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May 28, 2012

2012年新商品開発の方向性(前半) j-fashion journal(14)

「2012年新商品開発の方向性」

1.根本的に新しいコト、新しい思想
 バブル崩壊以後、中国生産が可能になり、我々は良くて安いモノに熱中していた。新しさを追求するよりも、いかに安く作って売るかを優先したのだ。
 しかし、2011年3月11日の東日本大震災後、我々の何かが変わった。それ以前と連続してはいけない。商品とは安ければ良いのではない。安いモノを追求した結果、中国生産が増え、それが雇用を崩壊させた。雇用の崩壊は人間の尊厳を奪ってしまう。被災地で起きた職場や仕事の喪失は、それ以前から経済原理の中で繰り返されてきたことだったのだ。
 仕事の効率化もコスト削減が目的なのではない。時間の無駄遣いはその人の人生の無駄遣いだ。無駄をなくすことは、人生を豊かにすることにつながる。全てを経済の物差しで判断するようになり、我々は自らの生活を味気ないものにしてはいないだろうか。

 震災前も我々は閉塞感を感じていた。それが政権交代につながったが、政権が変わっても何も変わらなかった。今、我々が新しいことを必要だと思っているのは、次々と新製品を発表して、使い捨てることを意味しているのではない。現実が行き詰まっているのを変えなければならないと思っているのだ。
 こうした想いは、日本だけに留まらないだろう。アメリカもヨーロッパも同じ想いに違いない。震災はなくても、経済危機に襲われ、過去の常識が通用しなくなっている。中国や東南アジアの人々も現状で良いとも思っていないはずだ。経済発展に伴い、貧富の格差が増大し、環境汚染が進んでいる。明らかに時代は、壁にぶつかっている。そして、その壁を突き抜けない限り、未来は明るいものにならない。
 新しいモノを求めるのは、新しいコトが欲しいからだ。新しい生き方を模索しているからだ。今までの経済市場主義、売上市場主義ではなく、新しい哲学を必要としている。新しい人生の考え方を必要としているのである。
 それは最先端テクノロジだけではない。古くから伝わるものでも、今、我々が新しいと感じられるものが欲しい。それを開発しなければならない。
 例えば、「全く新しい住宅」とは何だろう。地上にあるのが良いのか、地下にあるのが良いのか、空間に浮遊しているのが良いのか。どんな空間が必要なのだろう。私は年を経るに従い、家とは庭を含めて考えるものではないか、と感じている。あるいは、家も大切だが、街も大切だ。我々は家に住んでいるのと同時に街に住んでいる。街と家の境界線は存在するのか。都市計画と建築は連続するのか。家を考えるには、都市や生活スタイル、ファッションも考えなければならない。 家とは何をするところなのか。会社に勤めている時の家とリタイア後の家は異なるはずだ。
 あるいは、「全く新しい服」とは何だろう。同じ服を着続けることはできないのか。きもので生活してはいけないのか。家がなくても生存できる服とは何か。私という人間を現すファッションとは何か。ファッションを考える時に、単純にパリコレやプルミエールビジョンのトレンドに従えば良いのではない。我々は深く考える時期に来ている。
 生きるとは何か。結婚とは何か。仕事とは何か、をシンプルに考えたい。その上で、新しいモノを考える。新しいモノは新しいコトを連れて来る。

