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December 23, 2013

企業イメージとファッション j-fashion journal(91)

1.高級バッグメーカーがアパレルに参入する理由

 ヨーロッパのラグジュアリーブランドは、オートクチュール・メゾンからスタートしたブランドと高級皮革製品(バッグ、靴)からスタートしたブランドに大別できる。
 皮革製品は、大量生産の製品と、昔ながらの手工業的な製品が混在している。新興国でも大量生産に必要な設備を導入すれば、それなりの製品はできる。しかし、手工業的な高級品は、職人がいなければできない。
 アパレル製品は、オートクチュールや一部のテーラーを除いては、ほとんどが機械生産、大量生産である。そういう意味では、皮革製品の方が差別化が容易かもしれない。歴史ある高級皮革製品ブランドはヨーロッパの上流階級に支持されてきた。そうした背景を利用して、アパレルのコレクションに参入している。
 その理由を考えてみたい。
 日本市場ではラグジュアリーブランドの売上の大部分はバッグであり、アパレル製品はそれほど売れていない。アパレル製品は、国によって体型も嗜好も異なるので販売するのは難しい。バッグは持てばいいが、服は体型に合わなければ着られない。

 それでも、アパレル製品のコレクションを行う理由を、ヨーロッパの企業に聞くと、「バッグでは本当のロイヤリティが得られないから」だと言う。バッグだけでは、流行が変化すれば、他のブランドに乗り換えてしまう。しかし、アパレルまで含めた顧客になれば、ブランドロイヤリティはより強固になる。私には、その狙いが十分に果たせているとは思えない。しかし、アパレル製品が売れなくても、アパレルのコレクションをする意味はある。
 バッグだけのブランドでは、世界観が構築しづらい。バッグは用途にあわせて様々なデザイン、素材を使う。バッグの職人なら、あらゆる用途のバッグを作るだろう。しかし、それではブランドにならない。
 アパレルのコレクションを持つことで、世界観を明確に持つことができる。それがブランドイメージを構築することにつながっている。
 
2.企業イメージをファッションによって構築する
 ヤンマーが新しい企業イメージを構築するために、クリエイティブディレクターとして佐藤可士和氏を起用した。加えて、企業イメージを具体的に示すために、コンセプト・トラクターと、コンセプトクルーザーのデザインをファラーリのデザイナーの経験を持つ奥山清行氏に依頼し、制作した。また、農業ウェアを元イッセイミヤケの滝沢直己氏に依頼し、試作した。
 ヤンマーという企業は、日本では「ヤン坊、マー坊天気予報」のイメージが強烈に刷り込まれ、トラクターのイメージしかないが、海外ではクルーザーエンジンのトップメーカーであり、様々なハイテク分野で活動している。そのイメージを刷新し、新しい企業イメージを打ち出そうというのが、今回の狙いである。
 私はこの試みは成功したと思う。ヤンマーの社員も自社を再認識したことだろう。佐藤可士和氏、滝沢直己氏が農業ウェアを作って見せたのは、それを売ろうとしたわけではない。新しい農業を考えている企業であることを服を通じて表現したのである。
 私は、ファッションデザイナーも佐藤可士和氏のような発想を持つべきだと思う。日本のファッションデザイナーの多くは、自らの服を売ろうとしているだけだ。コレクションは服を販売するためのプロモーションに過ぎない。
 パリコレがクリカイティブなのは、服を売ろうとしているだけではなく、高級なブランドライセンス商品のをプロモーションを意識しているからだ。老舗のブランドイメージを新鮮に保つために、歌劇に見えるコレクションを発表している。ビッグメゾンのデザイナーは、商品としての服を売るためのコレクションではなく、ブランドイメージのためにコレクションを制作している。今回のヤンマーはそれに近い試みだ。

