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July 08, 2012

クールパーク・ジャパン構想 j-fashion journal(22)

「クールパーク・ジャパン構想」

1.規範なき自己表現のファッションが「クール」
 ファッションは自己表現であると同時に、社会的な規範である。階層社会には階層的なドレスコードが存在する。江戸末期から大衆社会となった日本では欧米ほど階層が明確ではなかった。特に、明治に行われた「きものから洋服へ」という大転換は、洋服の歴史や文化を理解しないまま、異文化の服装を取り入れることとなったのだから、規範を理解していなくても仕方がないだろう。
 日本人にとって洋服とは、明治政府が欧米列強に対して行った、「我々も列強の一員です」という示威行動からスタートしている。そのため、まず社会的な存在である軍隊、官公庁や大企業から洋服が導入された。そして、会社から家庭に戻るときものに着替えるというのが、戦後まで続いた和洋折衷の生活スタイルだった。

 一般女性が本格的に洋装に転換していくのも、60年代後半からである。昭和30年代に、きものの生産量がピークを迎えたという事実は、一般の人にとっては意外かもしれない。しかし、私の小学校入学式(1962年)には、ほとんどの母親が当時大流行した黒羽織のきものを着ていたのだ。そして、この黒羽織は、洋服のブラックフォーマルの影響だった。
 1970年代は既製服の時代、つまりアメリカ文化の時代であり、大衆ファッションの時代である。主役は戦後ベビーブーマー、団塊の世代である。当時のファッションは、一方手、独自の規範を提唱するアイビー、トラッドがあり、他方で規範を否定するジーンズ、ヒッピー文化があった。いずれも、社会的規範とはほぼ遠いものであり、洋服、ファッションはカッコイイもの、自己表現の手段にほかならなかった。
 日本のファッションの特徴は、社会的規範、宗教的規範から自由であることだ。同時に、流行、情報、メディア等と影響しないながら、若者の嗜好が色濃く反映される。その究極の姿がゴスロリであり、コスプレだろう。
 この自由さが外国人には珍しく見える。どの国でも、服装とは社会的規範や宗教的規範に縛られており、日本のようにタブーもなく自由にファッションを楽しむことはできないのだ。それを一部の人はクールと表現した。
 また、アメリカではコミックは子ども向けのものであり、ストーリーも勧善懲悪の単純なものだったが、日本のマンガやアニメは独自の世界観を持っている。ここでも、暴力や性表現など、海外ではタブーとされる内容が含まれている。ここでも、一部の外国人はクールだと表現したのだ。
 また、表面的には西欧文化を取り入れながら、深い部分で日本独自の文化、価値観、美意識が残されている分野に対しても、クールという評価を得ている。
 「クールジャパン」とは、日本人の規範から見た「日本らしい」ものではない。また、日本人が認定した伝統工芸でもない。欧米の知識階級が素晴らしいと賞賛しているものだけでもない。欧米の常識人が眉をひそめるようないかがわしいもの、暴力的な表現、性的な表現等も含まれている。それをごく一部の日本マニア、日本フリークが「クール」と呼んでいるに過ぎないのだ。
 そう考えると、「クールジャパン」は輸出できるものでもない。日本という特殊にタブーのない自由な世界の中で発見するものなのだ。

