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November 16, 2006

ライフスタイルの変化と流通の変化

1.日本に内在する二つの社会

 現代の日本は二つの社会を内在している。第一の社会は、既存の価値観、一億総中流、護送船団、談合的協調の社会である。これまで日本のマーケットとして研究されてきたのはこちらの社会である。こちらを「第一社会」としておこう。
 第二の社会は、格差社会、個人主義、ニート世代、派遣社員やアルバイトが主流という最近注目され、旧世代には不安視されている社会である。こちらを「第二社会」とする。 第一社会のメインターゲットは団塊世代。日本型組織社会に所属し、正社員が当たり前という考え方。安定した収入と横並びの収入。結婚して家庭に入ることが一般的であり、あえて社会進出している女性は自己実現を目指している。世間体、常識を大切にしたライフスタイル。当然、人の目、特に同性の目が気になる。メディアは、新聞、テレビ、週刊誌が中心。日本国内で完結するビジネスを一般的と考えている。日本は製造業で成り立っていると考えており、製造業的なビジネス発想が強い。日本の製造業の空洞化を招いた張本人の世代であり、それを嘆く世代でもある。

 ファッションでいえば、ヨーロッパに対するコンプレックスが強く、モード系を支持。社会的なステイタスを表現するブランド商品も大好き。リタイアの時期を迎え、会社に代わるたまり場を探している。若い頃に音楽を趣味としていた人たちが、親父バンドを結成し、フォーク酒場で弾き語りを楽しむ。若くてお金のなかった時に変えなかったものを大人買いしたり、高価な趣味の商品を購入することもある。
 男性社会である会社組織に馴染んでいるお局様と呼ばれるベテランOLも、こちらのグループに所属している。
 最近、注目されているリッチな大人、チョイ悪親父、ニキータマダムも、こちらのグループである。
 第二社会のメインターゲットはフリーター、ニート世代。社会人になる時には、日本型組織が崩壊し始め、新卒採用を見合わせる企業が多かった。正社員は特権階級となり、一般的な就職は派遣社員やアルバイト。不安定な収入、実力次第で収入の格差があるのを当たり前と考えている。女性が仕事をしているのは生活のためであり、結婚して子供がいる専業主婦を勝ち組と認識している。世間体より仲間意識が重要。基本的には個人主義であり、それが高じて「オタク」と呼ばれることもある。誰もが、何かのオタクであることが当たり前という感覚。メディアは、インターネット、携帯電話、フリーペーパー等が中心。旧来のメディアに未練はない。ITビジネス、グローバルビジネス、ファイナンスビジネスが一般的ビジネスと考えており、ビジネスとプライベートの境界も曖昧。在宅ビジネスや起業の抵抗もない。
 ファッションはリアルクローズ系。ヨーロッパに対するコンプレックスは希薄で、ブランド消費にも興味はない。無印良品、ユニクロ等をベースに、トレンドアイテムを加え、コーディネートを楽しんでいる。一部のファッションマニアは、尖ったモード系デザイナーが大好き。ステイタスのためのファッションではなく、自己表現のためのファッションを追求している。
 団塊世代がたまり場を探しているのに対し、こちらの世代はストリートライブのようなオープンでフローな環境を楽しんでいる。フォーク酒場が最も恐れているのは、ストリートライブをやっている若者が押し寄せること。二つの世代が混じり合うことは少な区、全く別の社会を構成しているように感じる。
 買物は、ネットオークションでより安く競り落とすことに快感を感じている。携帯での買物にも抵抗はない。本を購入するのも、インターネットで検索し、コンビニで受け取る。百貨店や量販店がなくても困らないが、コンビニがなくなると生活が成立しない。
 男性社会である企業に所属しない主婦は、こちらのグループに近い。通販、テレビショッピングも大好き。モノを買うより、旅行に行きたい。体験消費を優先している。
 以上は、象徴的に極端な表現をしたが、現実には両者の境界が曖昧な場合もあるだろう。しかし、二つの社会が内在していると表現したように、両者は明確に異なる価値観、ライフスタイル、消費スタイルを持っている。現在のマーケティングは、年齢、居住地、収入等で区分するのが一般的だが、その前にこの二つの社会のうち、どちらに所属しているのかを明確に設定する必要があるだろう。まだ、自社がどちらの社会に適応したビジネスを展開しようとしているのかも明確に設定する必要がある。

