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May 28, 2012

2012年新商品開発の方向性(後半) j-fashion journal(15)

「2012年新商品開発の方向性(後半)」

6.家の街化、街の家化
 かつて、家と街には厳然たる機能分担があった。家は、睡眠、洗顔、食事、入浴、排便、化粧、家族との団欒、テレビ、セックス等、プライベートな場だった。そして、家の生活を維持するためには、調理、洗濯、掃除等の家事が必要だった。
 街は学校、会社、病院、警察、役所等の公的な場だった。家で行うことは外では行わない、外で行うことは家では行わないというのが暗黙の了解だったのだ。しかし、家と街との境界は次第に曖昧なものになっている。
 最近、日本でもパジャマや寝間着代わりに使っているジャージーで近所のコンビニまで出掛ける人は珍しくなくなっている。家の中で着る服と、外出着の境界は既に存在しない。

 電車内で化粧を行い、おにぎりを頬張る若い女性。電源の取れるカフェでミーティングや仕事を行う。街中には清潔なトイレも完備されている。ファーストフード、レストランの種類も多く、コンビニやスーパーで売られている惣菜や弁当も安くて種類が豊富だ。家で調理をしなくても十分に生活することができる。
 その反対に、お弁当、携帯ボトルを持参すれば、街で食事をする必要もない。自分が望めば、全ての食事を自分でコントロールすることも可能である。
 家族団欒でテレビを見るという光景も少なくなっている。若者は自分の部屋のパソコンでテレビ番組を見ている。新聞購読も減っている。ネット上でニュースをチェックすることができるからだ。
 買物も家から出なくても、ネットショップ、ネットスーパーに発注すれば、宅配で商品が届く。
 シェアハウスのように、個室は確保するが、台所やダイニング、バストイレなどは共用するという考え方もできる。家は家族や個人で過ごす場、という定義も曖昧になっているのだ。
 家族で生活する場合も、個室だけが自由であり、その他の共有部分は勝手に使えないというケースも少なくない。
 こうなると家の定義も変わってくる。生活感のない家が増えているのも当然だろう。カフェのような家。マンガ喫茶のような家。オフィスのような家。ホテルの部屋のような家。レストランのような家。カラオケスナックのような家。ショップのような家。博物館のような家。家のバリエーションは無限である。
 こうした生活空間の変化に伴い、ファッション、インテリアは対応しているのだろうか。ここに大きな市場が眠っている。

7.生活を携帯する
 「街で暮らす」には、生活必需品を常に携帯することが必要になる。ICT関連グッズ、デジタルガジェットはかなりモバイル化が進んでいる。タブレット端末、スマホがあれば、デスクトップPCは必要ない。スキャナー、プリンターも携帯できるものが揃っている。
 弁当が静かなブームだが、これも節約志向だけでなく、食事のモバイル化という見方もできるだろう。地球に優しいということで、一時期、マイ箸がブームとなった。バナナを入れるバナナケースや、おにぎりを入れるおにぎりケースも販売されている。栄養補助食品としてのクッキーやゼリー、あるいは各種サプリメント。これらは、いつでもどこでも食事ができるツールである。
 ドライヤー、ヘアアイロン、美顔ローラー、電動歯ブラシ等も携帯用のものが開発されている。
 生活が携帯できるということは、家がなくなっても生活できるということだ。災害時の避難所でもモバイルグッズは役に立つ。
 アパレル製品も、ポケッタブルのパーカ、ジャケット等が登場している。小さく畳んでコンパクトに収まるものだ。今後はドレスやパンツもポケッタブル化するだろう。

8.シンプル&リアル
 生活に必要なサービス、機能が次々と生まれている中で、我々の周囲には使わなくなったモノがあふれかえっている。それらを捨てるのは勿体ないということで、いかに上手に収納するかというノウハウに人気が集まっている。
 収納して何年も使わないモノがあると、その次には、「収納しているモノが本当に必要なのか」考える。不要なモノがなくなれば、収納の必要さえなくなるのだ。思い切って無駄なモノを捨てて、シンプルに生きようという「断捨離」の考え方が支持を集めているのは、いかにモノを持て余しているかの証拠だろう。
 こうしたモノ離れに対して、メーカーや流通はどのように対応すればいいのだろうか。モノを売りつけるのではなく、不要なモノを回収することを考えなければならない。それには、不安を取り除いてやることだ。最小限のモノでもこんなに豊かな生活ができます、ということを提示する必要がある。
 ここで我々は、コモディティ商品とコレクションアイテムを分けて考えなければならない。コモディティ商品は日用品、実用品である。大量生産の安いモノが中心だ。コモディティ商品をいくら集めても心が豊かになることはないだろう。 コレクションアイテムの多くは希少価値のあるモノだ。持っているだけで、見ているだけで心が豊かになるモノである。
 今後は、「心が豊かになるモノを集め、それに囲まれて心豊かな生活をしましょう」という価値観が芽生えて来る。そうなると、作り手の顔が見えることが重要になる。コストダウンのために海外生産するのではなく、作り手とコミュニケーションが可能な国内生産こそ価値があるという考え方だ。
 リアルなものとは、価値がリアルなもの。存在感があるという意味でリアルなもの。どこで作ったのか分からない大量生産商品ではなく、作り手の心が伝わって来るものである。

9.見せる化
 最近のデザイナーズマンションでは、トイレやバスルームを見せるケースが増えている。見せることで清潔に保たなければならなくなる。隠してしまえば汚れても構わなくなる。
 不要なモノ、醜いモノは隠したい。しかし、自慢したいモノ、美しいモノは見せたい。隠すスペースがあるから、汚いモノが増える。全てを見せるようにすれば、モノを購入する場合も、コーディネートや調和を考えるだろう。
 一通り生活に必要なモノを購入したら、今度は少しずつ鑑賞に耐えるモノに替えていく。最終的には全てが鑑賞に耐えられる美しいモノになり、美しいモノを使って生活するのだ。
 作る立場から考えると、これまで見せなかったものこそ、見せるようなデザインにする。隠れるモノでも、見せてもいいようにデザインする。ホームセンターには便利で面白いモノが沢山あるけど、全てのデザインが優れているわけではない。実用品こそ、美しいデザインにするべきではないだろうか。一つ一つのモノを美しくデザインしていく。その積み重ねにより、世界を美しく変えていくのである。

10.大人向けキャラクター商品
 大人買いという言葉がある。食玩(玩具付きの菓子)などの子供向けの商品を、大人が一度に大量に買うことを表す俗語だ。フィギアのブームも大人買いによって支えられていると言っていい。子供の頃に欲しくても買えなかったモノを、大人になって思う存分買える喜びは大きい。
 ハローキティが世界的ブームになったのも、大人が買うようになってからだ。欧米のセレブがキティちゃんをカワイイと言っているのを見て、第二のブームが到来したのである。
 パチンコやパチスロの機械に、懐かしのアニメ、ドラマ、歌手、アイドル等が登場するのも、ある意味で大人買いに通ずるところがある。
 これまでのキャラクター商品は子供用品ばかりだった。しかし、大人になっても好きなキャラクター商品を集めたい人は多い。大人向けの商品にキャラクターをつけることで、新しい市場が生まれるだろう。

*有料メルマガj-fashion journal(15)を2カ月遅れで紹介しています。本論文は、2012.3.12に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。
 

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