戦略的互恵による日中ビジネスの展開
要点
・日中関係は、日中両国の企業にとって最も重要な二国間関係である。
・長期にわたる相互協力が日中両国の企業にとって唯一の選択である。
・日中企業の平和共存、世代友好、互恵協力、共同発展を実現する。
・将来にわたり、絶えず相互理解を深め、相互信頼を築き、互恵協力を拡大する。
・日中両国企業は、互いに協力のパートナーであり、互いに脅威とならない。
・日中両国企業の平和的関係がアジアや世界に大きなビジネスチャンスと利益をもたらす。
・日中両国の企業トップ同士が相互訪問を強化し、相互理解と信頼関係を一層強化する。
◆日中ビジネスの戦略的互恵関係
2008年5月6日から10日まで、中国の胡錦濤主席が来日した。胡錦濤主席は、日本滞在中に福田康夫総理と会談を行い、「戦略的互恵関係」に関する共同声明を発表した。
政治の世界だけではなく、ビジネスの世界も戦略的互恵関係が不可欠である。私なりに、日中の共同声明を日中ビジネス関係に置き換え、具体的なアクションプランを考えてみた。
◆日中関係は最も重要な二国間関係
一時期、「チャイナ・プラスワン」という言葉が流行した。中国一極集中のカントリーリスクを考え、東南アジア諸国やインド等に生産を分散しようという動きだ。しかし、原材料調達から加工、品質管理、物流までをトータルに考えると、中国以上の国は簡単には見つからない。結論から言えば、既に「チャイナ・プラスワン」というテーマは忘れられようとしている。
代わりに浮上しているのは、ロシア、インド、トルコ等の新たな成長市場である。しかし、中国の特徴は、「世界の工場」と「世界の市場」が同居していること。世界の工場としては、原料調達~加工~物流まで完備している。東南アジア諸国は、人件費は低いものの、原料を中国から輸入しなければならない。世界の市場として見ても、北京オリンピック、上海万博を経て、新たな中流市場の誕生、大衆消費の時代の到来は中国が先頭を切るだろう。何といっても、日本にとって中国は隣国であり、地理的に有利な条件にある。
他の国との貿易も増えるだろうが、それ以上に中国との貿易が増えるに違いない。まだ、日本企業は本格的に中国市場に進出していない。「輸出するなら欧米市場に」という人も少なくない。欧米に進出したという実績が日本市場でのプロモーションになるからだ。
しかし、欧米企業が最も注目しているのは中国市場である。既に、政府は日中関係が最も重要であると認識している。中国は日本の最大の貿易国なのだ。
次は、国内だけでビジネスしてきた企業経営者が、日本と中国の二カ国で展開するビジネスを考える時期が来ているのではないか。
◆長期的な相互協力が唯一の選択
人件費が安いから、日本生産をやめて中国で生産する。中国の人件費が高くなったから、ベトナムに生産基地を移す。こういう考え方に未来はあるのか。
既に、中国の人件費は低いとは言えない。東南アジア諸国の人件費は中国の二分の一程度だ。既に、中国沿海部では縫製工を募集しても人が集まらない。ベトナムでも縫製工を確保するのは困難になっているという話も聞く。
人件費の安い国を求めて彷徨するということは、そこで築いた人間関係を断ち切っていくということだ。国内産地との人間関係を断ち切り、中国に生産基地を移転する。もちろん、一部の人は中国で仕事を継続し、技術移転に貢献している。しかし、中国から東南アジアやインドの工場に彼らが移る保証はない。中国で培った中国人との人脈は次の国で生きるのだろうか。
世界中に散らばる華僑ネットワークのパワーは人的ネットワークが基本になっている。低コストの労働力を追いかけたとしても、その根底に人的ネットワークがあれば、事業と人脈は共に成長できる。しかし、日本の商社の手法は、コストを優先し、人脈を考えていない。
古いタイプの日本人は、自らの仕事を天職と考えている。仕事は天から与えられたものであり、全うしなければならない。儲かるからと言って、簡単に転職したり、会社の業務内容を変えたりしないのだ。したがって、縫製工場の社長とは、縫製の仕事以外で付き合うことはない。
