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August 19, 2012

おじさんのオバサン化計画 j-fashion journal(23)

「おじさんのオバサン化計画」

1.リタイアしたらオバサンになろう!
 子育て時期のオバサンは険しい顔で自転車をこいでいる。でも、子供が自立してからのオバサンは楽しそうだ。更に、旦那と定年離婚したオバサンはもっと楽しいのかもしれない。
 オジサンの方は、定年で会社を辞めると途端に生彩を欠くようになる。世の中とのつながりが感じられず、毎日、何をしていいのか分からない。早い時期に奥さんを亡くした旦那さんはより元気がなくなる。旦那を亡くした奥さん方が半年過ぎると元気を取り戻すのとは大違いだ。
 先日、あるアウトレットモールに行った。その中に、おしゃれなオジサンが好みそうな派手めなメンズブランドのショップがある。いつも気になって店内を覗くのだが、ウインドーを見たらオバサンの服が掛かっているではないか。「あれ、おかしいな。メンズのはずなのに」と近づいてみると、確かにメンズだ。しかし、派手なプリントのシャツが遠目にはオバサンの服に見えたのである。

 私は悟った。オジサンになると、オバサンに近づくのではないか。というより、おしゃれなオジサンを目指すならば、オバサンを目指せばいいのではないか、と。
 オバサンになれれば、毎日、元気で暮らせる。オジサンがリタイアして寂しい雰囲気になるのに、オバサンは益々元気になる。夫婦なのだから経済状態は変わらないはずなのに。
 その後、昼食を食べていると、隣にオバサンの二人連れが座った。二人の会話は、互いの旦那さんがいかに家事ができないか。いかに人間としてしつけるか、という内容。おお、オジサンは生活能力がないのか。会社ではあんなに威張っていたのに、リタイアして家に入ると、オバサンにバカにされてしまうほど、何もできない。
 「第二の性」で「女性らしさは、社会的に作られた約束事に過ぎない」と言ったのはボーヴォワールだが、オバサンという超人的な存在は社会的約束事を超越している。むしろ私は、オジサンの生活能力欠如こそ社会的に作られた約束事に過ぎないのではないか、と思うのだ。
 オジサンよ。いつまで社会的約束事に縛られているのだ。もう、会社員としての人生は終わったのだ。もっと個人として生きよう。そして、オバサンのように老後を楽しもうではないか。

2.派手な服を着よう!
 オバサンは派手な服が好きだ。オジサンは、会社勤めの40年以上、地味なスーツばかり着ていた。だから、派手な色を着た経験がない。どうしても、くすんだ色を選んでしまう。
 もう一つのパターンは、自分が大学生の頃に着ていたファッションへの先祖返りだ。でも、肉体は若くない。若い頃のファッションは似合わないのだ。
 女性は会社勤めの経験があっても、男性のように画一的なファッションではない。結婚後も、若奥さん、若いお母さん、子育て奮闘中のお母さん、ベテランのお母さんと次々と役割とファッションを変えていく。オバサンと呼ばれる頃には、好みも固まっており、他人の印象よりも個性優先になる。それに従って次第に派手好みになるのが普通だ。
 若い時は、肉体にハリがある。肌艶も良い。だからTシャツとジーンズでもカッコイイ。しかし、シワや白髪も増え、肌艶も悪くなり、体型も崩れてくると、明るい色が似合うようになる。というより、服だけでも元気を出さないとバランスが悪いのだ。
 オジサンもリタイアしたなら、まず外見から元気になろう。それにはオバサンになることだ。手本にしたくても派手なオジサンは少ない。でも、派手なオバサンなら手本に困ることはない。
 思い切って髪を染めてもいい。店頭でもなるべく明るい色を選ぼう。そのうちに、次第にファッションが楽しくなるだろう。品質の良い派手な服は、かなり高額だ。派手な服を着るのならば、ラグジュアリーブランドも視野に入ってくるだろう。
 リタイヤしてスーツを脱ぎ捨てると、だらしない印象になってしまうオジサンが多い。派手な服を着こなすオジサンは、派手なオバサンにも人気が出るはずだ。基本的に派手な格好するオバサンは性格も明るい。人生をエンジョイするのもうまい。人生のお手本にもなるはずである。

