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December 19, 2013

大企業病とは何か? j-fashion journal(86)

1.大企業は会議が多い

 大企業は会議が多い。しかも、その会議が機能しない。そもそも会議とは何のために行うのか。情報の伝達なら資料を配布すればいい。あるいは、メールやチャットでも代行できる。決済が必要ならば、それぞれ個別に決済を仰ぐこともできる。オンラインでもオフラインでも可能だ。
 大企業の会議は、会議そのものが目的となっていることが多い。「何のための会議か」を考えることなく、会議のための資料を作り、会議が終われば資料がファイルされていく。
 会議があるから、資料が必要になる。資料があるから、資料を説明する。資料を説明されれば、資料の欠点も見つかる。それを注意する。教育が目的であるような会議もあるが、それなら、教育プログラムを整備するべきだ。その方が短時間で効率も良い。
 結局、会議は序列を再認識したり、管理職の自己満足であることが多い。責任が明確に設定されていないので、何となく一時的に責任を共有しているに過ぎない。

 もし、予算ノルマと給与がリンクしていれば、ノルマ未達の営業マンを叱る必要もない。上司が、その原因を分析し、的確な指示を与えればいい。あるいは、再教育プログラムを用意しておく。それと共に、自動的に給与が下がり、最終的には解雇される仕組みがあれば会議は必要ない。
 会議が多いのは、権限委譲が進んでいないからだ。そして、実績と評価、報酬が曖昧だからだ。その仕組みを整備すれば、会議はほとんど必要なくなる。
 
2.個人と企業のビジョンが一致していない

 大企業のビジネスパーソンは、プライベートな生活と会社の仕事を切り分けることを良しとしている。中小零細企業、職人気質の技術者は、個人のビジョンと会社のビジョンが一致している。職人はより良い商品を作ろうと思っているし、良い商品ができれば、会社の利益につながる。
 個人と組織の利害が一致しないことは不幸なことだ。やりたくないことを、給料のためだと割り切って我慢しながら仕事をする。仕事へのモチベーションが低ければ、向上心も芽生えない。向上心がなければ、継続的な改善活動はできない。悪循環が始まるのだ。
 どんな仕事でも、向上心があれば楽しいものだ。単純作業でも、より効率よく熟練したいと思う。販売なら、一点でも多く商品を販売したいと思う。また、顧客が喜んでくれれば、それも仕事の喜びに変わる。
 「仕事が面白くない」というのは、仕事が強制労働である場合だ。罰としての仕事。自分の仕事ガ社会に役立っているのか、顧客に喜ばれているのかが分からない。
 たとえば、丸一日かけて穴を掘らせる。次に、丸一日かけて穴を埋めさせる。この作業を繰り返しやらされると、人間は神経に異常をきたすそうだ。無駄な作業を延々とやらされるのだ。
 しかし、似たような状況は会社組織でも見られる。上司の命令に筋が通っていない場合、最初の指示で進めていた仕事が全く無駄になる。頭ごなしに叱り飛ばすのも同様だ。準備段階でチェックしているにも関わらず、同僚の面前で悪しざまに罵られる。こうしたことは社員のモチベーションを著しく低下させる。
 最近、「ブラック企業」という言葉を目にするが、これは単純な重労働を意味しているのではない。重労働に加えて、精神的に追い詰めていき、人間性を剥がしとるような企業である。
 本来ならば、そんな企業は退職すればいい。しかし、日本のような固定的な雇用形態では、一度退職すると次に就職するのが難しい。アメリカは実力主義だが、何度でも再チャレンジができる社会システムが存在する。労働力の流動性を高めることは、ますます格差を生むという意見もあるが、ストレスを軽減する効果を無視してはならない。
 
3.ダブルスタンダードの矛盾

 かつて、日本の企業は家族主義だった。社長は父親、社員は兄弟だ。出来の悪い兄弟は、他の兄弟がカバーする。それでこそ、全体の調和が取れる。年功序列・終身雇用であり、仕事の出来、不出来で給料の差ばないが、共に定年まで同じ釜の飯を食うのだから、不平等感はない。
 それに、多様な能力を持った社員がいることで組織が活性化するというメリットもあったと思う。宴会部長のような社員や、釣りバカ日誌の浜ちゃんのような社員でさえ、接待の場では活躍する。また、組織内の雰囲気作り、ストレス軽減という意味でも機能していたように思う。
 欧米の実績給、実力給は、転職によりキャリアアップしていくという雇用環境を背景にしている。また、厳密に仕事の範囲と役割を設定し、明確な評価と報酬のシステム、労働契約がなければならない。そうしたシステムが背景になければ、能力や実績を評価することはできない。
 日本の大企業が病気なのは、全く異なる二つの原理が混在していることである。都合の良い時だけ実力主義と言ったり、肝心の経営者や役員自身が年功序列で昇進しただけというケースも少なくない。部下だけ実力主義で評価され、役員は既得権ということだ。これでは組織全体としての調和が取れない。
 多くの大企業では、こうしたダブルスタンダードが、いたるところに見られる。
 
4.ホワイトカラー集団

 生産拠点が海外に移転するにつれ、メーカーでさえも、日本の本社部門はホワイトカラーの比率が上がっている。工場に入ったことのないメーカー社員。店頭はパートに任せて、実際に接客販売したことのない流通業の社員。
 ホワイトカラーは、会議や資料の作成が得意だ。というより、現場の仕事ができない。現場の仕事はアウトソーシングし、自分たちはマネジメントの真似事をしている。
 ホワイトカラー集団は、個人の能力の違い、才能の有無等については無関心だ。基本的に人間の能力に大きな差はないと思っているし、命令すれば何でもすると思っている。そういう人は、本当の実力で評価されたこともないし、自分で仕事を創造したこともない。言われたことをやっているだけだ。
 一方で、優れた技術者は少ないし、優れた工場も少ない。材料や仕様を落としてコストを下げるのは簡単だが、付加価値を高めることは誰にでもできることではない。高級品が作れる工場は、設備だけでなく、そこで働いている技術者や従業員の意識レベルが違うのだ。だから、良い工場はレベルの低い仕事は引き受けないし、レベルの低い工場の工賃を上げても、高級品はできない。
 「誰にでもできる」と思っている集団と、「誰にでもできるものではない」と思っている集団。この両者は言葉が通じない。
 日本のホワイトカラーは、企業組織には適応しているが、グローバルビジネスには適応していない。部分最適は理解しても、全体最適の解が見つかるかは分からない。
 中小零細企業でも世界に通用するメーカーは多い。しかし、国内流通での立場が弱いので、無理を押しつけられ、正当な利益配分を受けていない。反面、日本国内での立場は強く、下請けに対しては威張っているが、全く国際競争力のない大企業とその社員も数多く存在する。
 それでも、大企業が収益を上げているのは、人材の質ではなく、既得権をがっちりと固めているからだ。その仕組みは確かに素晴らしいし、既得権の壁を崩すのは非常に難しい。 
 それでも大企業病はジワジワと企業を蝕んでいる。ある日突然、企業が倒壊する可能性だってある。「自分が勤めている会社が倒産することなど考えたこともない」というのが最も危ないのだ。倒産しなくても、売却されることは大いにあり得るのだから。

*有料メルマガj-fashion journal(86)を紹介しています。本論文は、2013.7.22に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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