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October 11, 2013

定年は人生の転換点 j-fashion journal(73)

1.所属から解放される日

 人生にはいくつかの転換点がある。
 第一の転換点は小学校に入学した6歳の時。家族の世界しか知らなかった子供が、初めて小学校という組織に所属した日だ。その日から○○小学校1年○組の自分になる。
 それまでは親に支配された子供が、「先生」という第二の支配者を迎える。学校にいる間は親より先生の言うことを聞かなければならない。それが組織の掟の始まりだ。生徒、学生の時期である。
 次の転換点は、就職した日である。今度は、会社という組織に所属し、会社員、あるいは社会人とも呼ばれる。自分で働いて給料を得る。それで生活をする。給料から差し引かれる税金が国を支えている。社会の一員としての生活が始まるのだ。大卒で就職すれば、22歳の時だ。
 そして、定年を迎える日が第三の転換点。現在は65歳が定年になっている。定年というのは会社を退職する日。会社員の時期が終わる日だ。

 会社員の時期、働いている時期は、人生の中で最も長い。大卒から定年まで勤め上げれば、43年間。人生の半分以上の時間を会社に捧げていることになる。
 定年とは、メインの仕事がなくなり、年金生活者になることでもある。しかし、健全な企業であれば、退職金が出ているだろう。定期収入はなくなるが、今までの人生の中で最も多くの現金資産を持った日かもしれない。
 経済的な面だけを考えるならば、定年はそれほど不安ではないはずだ。定年は不意打ちにやってくるのではない。何年も前から分かっているし、その準備をする時間をあっためずだ。
 それでも、定年になり、会社に行かない生活に慣れずに、不安を感じる人も多いと思う。定年は、会社を退職しただけではない。
 定年にはもう一つの意味がある。6歳の小学校入学以来、何らかの組織に所属していた自分が、組織から解放され、初めて自立した個人になった日なのだ。
 人間は所属欲求というものがある。何らかの組織やコミュニティに所属したいという欲求だ。だから、個人になるというより、組織から放り出されたという不安を感じる人もいる。
 残り約15年を個人としてどう生きるのか。組織から解放された個人は、どんな自分になることもできる。誰からも命令されることもないし、指図を受けることもない。自由なのだ。
 
2.会社に行かなくなる暮らし

 会社に通う生活は規則正しい。会社から自宅が遠い人は、朝早く起床して、満員電車に乗り、会社に急ぐ。会社に通っている時は、こんな生活から解放されたらどんなに楽だろう、と思ったはずだ。定年というのは、そんな生活から解放される喜ばしい日だ。
 しかし、規則正しい緊張感のある生活は、それなりに充実感を感じる。皆が働いている時間に何もしないことで後ろめたさを感じる人もいるだろう。
 会社に勤めている時は、大多数の男性は家事を奥さんに任せていた。男は外で働き、女は言えで家事をするという伝統的な分業体制に準じたものだ。しかし、男が外で働く定年である。最早、分業体制は崩れたと認識しなければならない。
 夫は『俺は何十年も家族のために働いたのだから、後は何もせずに遊んでいればいい』と思う。しかし、妻は、『もう仕事もないのだから、これからは自分のことぐらいやってもらわなければ。何十年も夫のために家事をやってきたのだから、これからは少し楽をしさせてもらわないと』と思う。
 この対立はある意味で戦いである。弱い方が負けて、ノイローゼや鬱になることもある。できれば、互いを労り、互いの新しい分業、協業を考えていかなければならない。
 夫は会社勤めが大変だと言い、妻は家事は大変だと言う。その言い分も分かるが、実は会社勤めで楽しいこともあるし、家庭を守る生活にも楽しいことがある。大変だ大変だ、と言い合うよりは、楽しいことを分け合うという発想が大切だ。
 買物も料理もやってみると面白いものだ。洗濯や掃除がこんなに楽しいものとは知らなかった、という人もいる。
 これからは、やらなければいけない仕事は少ないはずだ。家事を仕事と思うのではなく、楽しみとして分け合うことだ。
 