しかし、中国人の仕事観は日本とは異なる。仕事は収入を得るためのものであり、会社を利益を獲得するための装置に過ぎない。「同じ場所に両足を置くと倒れる」という諺があるくらい、積極的に多角経営を行う。縫製の仕事が儲からなくなれば、さっさと工場を畳むだろう。そして、中国で小売店を展開するかもしれない。
日本の商社にとって「工場としての中国」から「市場としての中国」へとポジションが変化すれば、新たなパートナーを探すことになるだろう。その時、かつての人脈を活かす方が良いのか、それとも一から人脈を築くことが良いのか。無条件に互いを信用することを原則にしている日本ならば、新しい人脈を築くのも簡単だろう。しかし,中国では信用できる人脈を築くことは容易ではないのである。
中国との付き合いは、個人が基本になる。そして個人との付き合いは、仕事だけに留まらない。むしろ、個人的な信頼関係があって初めて仕事につながるのだ。したがって、短期的な利益だけを追求する姿勢を見せたのでは、中国人の信頼を得ることはできないだろう。
こうした長期的な人間関係を前提にしたビジネスモデルは、かつての日本の強みでもあった。一度採用した社員との長期的関係を大切にする。系列関係にある下請け企業との長期的関係を大切にする。学校の先生と学生も長期的な関係が続いていた。確かに、横並びの談合体質は企業の活力を失わせ、個人の能力をスポイルする。しかし、中国人との付き合いの中で、再度、長期的な相互協力ということを考え直すべきではないだろうか。
◆高齢者、若者の世代友好、平和共存
世代友好とは、若い世代から高齢者まで幅広い世代で交流を深めることを意味する。
最近、日本でも高齢者の雇用促進が話題になっているが、問題は職場である。中国で高齢の日本人技術者が生き生きと働いているのを目にする。周囲を取り囲む若者は、目を輝かせながら、尊敬する技術者の技術を学ぼうとしている。そんな若者を前にすれば、自分の知っていることを一生懸命教えるのも当然だと思える。日本でやっかい者扱いされ、リストラされ、プライドを傷つけられた人間が、中国では尊敬されるのだ。果たして、日本にそうした職場があるのだろうか。
労働力不足だから、高齢者を雇用しようというのは安易だ。問題は個人の生きがいなのだから。年金の問題もそうだ。年金が少なくて生活ができないというが、物価の安い国に行けば十分に生活できる。
考えてみれば、我々は中国等の低コストの国の労働力を活用することで、10年間も物価を抑制してきた。その影響で経済成長が鈍化し税収も減った。当然、年金支給額も減少する。産業がグローバルで動いているのに、個人の生活はドメスティックに展開されている。だから、収支が合わないのだ。
同様のことは、中小企業にも言えるだろう。大企業はグローバルに低コストの労働力を活用できる。しかし、国内の中小企業はその恩恵を受けることができない。もし、外国人労働力の導入が可能ならば、日本国内で中国の工場のような光景が見られたかもしれない。
また、産学連携、人材育成も国内だけで考えるのではなく、日中の二国間で考えるとより可能性が広がる。日本語を勉強している中国の学生は多いが、彼らを日本企業にインターンシップとして受け入れれば、日中ビジネスは更に活性化されるだろう。単純労働者の受け入れの前に、国際インターンシップを解禁するのはいかがだろうか。その代わり、中国側の大学と日本の教育機関が連携して、最低限度のスクーリングを義務づける。日本の大学がインターンシップの管理とスクーリングの認定を行い、単位を与える。その単位を中国の大学が認定するのである。あるいは、中国の大学卒業後に日本の大学への留学の道を開くこともできるのではないか。その場合も、インターンシップを積極的に活用することで、新たな産学連携が可能になるだろう。
同様に、日本の学生が中国の企業にインターンシップすることも可能だろう。その代わり、中国の大学での語学研修を義務づける。中国におけるインターンシップ管理と語学研修を中国の大学が認定して単位を発行し、日本の大学がそれを認定するのである。
こうした産学連携の交流プログラムの創設により、生きた世代友好が可能になる。そして、その積み重ねが平和共存につながるのである。
◆相互理解、相互信頼、互恵協力
日本人は中国人を怖がっている。未だに、仕事をしても報酬を支払ってもらえないという話を聞く。この原因は、日中両国の仕事のやり方の違いにもあるのだ。
