My Photo

お知らせ

無料ブログはココログ

« 暮らしのリハビリテーション j-fashion journal(74) | Main | ]欠品の誤謬 j-fashion journal(76) »

October 13, 2013

ソーシャルウェア j-fashion journal(75)

1.「好きな服」と「売れる服」
 アパレル企業の経営者がデザイナーに言うのは「好きな服を作れ」と「売れる服を作れ」だ。「好きな服を作れ」と言うのは、「デザイナーが好きな服を作れば売れる」と思っている場合。特に、販売員出身で企画に転身した人には有効な指示になることもある。
 しかし、個性的で尖ったデザイナーに「好きな服を作れ」というのは危険だ。本当に好きな服を作り、全く売れないこともある。
 そうすると「売れる服を作れ」と言う。しかし、考えてみれば、「売れる服を作れ」という命令は間抜けである。命令して「売れる服が作れる」ならば何の苦労もない。基本的にどんな会社でも売れる服を作ろうとしている。それでも売れないところがファッションビジネスの難しさである。
 「好きな服を作れ」も「売れる服を作れ」も、基本的には商品企画やデザインが分かっていない人が言う台詞だ。そこには、ブランドコンセプトも顧客ターゲットも何も出てこない。

 「売れる服を作れ」と命令して、売れる服を作ることができたらどうなるのか。アパレル企業の経営者や役員の給与や賞与が増え、もしかすると、デザイナーやパターンナーの給料も上がるかもしれない。結局、一部の人の利益になるだけであり、社会にとって意義があるとも思えない。
 もし、確実に利益を上げ続けることかできれば、投資する意義も出てくる。しかし、ファッションビジネスにおいて、売れ続けることほど難しいことはない。
 投資の対象になるには、支援したくなるような社会性を持つか、着実にリターンが見込めるビジネスモデルを構築するかのどちらかだろう。ファッションビジネスとはどちらでもないことが多い。「やりたい奴が自分の金でやればいい」と思われているのではないか。それでは投資対象にならない。
  
2.マイクロファンドとファッションビジネス
 私は、投資対象となるファッションビジネスを考えたい。そう考えたのは、マイクロファンドを知ったからだ。震災被害にあった工場再建や、飲食店の開店費用を個人からの小口の投資で賄うのがマイクロファンドである。多くは、一口1万円から5万円程度の規模である。個人で投資が可能な小口の金額に設定されている。しかも、株主優待以上に様々な特典がある。
 例えば、震災で被害のあった食品加工工場の再建のためのファンドに投資すれば、配当の他、現物商品が送られてくる。あるいは、現地への工場見学ツアーが企画されている。実際に現地に出掛けて、再建を確認することができるし、訪問することが支援にもつながる。投資家も、通常の株式投資やFX投資では利益だけを追求するが、マイクロファンドでは支援の要素が強い。
 東京コレクションなど、日本のコレクションでは、そこで才能を見いだしたり、大手企業のチーフデザイナーとして採用されることはない。デザイナーのコレクションの批評家も存在しない。プロモーションの機能しか果たさないので、新人デザイナーがコレクションに参加する意義が見いだせない。そこにマイクロファンドのような仕組みと組み合わせることで、新人デザイナー支援ができないか、と考えたのである。
 しかし、前述したように既存のファッションビジネスとマイクロファンドは相性が悪い。むしろ、マイクロファンドの投資対象となるような新しいファッションビジネスのビジネスモデルを考えるべきではないだろうか。
 
