本もベンチャー企業が生まれる環境が整ってきたのかもしれない。若者に起業を期待するだけでなく、リタイヤ世代の起業も大きな可能性を持っている。
 
*有料メルマガj-fashion journal(101)を紹介しています。本論文は、2013.11.4に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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