3.企業イメージを表現するコレクション
 
 ファッションショーは莫大な費用が掛かる。アパレル製品を販売するだけのプロモーションとしては、費用対効果が見合わない。アパレルコレクションによってラグジュアリーブランドを成立させているというバッグメーカーについて、デザイナーはもっと真剣に考えるべきだろう。確かに、かつてのオートクチュールメゾンは、独自のシルエット、ラインを発表し、人気を得ることでブランドを構築した。服からスタートして、服のブランドを構築したのだ。
 しかし、高級バッグメーカーが有名デザイナーを起用することで、ブランドを構築したという事実は、異業種であっても、ブランドイメージと優良顧客の存在があれば、ラグジュアリーブランドになりうることを証明しているのである。
 たとえば、和菓子の虎屋のコレクションを考える。和菓子のフォルムとカラーをテーマにコレクションを作るのはどうだろうか。羊羹の色、小倉や抹茶の色のカシミヤのコートを中心に、和菓子のフォルムのボタンやブローチのコレクション。それを虎屋の顧客に向けたコレクションを行い、完全受注生産する。そのことによって、虎屋のイメージが上がるかもしれない。少なくとも、新しい成長の可能性を感じることができるのではないか。
 あるいは、トヨタのレクサスブランドの高級紳士服のコレクションを考える。レクサスのオーナーは、日本のオーダーのスーツを着ればいいのか。それとも、アルマーニを着れば良いのか。レクサスという車のアイデンティティをファッションで表現しようとすれば、どちらも相応しくないだろう。やはり、しっかりとした日本のアイデンティティを見つけなければ、評価されるコレクションにならない。逆に言えば、紳士服のコレクションを完成させることで、レクサスという車のアイデンティティ、あるいは、ブランドイメージも固まってくるのではないか。
 企業のブランドイメージをファッションで表現するということになれば、リアルクローズだけでは通用しない。服を作るのがデザイナーではなく、ブランドイメージを作るのがデザイナーだからだ。それには、世界に通用するラグジュアリーを考えなければならない。しかも、ヨーロッパとは異なる日本のアイデンティティを表現しなければならないのだ。
 
4.企業イメージをファッションで表現するメリット

 企業ブランディングを考えた時、抽象的な概念を具体的な世界観として表現する手段としてファッションは有効である。ファッションショーには生きた人間が登場する。モデルのメイク、ファッションはその人の人格、性格、価値観を感じさせる。舞台装置、音楽はブランドの世界観、哲学を表現することができる。これらによって、ブランドの世界が可視化できるのだ。
 そのイメージはファッションメディアに掲載され、その画像はあらゆるプロモーションで活用できる。
 現在の企業イメージはテレビCMで形成される。しかし、本当にそれでいいのか。現在のテレビCMは、短い時間の中で、いかに視聴者の脳に刷り込むかに主眼を置いている。奇妙奇天烈なストーターと登場人物で印象づけるだけで、企業のフィロソフィやミッションを表現するには適していない。しかし、ファッションショーというメディアは、もっと深遠な精神性を表現できる。
 テレビCMの費用をファッションショーに振り向けた方が、企業イメージの向上には寄与できるのではないか。たとえば、東レはJFWに多額の寄付金を出していた。しかし、そのコストが企業イメージに生かされることはなかった。もし、ファッションデザイナーが佐藤可士和氏のような発想を持つことができれば、炭素繊維をはじめとする東レという最先端テクノロジーを持った企業イメージをファッションで表現できたのではないだろうか。これは当の東レの社員も発想しなかったと思う。東レの社員は、生地のプロモーションという発想しか持たなかった。それでは何の魅力も訴求できない。
 スポンサーもデザイナーも、ファッションショーというメディアを製品のプロモーションという目的に押し込めてしまい、それ以上の可能性を追求していない。したがって、デザイナーもリアルクローズ以上のイメージを持つことはできない。
 もし、東京コレクションが、東京の企業イメージ、あるいは東京という都市のイメージを高めることを目的とするならば、そのあり方も変わってくるに違いない。

*有料メルマガj-fashion journal(91)を紹介しています。本論文は、2013.8.26に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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