日本では最初に「仕事はあなたに任せる」という暗黙の契約をしてから仕事に入る。したがって、仕事を受けた人は途中で仕事を中断されることを想定していない。仕事の第一段階だけを依頼されても、最終段階までの仕事を進めることは珍しくない。
しかし、中国では契約は契約。そもそも、契約書のない口約束は守らなくても許されると考えている。また、第一段階の仕事の契約はあくまで第一段階のみ。全ての仕事を依頼したわけではないという認識だ。
また、日本が過程を重視するのに対し、中国では結果を重視する。日本では、デザイナーがクライアントの指示通りに仕事をすれば報酬を受け取るのは当たり前と考える。中国は結果重視なので、一般的には売れたら成功報酬を支払うという考え方だ。
日本側が仕事をしたのに報酬を支払ってもらえないと考えているケースも、中国側は契約していない仕事を勝手に進めていると判断し、報酬を支払う必要はないと考えている場合があるのだ。
一方、中国人も日本人を怖がっている。まず、日本人を信用できない。信用するための根拠を欲しがる。中国人にとって信頼できるのは、立派なホームページや会社案内、過去の実績である。しかし、日本の専門家は原則的にクライアントを公開しない。実力のある人ほど、黙っていても仕事が来るので、ホームページや会社案内も必要ない。したがって、中国企業が実力ある専門家に出会う可能性は非常に低い。
次に、仕事を依頼しても、その効果が上がるかが分からない。日本なら、クライアントが何を依頼するのかを決定し、その結果は自分で責任を取る。しかし、中国人経営者は結果だけを期待しているのであり、そのために誰に対してどんな依頼をしたらいいのかが、そもそも分からない。
信用できない相手に仕事を依頼して、結果が出ないかもしれないのだから、怖いのも当然だろう。
こうした両者のすれ違いを解決するには、相互理解、相互信頼しかない。最初に、信頼関係のある個人同士を基本に、それぞれの信用をパイプとして、少しずつビジネスを交流させていく。それにより、共通の利益に対して互恵協力ができるようになれば、新たな日中ビジネスが展開されるに違いない。
◆協力のパートナーであり、互いの脅威にはならない
日本人は中国脅威論が好きだ。書店にも沢山の中国関係の本が並んでいるが、半分以上が中国脅威論だろう。最近は世界の工場である中国が、日本国内の製造業を脅かすという論調はほとんど見られなくなった。代わって「覇権国家中国がアジアの安定を崩す」「中国バブル経済が崩壊する」「中国発の環境破壊が地球を汚染する」という論調が増えている。
日本が急激に経済成長した頃、アメリカやヨーロッパでも日本脅威論が蔓延した。しかし現在、経済の長期低迷が続く日本を脅威と思う国はいない。最近、海外における日本の評判はとても良い。ほどほどにリッチで、礼儀正しく、独自の文化を持つ国として評価されている。裏返せば、現在の日本は世界の国から脅威と考えられるほどの経済力を持っていないということだ。
中国脅威論が全て嘘だとは思わない。中国が抱える問題が深刻であることも事実だ。しかし、中国政府も中国人民も自らの問題を理解している。そして、それを解決しようと努力している。
中国の安定が日本の国益に適うのなら、我々は中国の安定に協力しなければならない。日本の安定が中国の国益に適うならば、中国も日本の安定に協力するだろう。そして、互いの安定を図るということは、互いを脅威と見なさないことが基本なのだ。これは好き嫌いの問題ではない。互いの国が自らの国益を考えてのことである。
ビジネスでも同様である。中国を脅威と見なして何が生まれるのか。日本国内だけを見ていれば、中国の成長に伴い、淘汰される企業もあるし、一部の業種の失業者も増えた。しかし、日本企業が中国国内でどれだけの雇用創出したのかは報道されない。客観的に見れば、日本企業は日本人の雇用を減らし、中国人の雇用を増やした。そして、日中の相互依存を高めた。中国の雇用が増え、経済成長に貢献し、日本には安くて質のよい商品が供給されるようになった。そのことで利益を上げ、成長した企業も数多いのである。
