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October 11, 2013

メーカーとリテーラーの深い溝 j-fashion journal(69)

1.リテーラーとメーカーの境界
 日本国内で、一般にアパレルメーカーと言われている「オンワード樫山」や「サンエーインターナショナル」という企業は、実際には「アパレル問屋」である。自社工場で生産しているわけではない。ファブレスと呼ばれる工場を持たないメーカーも存在するので、メーカーと問屋の境界は曖昧だ。
 問屋であっても、独自のブランドを持ち,企画、マーケティグ等を行っているなら、メーカーと呼んでも差し支えないだろう。逆に、企画やマーケティング機能を持たず、言われたことをやるだけの下請けメーカーは、メーカー機能の一部を担っているに過ぎない。
 海外には日本のような問屋が存在しないので、日本の下請けメーカーのように、指示された仕事だけをするメーカーも少ない。日本の下請け工場の多くは、商品を作るメーカーではなく、加工業者である。
 アパレル企業の多くはリテーラーだ。ユニクロ、無印良品、GAP、H&Mもリテーラーである。リテーラーが工場から直接商品を調達する業態である。

 リテーラーがメーカー機能を持つ場合も、社内にメーカー部門を設置するか、外部メーカーに生産委託する場合が多い。私は、メーカー、問屋、小売店のいずれの企業でも働いた経験がある。そこで感じるのは、やはりメーカーとリテーラーは、その気質というか発想が違うということである。
 
2.リテーラーはサンプルを没にする
 メーカーの仕事は工程ごとに決断をする。アパレルならば、まず生地を仕入れる。その生地が良いのか、あるいはもっと良い生地があるのか。考え出すときりがない。店頭展開のスケジュールは決まっているし、生産期間も決まっている。いつまでも悩んでいるわけにはいかない。
 デザインもパターンもそれがベストかどうかは分からない。もっと直した方が良くなるかもしれない。しかし、どこかで決断しなければ先に進まない。メーカーの仕事は常に決断を迫られる仕事だ。だから、メーカーや職人が自分の仕事に100%満足することはない。常に課題を意識しながら、妥協している。
 妥協と言っても、商品として成り立たないとか、品質基準に通らないことは許されない。あくまで自分自身の中で満足していないという意味である。
 モノ作りの過程で悩んでも、出来上がったものは商品であり、今度は売上や利益が問われる。自分なりには不満が残る商品でも、顧客に支持されて売れれば嬉しい。次は、もっと良い商品を作ろう、と思うのが職人だ。
 リテーラーは、最終商品を仕入れて販売する仕事である。作り手が満足していないか、満足しているかは関係ない。売れれば良い。結果が最優先であり、過程には興味がない。
 リテーラーは完成品だけを相手にしてきたので、基本的に完成品を見て判断する。メーカーのように工程ごとに決断する習慣がない。そのため、平気でサンプルを没(ボツ)にするし、やり直しを命じることも少なくない。
 これは、メーカーにとって、あるまじきことだ。サンプルを没にすることは、非常に大きな無駄となる。サンプルに使った原材料、工賃、そして、企画担当者の人件費と時間。メーカーは、最終段階で没にならないように、段階毎、工程毎の確認を取る。その段階で「完成しなければ判断できない」という人間が出てきたら、その担当を外されるか、クビになるだろう。
 百貨店でも量販店でもPB開発において、このリテーラーとメーカーの意識の違いがトラブルの元になる。リテーラーがモノ作りをする場合、外部からプロを集めるが、プロは、「最終段階にならないと判断ができず、それでサンプルを没にするような素人と仕事はできない」と判断する。したがって、優秀な人間ほど辞めていく。
 リテーラー出身の担当者は、何度でもやり直すことができる。経費の無駄など自分にとっては関係ない。会社の経費の問題に過ぎない。商品を仕入れるかどうかを決めるのはバイヤーであり、バイヤーが没といえば没にするしかない。そういう意識が徹底しているので、サンプルが没になっても怒らない。
 反面、企画開発経費は嵩む。しかし、誰も気にしない。経費は経費という大きな固まりで括られてしまうからだ。リテーラーが気にするのは、売上と表面的な利益率に過ぎない。
 
