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November 04, 2012

プロ・ファッションデザイナーの育成 j-fashion journal(33)

1.日本のファッションデザイナー育成の現状

 日本でファッションデザイナーを目指す人の多くは、ファッション専門学校に通っている。事実、ファッション専門学校から大勢のデザイナーが輩出されている。しかし、ファッション専門学校で教えているのは、パターンメーキング、洋裁、デザイン画(ファッションイラスト)であり、ファッションデザインを教えているわけではない。
 それでも「好きな服を作れ」という課題の中で、クラスメートと刺激しあいながら、学生自身が勝手にデザインを覚えていくのである。
 私もファッション専門学校出身だが、学生の頃から「デザインは先生から教わるものではない」と考えていた。先生はパターンや縫製技術はできるが、デザインを教えることはできない。なぜなら、毎年同じ教科書で同じ教材を使って教えているに過ぎないからだ。社会経験もないし、デザイナーとして働いたこともない。そんな人がデザインを教えられるわけがない。

 デザインそのものは教えないが、デザインのリソースとして、西洋服装史や美術史の授業はあった。本来ならば、それらをプロのデザイナーはどのようにコレクションに展開しているのかを教えて欲しいのだが、それができる先生はいなかった。
 歴史軸と並んで重要な地理軸のリソースである世界の民族衣装について教えてくれる先生もいなかった。
 材料学はあるが、あまりにも基礎的な繊維の授業であり、デザインとの関連までには至らない。デザインの基礎としての素材、テキスタイルという視点が欠落していた。
 私は学生の頃から、プロのファッションデザイナーの育成プログラムとして物足りないカリキュラムについて、批判的だった。それでも与えられた時間は2~4年に過ぎない。不満はあってもやるべきことは多いのだ。「文句を言うまえに、課題をこなしなさい」と言われれば、納得する以外にはなかった。
 今になってみれば、やはりデザイナーを育成するには、優先順位があると思う。時間がないからこそ、優先順位の高いものから教えて欲しいのだ。本を買って読めば済むような授業は必要ない。わざわざ高い授業料を払っているのだから、そこでしか体験できない授業を期待するのは当然の権利だと思う。
 しかし、自分もまた非常勤講師等を引き受けるようになり分かったことは、プロのファッションデザインを教えられる人材は非常に少ないということである。優秀なプロのデザイナーが、必ずしも優秀な教師であるとは限らない。それでも、自身の経験談を語ってくれれば、学生は刺激を受け、自分なりに解釈する。しかし、プロのデザイナーはあまりにも忙しく、学校で教える時間がない。
 結果的に、定年を迎えた元アパレル企業の社員が講師になる。しかし、彼らは、クリエイティブなビジネスをしてきたわけではない。会社組織の中で一部分の仕事を担ってきただけだ。しかも、現在のビジネスに精通しているわけでもなく、過去の成功体験しか持っていない。結果的に、教えるべきことを教えるのではなく、教えられることを編集して、対応しているに過ぎないのである。
 それでも、学校の中にいる教職員自身にとっては何の不便もない。どの教科も必要不可欠だと思っているし、自分が教えている内容が役に立たないなどとは夢にも思っていない。「その証拠に、多くのデザイナーが育っているではないか」と考えているのだ。
 しかし、本当にデザイナーが育っているのだろうか。私は「ある時期を過ぎてからは育っていない」と考えている。その境界は、日本国内のデザイナーズブランド、DCブランドがイタリア製品との競合を迫られ、次々と淘汰されていった90年代後半から2000年の頃である。つまり、21世紀になってからデザイナーは育っていないのではないか、と思うのだ。
 この時期は日本のアパレル業界がグローバルな競争を強いられ、生産基盤が中国に移転した。この変化に対応できる人材がいないことも既存のアパレル業界の課題だろう。ここでもまた、新しい時代に対応した人材が育っていない。
 結論から言うと、グローバル競争時代になって、これまでのドメスティックなデザイナー教育は機能しなくなった、ということである。全く新しい発想のデザイナー教育が必要になっているのだ。