3.新しい暮らしの領域を探検する

 会社に通っている時は、家と会社の往復が基本。どちらかと言うと、会社の近くが生活圏だった人が多いだろう。休日に買物に付き合うことはあっても、自宅とスーパーや商店の往復だけだ。家の周囲を歩いたり、自宅の1キロ四方に何があって、どんな人が住んでいるのか。どんな庭があって、どんな花が咲いているのか。
 会社勤めの時は、会社の予算や売上、社会や経済状況など大上段に振りかぶって世の中を見つめてきた人が多いと思う。そして、自分が国の経済を動かしてきたという自負もあるに違いない。
 一方で、感性を磨くこと、気持ちを豊かにする細やかな視点を忘れてはいないだろう。これまでは「生活」だった。社会人の生活、家庭生活。リタイアしてからは、「暮らし」になる。生活者、生活費という経済に関わる存在ではなく、美しく暮らす、淡々と暮らす、暮らしの中に小さな喜びを発見する、という主体的な存在なのだ。私たちは、「生活者」などと十把一絡げにされたいとは思わない。私には私の暮らしがある。あなたにはあなたの暮らしがある。
 自宅の周囲をもう一度暮らしの領域として見直そう。そして、終の住処ということを考えよう。このまま自宅で暮らすのもいいし、もしかしたら、もっと良い場所に引っ越した方が良いのかもしれない。自分の暮らしは自分が決める。会社勤めの時には、通勤や通学に便利だからという基準で自宅を決めた。でも、会社や子供を中心に考えなくてもいい。自分の暮らしなのだから。

4.さて、何をして楽しもうか

 リタイア後、私たちの暮らしは何を基準にすればいいのか。趣味がある人はいいが、趣味のない人は何をしていいのか分からない。毎日の時間は有り余るが、余生は限られている。その中で何をすればいいのか。
 まず、優先するのは健康を保つことだ。老化からは逃げられないが、寝たきりにはなりたくない。惚けたくもない。身体と脳を健康に保つことが最優先の仕事なのだ。
 惚けを防ぐためには、ある程度の精神の緊張が必要だと思う。真面目で趣味もなく、会社に人生を捧げてきたような人ほど、リタイア後に腑抜けのようになってしまう人が多い。反対に、ある意味いい加減で、趣味が多く、女性にも積極的に声をかけていたような人がリタイア後は元気だ。
 健康を保ち、脳を刺激することは、最も重要な仕事である。できれば、社会的な貢献につながればなお良い。と言っても、世のため、人のためと頑張りすぎる必要もない。自分が元気でいること、惚けないことこそ、社会に無駄な負担をかけないことであり、社会貢献なのだから。
 次の仕事は、自分の暮らしに関することを自分でやること。炊事、洗濯、掃除、買物などなど。これは第二に優先すべき仕事だ。
 それでも、元気な人なら、時間が余って仕方がないはずだ。実は、定年になっても、世の中に仕事はいくらでもある。就職することは難しいが仕事をすることはできる。安定した収入を得ることは難しいけれど仕事はある。自分の経験や知識を必要としている人も少なくないはずだ。それを教えるのも仕事だ。大学の教授になるは大変だけど、教えるという仕事はできる。
 私たちは、仕事と会社、仕事と収入、仕事と職種を分けて考える必要がある。会社員は会社の利益になる仕事しかできない。しかし、会社から解放されて初めてできる仕事もあるのだ。しかも、義務でもないし、誰かから命令される仕事でもない。
 そういう意味では、ようやく社会的な仕事を楽しんでできる環境が整ったということでもある。競争も出世も関係なく世の中にためになる仕事。そんなことを考えてみるのも良い。

*有料メルマガj-fashion journal(73)を紹介しています。本論文は、2013.4.22に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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