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December 25, 2013

日本製」から「日本性」へ j-fashion journal(94)

1.邦楽、邦画が洋楽、洋画を押さえる

 今年56歳の私が若い頃、洋画が全盛で、邦画は下火だった。圧倒的に洋楽の方がカッコイイというイメージがあったと思う。当時は邦楽と言えば、歌謡曲が中心。グループサウンズ、フォークソングという流れもあったが、どちらかというとマイナーな存在で、洋楽こそが若者の音楽だった。
 洋楽が最後の華を咲かせたのは、バブル景気のディスコだったかもしれない。その後、バブル崩壊と共に、洋楽の人気は下降線をたどる。。一方で、マイナーだったフォークからニューミュージック、J-POPと変化するにつれ、邦楽はメジャーになっていった。
 邦楽と言っても、歌謡曲のままでは発展しなかっただろう。洋楽にも通じるメロディやリズムを持ちながら、日本語の心に響く歌詞があるからこそ、日本の若者に評価されたし、海外の人にも「美しいメロディ」「美しい歌声」と評価されるようになったのだ。

 映画業界は、洋画が強い時代が長かった。これは、市場の大きさと予算の違いによるものだ。画像の勝負では予算をかけた映画には叶わない。しかし、あまにりも画像に依存した結果、洋画はストーリーがつまらない映画になってしまった。
 日本の映画は低予算で作られても、感動させるストーりーを持っている。また、映画の原作となる日本の小説やマンガのクオリティが高いことも分かってきた。かつては、日本語で書かれた小説、マンガは日本人しか読んでいなかった。しかし、日本語の作品が外国語に翻訳されるようになり、次第にその魅力が認知されるようになったと言える。
 渡辺謙主演の「許されざる者」という映画は、日本が舞台で、日本の俳優が日本語で芝居をしているので、何の疑いもなく邦画だと思っていたが、どうやら洋画らしい。外国の映画会社が日本市場向けに現地製作した映画なのだ。
 いつのまにか、日本は、欧米文化より進んでしまったのか。西欧の進んだものを日本に紹介する時代は終わり、日本人は日本の優れたものを評価するようになっている。
 同時に、外国人も日本文化を評価している。最近、日本に来る外国人観光客の多くは片言でも日本語を話す。箸も器用に使って和食を美味しそうに食べる。極東の珍しい国に観光に来るのではなく、マンガに代表される日本文化を尊敬し、学ぼうとして来る。だから、日本語を学ぶ人も増えているのだ。
 
2.日本のファッションはどうなっているのか?

 ファッションも同様である。一部の日本の消費者はラグジュアリーブランドに飛びついているが、その多くは皮革製品であり、アパレル製品ではない。外国資本のファストファッションのブランドも、日本市場を見る限り圧倒的に強いわけではない。一定シェアは取るかもしれないが、それ以上は伸びないのではないか。
 しかし、映画のように、外国資本の企業が日本市場に適した商品を展開するようになれば話は別である。つまり、日本市場では現地化が必要ということだ。
 日本のアパレル企業はどうだろうか。映画や音楽のように、欧米文化を吸収し、消化し、海外でも通用するような独自の路線を打ち出しているのだろうか。
 多分、ファッションという意味では、ゴスロリ、コスプレが海外で最も評価されているだろう。続くのは、マルキュー系のギャルや、ストリートカジュアルである。ユニクロはその品質とベーシックなアイテムが評価されているし、無印良品はミニマルなデザインと天然素材が評価されている。
 これは私見だが、百貨店、量販店で展開されている、いわゆる大手企業のファッションが最もつまらない。未だに、欧米崇拝主義から脱していないからだ。
 その結果、ヤング向けの商品は日本人も外国人も評価するファッションが存在するのに、大人向け、シニア向けの商品では存在しない。それらの大人向けファッションは、もちろん外国人に評価されるわけもないし、そんな商品を海外市場に持って行っても売れるはずがない。
 先日、ギフトショーを見たが、ミセス向け、シルバー向けのハンドクラフト的、手作り風、民芸風、エスニック風のファッションが増えていた。これらのファッションは欧米のトレンドにも関係ないし、泥臭い印象を受ける。しかし、大手アパレルが展開する欧米のライセンスブランドに比べれば、これらのファッションの方がユニークであり、日本らしさを感じさせる。
 多分、大人の日本人消費者が、本当に着たいと思うファッションこそ、海外にも輸出できる商品になるのだろう。それは民芸風ファッションだけではないはずだし、洗練されたデザインもあり得る。しかし、欧米ファッションを基本にしたライセンスでないのは確かだ。むしろ、日本市場に特化した「許されざる者」のようなファッションが求められている。
  
3.「日本製」から「日本性」への転換

 これまで日本の繊維ファッション業界は、「日本製」を重視してきた。しかし、日本で生産しても、それが欧米ブランドのコピーやライセンスでは魅力はない。むしろ、「日本らしいデザイン」「日本人の感性に響くデザイン」が重要だ。
 たとえば、中国の工場でも、日本の設備と日本の技術者が管理している工場は、日本国内の工場と同じ水準である。もっと極端な事例では、日本で倒産したメーカーの全ての設備とスタッフで運営されている中国工場も存在するし、日本国内の工場より完璧な品質を追求しているケースもある。
 問題は、日本とは何かという問いかけである。また、西欧の閉塞感を理解することである。渡辺謙はインタビューの中で、「ハリウッドはアイディアが枯渇している」と語っていた。ファッションも同様である。ヨーロッパのファッションもアイディアが枯渇している。
 ラグジュアリーブランドも新興国の成り金向けの商品ばかりで、新しい時代に対する提案が欠如している。ファストファッションの台頭、ファンドの台頭により、価格志向が強まっている。
 新しい時代に対する提案とは何か。デジタル時代に対する提案。環境破壊と温暖化への提案。新しいライフスタイルへの提案。新しい価値観の提案。広がる格差社会への提案。多様化する文化に対する提案。ゴージャス、デラックス、ラグジュアリーに変わる価値観の提案。つまり、現代社会に生きる哲学が問われているのだ。
 そのヒントは、日本文化に憧れている外国人の中にある。マンガにある。寿司にある。ラーメンにある。日本を日本たらしめているものにある。日本性と言えるものにあるのだ。
 最早、世界のどこで生産するかは大きな問題ではない。問題は、日本人が満足する品質、デザイン、カラー、素材、タッチとは何かという追求である。そして、新しいブランドの定義、ブランドのあり方だと思う。

*有料メルマガj-fashion journal(94)を紹介しています。本論文は、2013.9.16に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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