2.ファッションデザイナーの変遷

 ファッションデザイナーという職業は、それほど古いものではない。パリのオートクチュールのクチュリエ、クチュリエールがルーツである。革命によってフランス貴族がいなくなり、そのお抱え仕立て職人が貴族からブルジョアジーに顧客を換え、宮殿から街中にメゾンを移したのがその始まりだ。
 オートクチュールを日本語に翻訳すると「高級注文服」となるらしいが、日本人が考える注文服というイメージではない。顧客毎にボディを作り、帽子からドレス、スーツにいたるまで、トータルなスタイリングをつくり上げる工房である。クチュリエとは、仕立て職人の親方であり、基本的にはデザイン、パターンメーキング、縫製までの全ての工程を一人でこなせる人を指す。
 その後、既製服の時代、大量生産の時代になると、クチュリエではなく、デザイナー、スティリストと呼ばれるようになる。この時代に、スティリストとモデリスト(パターンメーキング)、縫製が分業になっていく。テキスタイル担当や付属担当という専門職種も登場する。服作りも一人一人の体型に合わせるのではなく、「美しいバランスのシルエット」を「サイズ展開によりカバー率を高める」という考え方に変わる。
 現在、一般的にデザイナーとしてイメージされるのは、既製服のデザイナーである。しかし、日本のファッション専門学校では、既製服の思想を理論化してはいない。むしろクチュリエ時代の思想と技術を重視しており、デザイン、パターンメーキング、縫製を一人の人ができることを目指している。また、美しい人体のバランスやシルエット、サイズ展開、分業の仕組み、アパレル企業の組織、業務フロー、役割分担等は教えていない。つまり、既製服時代に必要なことにすら追いついていないのだ。
 せいぜい、工業用パターン、接着芯仕立てと早縫い、縫製の工程分析、グレーディング、マーキング等を教えている程度だ。しかし、これらの内容は工業用ミシンメーカーが縫製工場に教えている内容であり、アパレル企業で働くデザイナー育成のものではない。
 更に時代は進んでいる。かつては、プレタポルテブランドも、「個々の商品を百貨店や専門店のバイヤーが買い付ける」という商談が一般的であり、デザイナーの仕事はあくまで商品のデザインだった。
 しかし、ラグジュアリーブランドとしてグローバルマーケティングが展開されるようになり、ビジネスモデルが変化した。最早、バイヤーが商品を買い付けるのではなく、ブランドコンセプトにあった店舗デザイン、プロモーションを企画、実践し、世界中に店舗網を構築する時代である。更には、そこにWEBデザインとWEBメディアによる情報発信も加わっている。
 ライセンスビジネスも膨らんでいる。ファッションのコレクションは、単純に洋服の販促ではなく、香水、バッグ、時計、靴、アクセサリー等を含むブランドイメージを訴求する場に変化している。コレクションの服が売れるとか売れないという問題ではない。特に老舗ブランドでライセンスビジネスの比率が高い場合には、いかに斬新なブランドイメージを維持するかが重視される。
 その反対に、ニューヨークコレクションのように、ファッションデザインをプロダクトデザインの一部と考え、あくまで大量生産を基盤としたデザインを評価するケースもある。両者のコレクションは、内容も目的も異なっている。その違いを意識せずに、コレクションをデザインすることはあり得ないだろう。
 こうした時代の変化により、最近はスティリストと呼ばずに、クリエイティブ・ディレクターと呼ぶことが増えている。デザイナーの仕事とは、服のデザインではなく、ブランドビジネス全体のディレクションに変化しているのだ。
 最早、「デザイン画を描くこと」は大きな仕事ではない。極論すればイラストなど描けなくても良い。実際、イラストを描けないデザイナーは数多く存在しているし、イラストはアシスタントに描かせればいいのだ。
 こうしたファッションビジネスの質の変化、デザイナーに要求される職務内容の変化を理解した上でデザイナー育成を行っている機関が日本国内にあるだろうか。また、クリエイティブディレクターに求められる才能や資質を分析し、それを論理的に組み立てたカリキュラムが存在するだろうか。