3.仲間と行動しよう!
 オバサンは友達と団体で行動するのが好きだ。特定のグループの中だけで活動するオバサンもいるが、多くは複数のグループに所属しながら、それを使い分けている。オジサンが会社という固定した枠の中で行動していたのに対し、オバサンは様々なグループに所属しながら仲間をふるいにかけていく。オジサンの派閥は会社の中だが、オバサンの枠組はもっと範囲が広い。
 オジサンは会社をリタイアすると所属するグループを失ってしまう。仲間と行動しようとすれば、自分から仲間に入っていかなければならない。公開セミナーや大学の公開講座に行ってみるのも良いし、公民館等で開催されている趣味のサークルに参加してみるのも良いだろう。
 オジサンは趣味となるとやたらに凝ってしまう。オバサンはもっと気楽だ。友達から誘われれば、何にでもトライして、つまらなければ辞める。趣味は極めるものではなく、あくまで友達作りが優先。そんな意識が強いようだ。そして、暇を見つめては、友達とお茶を飲み、食事をする。やがて一緒に旅行するようになる。
 オジサンにもオバサンのような軽やかさが欲しい。趣味も重くなると経済的な負担も増える。軽く楽しむ趣味を持ち、そこで知り合った仲間と行動する。それが楽しいのだ。
 たまに、オバサンが満員の通勤電車に乗ってくることがある。キャーキャー騒いで「大変ね、男の人は。これが毎日なんて耐えられないわ。キャッキャッ」と実にうるさい。会社に通勤しているオジサン達にすれば迷惑至極。「だから、オバサンは困るンだ」と思う。しかし、見方を変えれば、オバサンは満員電車をも楽しんでしまうのだ。周囲は迷惑かもしれないけど、自分達は楽しい。
 オジサンもオバサンになれば、周囲に迷惑を振りまきながら、自分達は楽しく過ごせるだろう。

4.自分のために生きよう!
 オジサンは会社のために生きてきた。あるいは、世の為人の為と思っていたかもしれない。でも、本当に会社のためになったかは分からないし、世の為人の為になったかも分からない。でも、会社に所属することが、世の中や社会に所属することであり、社会とつながっている実感となっていたのは確かだろう。
 オバサンは、世の為人の為というような抽象的な概念ではなく、家族のため、自分のため、地域のため、友達のために生きている。その意味では、生活にリアリティがある。子供がいるオバサンは、子供を育てるのが一大事業だったはずだ。教育問題、進学問題、恋愛や結婚の問題。子供の成長と合わせ、自分と社会との関係も変わっるし、友達も変わる。産婦人科の病室で友達ができて、幼稚園のママ同士で友達になる。小学校からはPTAの付き合いが始まる。そこから子育て、教育の問題が始まる。子供とは関係のない世界でも、パートに行けばパートの人間関係。町内会や婦人会のつながりが発生する。
 あれやこれやで、子供が学校を卒業して、就職して社会人となる。そこで感じる解放感と開放感は非常に大きい。地域社会には精通し、複数の地域コミュニケーションに所属し、多くの友達を持つオバサン。
 そこに、自分の生活さえ満足にできないオジサンが、自分の生活に乱入してくる。オバサンは地域社会の先輩であり、生活技術の先輩だ。でも、オジサンには男のプライドがある。プライドがある人ほど、地域社会に溶け込めない。
 リタイア後の生活には、男のプライドなんて何の役にも立たない。だから捨ててしまえばいいのだ。オジサンがオバサンになるとは、男のプライドを捨てて、会社や社会というしがらみを捨てて、個人の生活をエンジョイするということである。自分のために生きるということだ。
 「私がオバサンになってもディスコに連れてって」と歌うのは、オジサンの方であり、これはオバサンにお願いをする歌なのだ。世のオジサン達よ、オバサンになろう。そして、自由を取り戻そう!

*有料メルマガj-fashion journal(22)を2カ月遅れで紹介しています。本論文は、2012.5.7に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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