近年、中国からの観光客は増加の一途をたどり、彼らが購入するお土産品の売上も上昇を続けている。日本のブランドショップ、高級百貨店も中国人の観光客やビジネスマンで支えられている。日本で買い物をした商品が気に入れば、最終的には中国への輸出も増えるだろう。日本と同じ店を中国で展開する事例も出てくるに違いない。こうした日中両国をつなぐビジネスは、日本人だけでもできないし、中国人だけでもできない。日本と中国の企業が連携してビジネスを進めることが必要である。
◆日中両国企業の平和的発展がアジア、世界のビジネスチャンスを広げる
多くの日本企業にとって、中国企業との取り組みはグローバルビジネスの第一歩になる。そして多くの日本人にとって、中国人とのつきあいは異文化コミュニケーションの第一歩になる。
日本人と中国人は、同じ黄色人種であり、顔だけを見ても区別はつかない。また、共通の漢字を使うので、親近感を感じやすい。日本人も中華料理が好きだし、中国人も日本料理が好きだ。しかし、発想や思考パターン、ビジネスの慣習は全くと言っていいほど異質だ。外見が近く、親近感があるだけに、互いの違いにショックを受けることも多い。相手が白人や黒人ならば、外見が異なるので、考え方が異なっても納得できる。しかし、外見も同じ、使う文字も同じなのに、考え方が全く異質であることは理解しにくいのだ。
逆に言えば、異質ゆえに互いの欠点を補えるし、互いの長所を活かせるともいえる。
日本の大手商社、大手家電メーカー、自動車メーカー等は、既に世界市場に進出している。しかし、日本の9割以上の中小企業は国内市場だけを対象に成長してきた。ビジネスの歴史が長いだけに、日本特有の様々な商慣習が存在する。
一方、中国は急激に経済が成長し、中国市場には世界中の資本と企業が競い合って進出している。自らが成長する前に、国際競争を余儀なくされ、国際的ルールが適用されようとしている。あまりに急激に成長したために、会社内部の組織固めや人材育成ができていない。日本にはノウハウの蓄積があるが、それを国際ビジネスに活かせない。中国はパワーがあっても、ノウハウの蓄積がないために、ブレイクスルーできない。
日本と中国が平和的に連携を強めることは、アジア地域経済を押し上げ、アジアの存在感を高めることにつながるのである。
◆日中両国の企業トップ同士が相互訪問
政治もトップ同士の交流が大切だが、ビジネスの世界も同じである。日本国内のビジネスは、最初から互いを信頼することが原則なので、いきなり担当者同士の商談でビジネスがスタートする。
日本で最初から相互信頼が可能なのは、狭い国土と長い歴史の中で培われた独自の情報網によるものだ。江戸時代の商家は、自分の出身地の人間しか雇用しなかった。互いに実家を熟知している同郷同士ならば、何かあった時にも責任を担保できるからだ。「上州屋」「伊勢屋」のように出身地の名前を屋号につけたのは、そういう合理的な理由がある。
最近では、日本国内においても商道徳に対するモラルが希薄になっている。ビジネスの歴史が浅い中国では尚更だ。最初から相手を信頼することはあり得ない。
まず、信頼できる相手であることを確認すること。できれば友達になること。友達にならなければビジネスも始まらないのである。
中国は中国共産党の独裁国家である。したがって、あらゆる経済活動に政府機関が関与している。国営企業から民営企業になっても、社長は政府から派遣されることが多い。
日本の業界団体は親睦団体であり、ビジネスは各社が先行する。しかし、中国では各企業が政府機関と緊密な関係を築いている。大きなビジネスには必ず政府機関が関与するからだ。日本企業も中国でビジネスを展開するならば、政府機関や業界団体とビジネスを進めていかなければならない。日本人が誤解しているのは、業界団体や政府機関とは交流だけを行い、ビジネスは企業間で行えばいい、と考えている点である。むしろ、政府機関や業界団体とビジネスの話をしなければならないのである。
そして、業界のトップ同士が相互訪問し、信頼関係を築いてから、個々の企業がビジネスを展開することが重要だろう。日本で存在意義が問われる業界団体が必要とされるとしたら、中国ビジネスの先導役という役割を最も重視すべきだろう。◆


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