3.品質に対する意識の違い
 リテーラーの人間は、商品に対して、自分自身の厳しい基準を持つ必要はない。商品は売上の材料に過ぎない。メーカーの人間は、商品は自分たちの作品であり、自分の人生をかけていると言ってもいい。むしろ、売上は結果に過ぎないと考える。
 したがって、リテーラーが作るPB商品は、安く作ろうと思えば、限りなく品質を下げていく。生地の打ち込みや縫製仕様についても自分自身の基準がない。ある意味でモノ作りのモラルがない。他社の売れ筋商品をコピーすることも抵抗がない。抵抗があるとしても、それは訴訟リスクを考えてのことである。
 メーカーの人間は、いくら安く作れと言われても、一定以下の品質の商品を作ることに抵抗がある。あまり粗悪な商品を作らせると、職人が退職することもある。「こんなモノを作るなら辞めた方がいい。他のメーカーに転職して、まともな商品を作りたい」と思う。もちろん、コピーばかりを強要する会社からは、優秀なデザイナーは去っていく。

4.サプライチェーンに対する意識の違い
 メーカーの人間にとって、社外の工場や原材料の仕入れ先は非常に大切だ。彼らはモノ作りのチームであり、彼らの協力なしには、良い製品は作れない。サプライチェーン全体のレベルが上がってこそ、良い商品、満足のできる商品が作れるからだ。
 したがって、工場に対しても指導を惜しまないし、原材料メーカーに対しても積極的に企画提案を行う。モノ作りの人間としてキャリアを積むのであれば、自社だけを考えては駄目だ。プロスポーツの選手のように、どのチームに移籍しても、十分な活躍ができなければならない。そのためには、社外の人間関係が非常に重要なのだ。
 現時点の日本の量販店商品のほとんどが中国で生産されている。しかし、カントリーリスクを考え、東南アジア等に分散する動きが急である。
 メーカーの発想なら、ギリギリまで中国の工場も稼働させるだろう。中国工場を稼働させながら、東南アジア工場の建設を進め、中国の技術者を少しずつ東南アジアに移していく。
 自社工場ではなく、生産ラインを契約している工場でも、まず中国の工場の経営者と相談するはずだ。自社の立場を説明し、中国の工場経営者に「東南アジア工場を作らないか」と勧める。場合によっては、合弁企業を設立することも考える。
 しかし、リテーラーの発想はそうではない。東南アジアの工場をリサーチし、委託生産できる工場を探すだけだ。そして、中国工場をバッサリ切り捨てる。おそらく、このことを悪いとも考えていないはずだ。より良い仕入れ先を開拓し、より良い商品を仕入れることはリテーラーの基本だからだ。

5.PBの限界とメーカーの生きる道
 低価格を志向するリテーラーのPB商品は、一定のレベルを超えるのが難しい。しかし、PBの強みは店頭を独占できることだ。NBが他社との差別化を考え、必死に売り場を確保する努力に比べれば、PBはその独占的な立場により容易に成長することができる。
 しかし、PBを生産供給する部門が利益を上げるのは難しい。トータルで考えると無駄も少なくない。リテール部門の粗利は上がっても、グループ全体で利益に効験しているかは疑問だ。
 PBの比率を上げすぎると、売り場から競争原理が失われ、売り場が陳腐化し、店全体の魅力がなくなる。
 それを防ぐには、PBの良い部分を残しながら、独創的な商品を作るメーカーを活用することである。具体的には、商品開発はメーカーに委託し、良い製品ができたら、独占的な取引条件を設定する。
 あるいは、一定以上の数量が期待できる商品だけをPB開発をして、新規開発商品やアイディア商品はNBで展開するという棲み分けも有効だろう。
 逆に言えば、NBを展開するメーカーは、ますます開発力、提案力が必要になる。売れ筋を追いかけるだけなら、PBに勝てるはずがないのだ。

*有料メルマガj-fashion journal(69)を紹介しています。本論文は、2013.3.25に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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