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November 03, 2010

評価を嫌うムラ社会

 JFWの存亡が危惧されている。最大の要因は予算の縮小だが、本質的な問題は経済的要因だけでなく、コレクション、展示会というイベントが機能しないことだろう。
 海外のコレクションと日本のコレクションを比較すると、日本ではコレクションに対する批評、評論、格付け、ランキング等が圧倒的に少ない。業界マスコミも単にコレクションの内容を解説するだけであり、どのコレクションが良かったのか。どのコレクションが悪かったのかを比較したり、ランキングを発表することはない。従って、コレクションの評論やランキングがビジネスに影響を及ぼすこともない。
 日本における唯一の評価とは客観的な売上や利益である。売上さえ上げれば、デザインをコピーしようが非難されることはない。もし、非難されるとすれば、訴訟や判決という客観的な事実に基づいてのことだ。
 このように日本社会では主観的な評価や評論はほぼ認められない。ほとんどの新聞で匿名原稿が多いのも、事実を伝える新聞記事に主観は必要ないという考えに基づいているのだろう。

 売上しか認めないのであれば、コレクションは必要ない。展示会も評価されるのは商談や成約金額だけであり、その創造性や技術力等が評価されることはないのだ。粗悪品でもコピー商品でも勝てば官軍なのである。経営者はデザイナーなど必要ないと考え、社内外の企画担当者やデザイナーのモチベーションも大きく下げる。そして、ファッション業界に夢を抱く若者も著しく減少している。
 また、正当な評価、評論、ランキングを拒否する業界には投資が集まらない。専門家が将来の展望を予測し、それがビジネスをリードする環境があれば、投資しやすくなるだろう。しかし、仲間うちで固まるムラ社会は、開かれた評価を嫌うのである。自分達のことは自分達が一番よく知っている。だから口を出すな、という態度なのだ。
 そうした閉塞状況を打ち破るのがジャーナリズムの一つの役割ではないだろうか。しかし、既存のマスコミは広告スポンサーやムラの有力者の顔色を気にして、書きたいことも書けないのである。あるいは、書きたいことなどないのかもしれない。
 最近、ブログやツイッターでの意見、評論等が思わぬ影響力を持つのを見かける。そこには、個人の主観的な評価が見られるからだ。ファッション業界も既存のプレスに依存せず、評価システムを考え直す時期に来ているのではないか。

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