2.観光、ファッション、アイデンティティ
 観光立国を目指して観光庁が設置されたが、これは画期的なことだ。我々の世代は、「日本は資源のない国であり、加工貿易で経済が成り立っている」と学校で教わった。観光産業とは、日本の自然や風景を資源と見なし、それを基本にしたビジネスを展開していこう、ということだ。つまり、日本には観光資源という資源があり、それを活用して経済を成り立たせようというビジョンである。
 輸出は、日本の工場で生産した製品を海外市場に販売するビジネスである。生産するのは日本でも、使うのは海外市場なのだから、海外市場に対応しなければならない。それには海外に出掛けて、海外の文化、生活様式、価値観、美意識等を理解し、吸収しなければならない。その中心舞台は東京のような巨大な国際都市だろう。
 最近は、日本の農産物も海外で人気がでてきた。これは寿司や日本食が海外市場で人気を集めていることが影響している。この場合も、輸出するならば、海外市場や流通を研究しなければならない。日本は家庭でも、イタリアン、フレンチ、中華、韓国、ベトナムなど、様々な国の料理を調理するが、多くの国ではそれほど料理のバリエーションは広くない。もし、日本料理は外食でしか食べないのであれば、高級レストランに限定した輸出戦略やブランド戦略が必要になるだろう。
 しかし、観光は輸出とは正反対の概念である。観光の中心は、京都のような閉鎖的な都市かもしれないし、過疎の農村かもしれない。今度は、海外市場を研究するのではなく、日本好きの人々が日本の何に興味を持っているのかという視点が重要だ。日本に観光に来るということは、かなり特殊なクラスターである。海外の一般的な生活者のライフスタイルを調べても意味がないだろう。日本好きな特殊な人々の関心を調べ、わざわざ遠い日本に来てまで体験したいことは何か、日本でしか買えないものとは何かを見極めなければならない。そして、それは海外市場で一般的に売れる商品とは違うはずだ。海外で購入できるならば、輸出すればいい。
 観光立国と言いながら、おみやげ品を売りつけることばかりを考える人は、輸出の発想から抜けていないということだ。我々だって、お土産ばかりを売りたがっている国に行きたくはない。
 観光という視点で考えると、日本の観光地が地域ごとにディズニーランドのようなテーマパークになると考えることは有効だと思う。つまり、商品だけでなく、環境、サービス、そこで働く人の衣装やマナーなど、全てがあるテーマの元に心地よく統一されていることである。
 ここで再びファッションが問題になる。観光産業に相応しい服装とは、個人の自己表現ではなく、テーマに基づいたコスチュームだろう。たとえば、京都で舞妓さんに出会うと、誰もが嬉しく思うだろう。もし、京都の人が全員、きものを着ていたら、観光客にとっては更に嬉しいはずだ。反対に、どこに行っても同じようなカジュアルな服装の人にしか出会わないとすれば、観光地の魅力は半減してしまう。
 現在の原宿はファッションのステージである。どんな奇抜な格好をしても、誰にも文句を言われないステージ。海外から、あるいは地方都市から奇抜なファッションの若者が集い、それが魅力となっている。同時に、非常に貴重な観光資源となっているのである。
 つまり、「観光立国日本」を提唱するのであれば、それなりのファッションも提唱しなければならないということだ。世界のどこでも販売されている安くて丈夫なカジュアルウェアではなく、そこでしか見られないテーマ性の明確なファッションが求められる。グローバルでなくリージョナル。トレンドを追いかけるファストファッションではなく、アイデンティティが重要になる。
 このニーズに対応するのは、大量生産ではない。コストを抑えることでもない。むしろ、できれば地元で少量生産することが望ましいし、いかにユニークで魅力的なデザインにするか、が重要になる。世界のどこでも買える服ではなく、その場所に行かなければ買えない服。それを着用することに意義があるのだ。

3.ゆるキャラの次には、地域ユニフォームを仕掛けよう!
 「ゆるキャラ」は低コストで話題作りをする優れた仕掛けだ。有名になればキャラクターグッズも売れる。他に何も名物がなくても名物ができるし、ゆるキャラが登場すルだけでイベント性が高まる。勿論、ゆるキャラにも当たり外れはあるが・・・。
 ゆるキャラの次の一歩として、地域ユニフォームを仕掛けられないだろうか?地方自治体の首長がその気になれば、県庁や市役所の職員のユニフォームを変えることもできるだろう。別に毎日でなくてもいい。週一日でもユニークなユニフォームを身につけ、全員でキャラクターになりきるのだ。
 伝統的なきものでもいいし、野良着でもいい。キャラクターやフリフリのついた衣装でもいいだろう。それぞれの地域に根ざしたデザインを展開するのだ。
 市民が着たいと思えば販売すればいいし、観光客が着用してもいい。商店街の空き店舗の活用にもなるし、商店街全体の活性化にもなるだろう。
 商店街もできれば、全員でユニフォームに変えてみるのもいいだろう。職種によって、あるいは町会によってデザインを変えるのも楽しい。お祭りの法被のようにお揃いの衣服を着用するだけで一体感が生まれる。
 ファッションが自己表現だけでなく、社会の中の役割を獲得すれば、ファッションショーや展示会のあり方も変わるだろう。都道府県や各市町村が独自のブランドを持ち、毎年、デザイナーと契約する。デザイナーはそのためのコレクションを行う。そうなれば、素材メーカー等も協力しやすいし、一般マスコミも取り上げるに違いない。

4.日本全体をクールパークにしよう!
 各地域のアイデンティティを盛り込んだユニフォームコレクションが定着すれば、日本はよりユニークな国になるのではないか。国全体がテーマパークのように楽しく平和なイメージを与える。細々としたものまで、デザインされ、美しく調和されている国。それぞれの地域が独自のアイデンティティを持ちながら、国全体としても独自の文化を感じることができる国。
 「クールジャパン」とは、日本に着た人がクールと感じることではないだろうか。日本はテーマパークではなく、クールパークになる。そして、ファッション業界は、クールパークコレクションを展開し、観光立国をバックアップする。
 各自治体がブランド持ち、ユニークなデザインを展開する。それが日本という国のアイデンティティとなる。最早、欧米を追随する時代は終わった。自らを見つめなおし、クールに生きようではないか。クールだぜイ!

*有料メルマガj-fashion journal(22)を2カ月遅れで紹介しています。本論文は、2012.4.30に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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