2.メリハリ消費
 日本人はライフスタイルが成熟していないと言われる。欧米の階層社会のように、衣食住のスタイルが様式化していないからだ。社会的ステイタスというものも明確ではない。従って、個人がモノを買う時には、ステイタスを基準にするのではなく、好き嫌いで商品を選んでいる。
 欧米では、階層に相応しい様式のモノを選ぶ。それが常識であり、良識であり、スタイルだと思っている。
 私は、日本人が欧米人のような階層的生活様式を持つことはない、と考えている。日本人が欧米人より遅れているからライフスタイルが成熟しないのではない。大衆社会、情報社会の最先端にいるからこそ、階層に縛られない自由な消費スタイルを持っているのだ。
 そういう視点から見ると、日本人のライフスタイルは欧米より先端的であり、次第に世界は日本化してくるだろう、と予測できる。あるいは、世界の人々の中には、日本人的価値観を支持する人々が存在し、その人達がクールと感じているのだ。
 一定のライフスタイルに縛られることは無駄も多い。衣食住全てをトータルに、調和の取れたスタイルで統一しなければならないからだ。日本人はこだわるところには異常にこだわるが、どうでもいい部分は捨ててしまう。特定の様式の装飾をしようとは思わない。ある意味、非常に合理的であり、別の視点から見れば非常に無節操だ。でも、それが日本人の価値観であり、そう簡単に変わるものでもない。
 今後はますます、特定のものにはこだわり、こだわりの必要がないコモディティ商品は百均ショップやディスカウントショップで購入するようになるだろう。こだわるものは徹底的に調査し、情報収集してから購入する。中途半端はなくなるに違いない。
 そういう意味で、百貨店、量販店は現状のままでは厳しくなる。大衆向けの商品ではなく、特定の顧客に向けた専門店的発想が必要だ。専門はますます細分化するだろう。チェーン展開の店であっても、各店の品揃えは標準化してはならない。コンビニのように、各店の立地条件や顧客特性の違いによって、品揃えを変えるべきだ。
 今後は、思い切り安い商品と、思い切り高い商品が同じ店で販売されるかもしれない。あるいは、同じ店名の店でも、ある店は安い商品だけが陳列され、ある店では高い商品だけが陳列される。しかし、どちらの店でも店頭からネットを検索して、購入することができる。
 勿論、家からネットで購入することもできるが、店頭に出掛けると特別なサービスが受けられる。あるいは、特別な情報が得られる。タイムリーなイベントが開催されている。そんなイメージだ。店頭は店頭でしかできないことを担う。そうならなければ、店頭販売の意義がなくなる。
 単純なお金と商品の取引ではなく、情報の共有とコミュニティ化が求められるだろう。顧客管理ではなく、あくまでもコミュニティを創ることを考えなければならない。

3.年代を超える「SNSコミ」
 Facebookやツイッターのコミュニケーションは、様々なことを教えてくれる。これまでは、自分と異なる世代の人々とコミュニケーションを取る機会も手段もなかった。しかし現在では、自分の親世代、子供世代とも自在に意見を交換することができるようになった。
 新しいコミュケーションは、新しい消費者クラスターを生み出しつつある。年齢や居住地域にとらわれない趣味性の強いクラスターである。
 また、新しいコミュニケーションは、新しい購買行動を生み出しつつある。様々な情報がテレビや雑誌よりSNSで早く入手できれば、当然買物のきっかけもSNS経由が増えてくる。これまで、企業はマスメディアを通じてPRを行ってきたので、広告代理店が必要だった。しかし、SNSによるPRであれば、個人をネットワーク化しなければならない。その核となるのは個人である。
 Facebookは、あらゆる情報に「いいね!」をつけられる。ショップの店頭で欲しい商品を見つけたら、とりあえず「いいね!」をつけてもらう。スーパーの食料品でも「いいね!」。その結果がリアルタイムで店頭に反映されたら、店頭はとても面白い情報発信メディアとなるだろう。
 あるいは、SNSを商品開発のフローに組み込めないだろうか。SNSの本質は、広告媒体ではなく、人的ネットワークである。告知ではなく参加することに意義がある。参加できるから面白い。従って、完成品ではなく、サンプル段階で情報公開を行い、「いいね!」を募集する。あるいは、更に遡って企画段階でアイディアを出してもらう。それについても「いいね!」の評価を得ればいい。
 これまで我々が入手できる情報はPOSデータだけだった。POSデータは売上の結果情報である。企画担当者にとって、結果情報よりも経過情報が欲しい。商品は買わなかったのは、どんな理由なのか。価格が高いのか、色が気に入らなかったのか。時期が悪かったのか。こうした重要な情報を入手できる環境は整ってきた。あとは使い方次第である。