3.ソーシャルウェアという発想
 あらゆる分野のデザイナーは、必ずクライアントから何らかの要件を与えられ、その要件の範囲内でデザインをする。「好きなデサインをしろ」といわれることはあり得ないし、「売れるデザインをしろ」という抽象的な指示を受けることもないだろう。
 要件を設定できないということは、デザイナーに仕事が依頼できないということである。日本のファッションデザインの状況は、デザインを依頼するクライアントも、デザインを引き受けるデザイナーも互いに未熟なのかもしれない。
 例えば、「地域の名産品となるアパレル製品を作る」ということなら、マイクロファンドの投資を受けられる可能性がある。あるいは、「車椅子の人のためのフォーマルドレスを作る」という案件も同様だ。
 「好き嫌い」「売れる売れない」以前の問題として、社会的なテーマに沿ったデザインであれば、投資を受けることができるのではないか。逆にいえば、社会的テーマを持たないデザインである限り、「ファッションデザイン」の社会的地位は低いままなのかもしれない。
 ファッションデザイナーと言うと、奇抜で派手なドレスを作る人というイメージかもしれない。貴族のパーティーは、ある意味で常に衣装比べであり、ホストやホステスは最も目立つことが求められた。その要件を満たしたデザインがオートクチュールのデザインだ。
 中流階級、中産階級のためのデザインなら、目立つことよりも、禁欲的で慎みのあるスタイルが求められる。日本のような集団意識や協調性を重んじる社会では、一見すると大きな違いはないが、細部にこだわるというデザインが好まれる。ロックシンガーや、個性的な役者なら、周囲に溶け込むよりも、周囲から浮き立ち、強い主張を表現することが必要になる。
 こうした社会的要件はデザイナーの常識なのだが、ファッション専門学校等では、個性の表現ばかりが重んじられ、社会的な服という考え方が軽視されること多い。
 ここで考えたいのは、常識としての社会的要件ではなく、もう一歩進めた社会的な服装である。それを「ソーシャルウェア」と呼んではどうか。
 
4.地域アイデンティティに則したソーシャルウェア
 例えば、メイド喫茶のコスチュームに特定のデザイナーが存在するわけではない。しかし、メイド喫茶のムーブメントは世界中に広がり、大きな経済効果を上げている。ファッション業界、ファッションデザイナーはメイド喫茶のコスチュームデザインに対して、積極的に評価する動きはない。しかし、実績から見れば、どんなファッションデザインよりも大きな成果を上げている。
 伝統的な衣装だが、京都の舞妓の衣装も同様だ。特定の個人による意匠ではないのだろうが、舞妓の衣装が果たしている観光資源としての価値は絶大である。
 現在ブームの「ゆるキャラ」も経済効果は絶大だ。ゆるキャラのデザインが秀逸かどうかは別として、経済的成果を上げている。
 例えば、地域アイデンティティを表現するようなファッションデザインを考えてみる。特に観光を重視している地域であれば、ゆるキャラのようなキャラクターや、コスプレのように自らが何かを演じるような衣装を考える。それが面白ければ、観光資源になるかもしれない。県庁や市役所からプロジェクトをスタートすれば、影響力も大きいし、効果的である。
 我々が海外旅行した時のことを想像してみよう。ある地方都市を訪問したら、みんなカワイイ民族衣装を身につけている。そして、観光客も同じ衣装を着用して、一緒にダンスをしたり、会食するだけでも楽しいだろう。
 ディズニーランドのようなテーマパークを建設するには莫大な費用が掛かる。しかし、揃いの衣装を作るだけならば、それほどの予算は必要ない。地域の風土や景観に則した衣装を作り、まず役所の人々が身につける。次に商店街の人が身につける。お祭りのようなイベントを企画して、そのときには参加者が身につける。そこにプロのデザイナーが参加しても良いと思う。
 もちろん、現在のアパレル企業のデザイナーとは全く異なる分野になるだろう。そこで「ソーシャルウェアデザイナー」というジャンルを提案してみたいと思う。
(これならマイクロファンドの投資が成立するのではないか)

*有料メルマガj-fashion journal(75)を紹介しています。本論文は、2013.5.6に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

« 暮らしのリハビリテーション j-fashion journal(74) | Main | ]欠品の誤謬 j-fashion journal(76) »

「ファッションビジネス」カテゴリの記事

Comments

Post a comment

Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.

(Not displayed with comment.)

« 暮らしのリハビリテーション j-fashion journal(74) | Main | ]欠品の誤謬 j-fashion journal(76) »