3.企業と学校のギャップが拡大

 戦後は、日本のあらゆる分野がアメリカナイズされた。アメリカ式の大量生産大量販売、使い捨て文化を日本に定着させたのだ。
 大量生産大量販売は、標準化と分業化が基本になっている。生産の方では、個々の職人に依存するのではなく、その工程を分析し、標準化し、多くの職工による流れ作業に再構成する。それにより未経験者でもすぐに現場の作業に投入することができるのだ。
 販売面では、アメリカからチェーンストア理論が導入された。標準化された店舗は次第に大型化し、集中レジとセルフサービスと共に、量販店企業の売上を押し上げて行った。
 私は教育も同様の影響を受けたのではないか、と考えている。職人のような教授ではなく、誰でも先生になれるような促成栽培のコースを設け、大量に教員を育成する。そして、大学、専門学校共に大型化し小売店のように全国チェーン展開を進め、大量の卒業生を高度経済成長を支える人材として輩出していったのである。
 企業も同様だった。少数の優秀な経営者とその他大勢の一般社員という組織ではなく、新人一括採用とジョブローテーションにより、誰もが経営者となれるような仕組みが整えられていった。この時代は、学校と企業は完全に分離していた。日本企業は終身雇用を堅持し、人材育成は入社後にじっくりと行えばいいという考え方が中心だった。むしろ、学校で職業教育をされると使いづらいので、あくまで基礎だけを教えて欲しいという要請が強かったのだ。その意味では、20世紀までは、企業も学校も同じ思想を持っていたと言える。
 21世紀を迎える頃から、企業は「即戦力となる人材」が欲しいと言い出した。その原因は、終身雇用の実質的崩壊である。最早、企業ではOJTを中心とした社員教育、ジョブローテーションによる総合職の育成をする余裕はない。海外企業との競合が激しくなり、欧米流の経理システムが導入されるようになると、企業システムそのものも日本型から欧米型へと切り換える必要に迫られた。人材は育てるのではなく、優秀な人材をハンティングするという発想に変わったのである。
 企業では当然でも、この論理は学校には通用しない。なぜなら学校は終身雇用が堅持され、教授、教師という身分は保証されている。ここに実力主義や実績主義を持ち込もうとしても、それは既得権を脅かすものとして排除されるだろう。
 しかも、学校経営は、人材の大量生産を基本に組み立てられていた。一方の企業は、縮小する日本市場と、激化する海外資本との競合の中で、コストダウンを迫られた。人事の面でも、正社員の数を絞り込み、代替えのきく単純作業は非正規社員に任せるという手法が採用されるようになった。
 こうして、企業と学校の論理や思想にギャップが広がっていった。そうした中、学生達は様々な矛盾の中に放置されているのが現状である。企業は実力主義、実績主義を強め、即戦力を求めている。学校は従来通りの人材の大量生産の教育システムを変更できない。学校でも必要十分な教育が受けられず、就職するチャンスも少ないので、大多数は企業内での経験を積むこともできない。
 その結果、未成熟な人材しか育成されず、企業、学校、学生の三者共に満足できず、競争に負けるという不幸な事態に陥っているのである。この不幸の連鎖を断ち切らなければ日本の将来に希望がなくなってしまうだろう。

4.大量生産型人材育成からオーダーメイド型人材育成へ

 まず、顧客意識の変化、市場の変化からスタートするのがマーケティングの定石であり、私は教育についても同様に考えたい。「時代と共に社会はどのように変化しているのか」「企業はどのように変化しているのか」「どんな人材が必要になっているか」からスタートしたいと思う。
 まず、グローバル経済体制の元で、日本企業が持つ談合的な取引慣行が維持できなくなっている。そして、企業経営はより高度な知識、情報、人材を必要とするようになった。最早、企業内で経験を積む程度では対応ができず、総合職は崩壊しようとしている。
 アメリカのように、経営は経営のプロに、経理は経理のプロに、人事は人事のプロに、という時代は遠くないはずだ。それを支えるのは、教育機関である。高度な専門的人材育成プログラムを構築しなければならない。それと共に、大学は高校卒業生を対象にするだけでなく、社会人を対象にしなければならない。その基盤が整備されれば、企業と学校を往復する終身教育が可能になり、高度な専門的人材が育成できるだろう。
 冒頭に戻り、デザイナー教育ということで言えば、少数精鋭の教育が必要である。ファッション専門学校が大型化したのは、家庭洋裁を教える花嫁学校としてのニーズと、それに続く、戦後の高度経済成長時代の人材の大量供給のニーズに対応した結果である。
 当時は、数学が苦手で手を動かすことが好きな学生に対して、手に職をつけるという職業訓練的なプログラムでも十分に対応できた。 しかし、現在、アパレル業界、ファッション業界で求められているのは、高度なファッションビジネスの中核となる優秀な人材である。大学に行けないから、専門学校に進んだというレベルでは対応は不可能だ。むしろ、優秀な大学生を選抜し、高度な専門教育を与えることが必要だろう。専門大学院でファッションデザイン修士を育成することが現実的ではないか。
 また、企業も大量生産大量販売によるコストダウンという手法だけでは、経営を維持できなくなりつつある。アップルのように斬新な商品企画、デザイン、マーケティング手法を兼ね備えてこそ、大量生産大量販売に結びつく時代なのだ。組織の和と協調性だけを重視する日本型組織では、アップルのような企業とは競合できない。起業家精神に溢れ、新規事業に挑戦できる人材が必要である。その意味では、起業家教育も重要なテーマとなる。起業は、個人が起業するだけでなく、企業内起業も視野に入れなければならない。
 こうした多様なニーズに対応するには、固定したカリキュラムを、一方的に講義するという手法ではなく、それぞれの課題を持つ学生に柔軟に対応するという教育手法が必要である。そして、各個人のニーズに対応しながら、高度な知識、情報、スキルを与えていく体制が必要になるのだ。

*有料メルマガj-fashion journal(33)を紹介しています。本論文は、2012.7.16に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。
 

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