4.リアルなバーチャル消費
 一時期、不登校児童が増え、「引きこもり」という言葉が注目を集めた。自分の部屋に閉じこもっていては、社会性や協調性が育たないという指摘である。その内、引きこもりは小中学生だけでなく、高校、大学、社会人と拡大していった。
 一方で、インターネットで株取引、為替取引、商品相場等の取引が増大し、引きこもっている人が、通常のサラリーマンよりも巨額の所得を得るというケースが出てくるようになった。世間は引きこもっていても社会生活ができることを知ったのだ。最近、引きこもりという言葉はあまり聞かなくなった。
 そして、一般のビジネスマンの仕事は、コンピュータ端末の前ですることが主になっている。昔の営業マンから見れば、今の営業は引きこもっているように見えるだろう。
 いつのまにか、会社が終わって、社員同士が飲みに行くことも減ってきた。若い世代はアルコールを飲まなくなっている。仲間と飲んで騒ぐより、自宅で一人の時間を過ごすことを選ぶ人が増えているのだ。これも引きこもりと言えば、引きこもりだ。
 我々は、パソコンの前で過ごす時間が増えている。あるいは、モニターを見ている時間が増えている。スマホ、携帯、ゲーム機、パソコンを見ている時間はどれほどになるのだろうか。そして、全ての端末はインターネット回線につながっており、その先には心地よいバーチャルな世界が広がっている。
 若い世代がモノを買わないのは、通信費の増大が影響しているのは確かだろう。というより、若い世代の生活の中に、オンラインの方がリアリティを持つようになったのではないだろうか。自分の個性を発揮できるのはオンライン。自分を取り戻すのはオンライン。リアルな人間関係もオンラインを通じて構築される。オンラインこそリアルということになれば、オンライン消費、バーチャル消費が増えるのは当然である。
 最近、電車の中で平気で化粧する女性が増えているが、彼女達は目の前にいるリアルな人間など目に入らないに違いない。自分の関心のないものは存在しないに等しい。目の前の風景はテレビモニターに映し出される風景と同じなのだ。テレビを見ながら食事をしたり、化粧するように、電車内の公衆の面前で、おにぎりを食べて化粧をする。
 オンラインに生きている消費者の家は、高速回線と高性能のパソコンである。他の商品にはこだわらなくても、回線品質とパソコンのスペックにはこだわるのだ。
 そんな彼らに訴求するには、オンラインの情報発信しかない。最早、オンライン広告でもないのかもしれない。信頼できる仲間の評価の方が余程頼りになる情報だからだ。
 ネット社会で生きる消費者にとって新製品もまた、リアルなモノではないのかもしれない。むしろ、リアルに感じられるバーチャル情報なのではないか。

5.人生はコスプレ
 コスプレとは、アニメやマンガの登場人物の格好をして楽しむこと。リアルに存在しないものをリアルに扮するので、見たときの衝撃は大きい。
 元々、日本には伝統的にコスプレ文化がある。京都の舞妓は、日本人形のコスプレとも言えるだろう。地方出身者の若い女性の言葉づかいも修正し、顔を真っ白に塗り、唇を真っ赤な紅で染めることで、「舞妓」を演じるのである。
 最近、ホストやキャバクラ嬢も、独特のスタイルが定着してきた。あくまで非日常であり、その役割を演じきることで、別の存在になれるのだ。
 同様のことは我々も日常的に行っている。学生らしいスタイル、社会人らしいスタイル。部長らしいスーツ、社長らしいスーツ。それぞれの社会的役割を個人が演じることは珍しくもなんともない。
 階層社会である欧米では、住宅や衣服は社会的ステイタス、所属する階層や職業によって規定される。個人の好き嫌いだけで判断することはできないのだ。個人の好き嫌いで判断して服を選ぶだけで、常識外れと言われかねない。
 社会が決めたルールに基づいたスタイルを強制される欧米社会。そこに生きている若者が、自分の好きなアニメキャラクターに扮して街を歩ける日本を「自由の国」と感じるのも無理はない。日本では、伝統的民族衣装であるきものの規範はうるさいが、伝統に根ざさない洋服は自由なのだ。
 ここで考えたいのは、リタイア後の男性の衣服である。サラリーマンの時には暗黙のドレスコードが存在していた。スーツ、ワイシャツ、ネクタイ、革靴を身につければそれで良かった。しかし、定年退職した後のスタイルにはルールが存在しない。どうすればいいのか迷っているに違いない。
 私はコスプレと割り切れば楽しい生活が過ごせるのではないか、と思っている。極端に言えば、女装だっていいのかもしれない。女装した途端、人生は変わるだろう。
 それほど極端ではなくても、自分の演じたい役柄を演じればいいのだ。頑固な職人になることもできるし、気障な映画スターを演じてもいい。自分の好きな格好を楽しめるのは、日本という自由な国ならではである。ここには大きなマーケットが眠っている。
 コスプレは、コモディティではいけない。明確なキャラクター設定が必要なのだ。そんなファッションを手頃な価格で提供する。本物でなくてもいい。「なんちゃって」で構わないし、それを楽しむことが重要なのだ。
 
*有料メルマガj-fashion journal(14)を2カ月遅れで紹介しています。本論文は、2012.3.5に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

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