2.溜まる施設から流れる施設へ
 団塊の世代はたまり場を求める。買物をするのも、百貨店のように、長い滞留時間を前提にした施設だ。一方、ニート世代はたまる必要はない。たまり場は自宅なのだ。買物も流れる行動の一部であり、コンビニのように流れの中でついでに立ち寄る施設で十分なのだ。
 これまで、商業施設は百貨店、量販店のような業態で分類されるか、都心型、郊外型のように立地で分類されていた。しかし、駅ナカ、駅チカのように流れる商業施設が増えるにつれ、「溜まる施設」と「流れる施設」という二つの軸を持つ必要が生じている。
 専門学校の学生に「服ばどこで買うの」と質問すると「その辺」「地元」という答が返ってくる。明確な商業施設やショップ名、ブランド名ではなく、曖昧な回答が多いのだ。これは、彼女たちが流れながら買物をしていることに起因している。明確に目的を決めて買物に行くのではなく、街を歩くことを目的に出掛け、そのついでに買物をしているのだ。地元の専門店で買物をすることは、彼女たちにとっては、駅ナカや駅チカに等しい流れの中の買物なのである。
 団塊世代はたまり場を求める。若者はストリートやモバイルを求める。これは商業施設にも共通しているのだろう。常連が通ったジャズ喫茶と誰もが気軽に入るスターバックスの違いといえば分かりやすいだろうか。顧客管理をして、顧客を階層にわけ、囲い込むという戦略と、インターネットや携帯で何万人にも告知をしてその中の何%が立ち寄ってくれるのか、という戦略は全くアプローチが異なるのである。
 ここで根本的な問題となるのが、商業施設を開発する側が資本の論理で動いているのに対し、顧客は個人の論理でライフスタイルを構築しているということである。両者が一致すれば問題ないが、両者が乖離すると「笛吹けど踊らず」という状況になる。
 最近の事例でいえば、新丸ビルや六本木ヒルズである。オープン当初は観光客が賑わった。これらは流れる客である。しかし、賃料の高い商業施設では単価の高い商品をじっくり販売しなければならない。顧客が溜まる店でなければならないのだ。そこに流れる顧客が押し寄せる。賑わいはあるが売上は伸びない。重衣料が売れず、雑貨だけが売れる。飲食店は売れるが、物販は売れない。これは、溜まる施設に流れる顧客が押し寄せた結果だろう。
 反面、駅ナカや駅チカがオープン当初から好調なのは、流れる顧客を想定したテナント構成をしているためである。
 高級店が採算を確保するためには、流れる顧客を制限しなければならない。入りにくい店作りが必要になるのだ。あるいは、商業施設のオープン時には流れる顧客に対応した雑貨や廉価品を中心に販売し、客足が落ちてから、溜まる商業施設に転換していくことも考えなければならないだろう。
 流れる顧客は、体験型消費を好む。面白いものが揃っている店、遊べる店が好きだ。でも、買物するとは限らない。企画書段階では評判が良かっただろう新業態の店は、話題になりマスコミ受けも良い。しかし、売上が上らず、結局は撤退する事例も多い。あるいは、時間の経過と共に顧客に飽きられ、話題にも上らなくなる。集客のための施設が集客できずに撤退するのである。
 それなら、どうすればいいのか。一過性の顧客、流れる顧客に対応するには、固定的なショップより、常に変化している環境を作ることが大切だ。簡単にいえば、イベントであり、仮設店舗である。
 イベントということになると、コンベンションや展示会、テストマーケティングの場としての機能が求められる。その時に必要なのはメディアである。商業施設やショップそのものもメディアである。視覚的な情報やコンテンツ情報を発信している。しかし、イベントということになると、イベントが始まる前に告知するメディアが必要になる。そこで、商業施設と連動したWEBや携帯サイトが重要になるのだ。
 また、集客機能の高い商業施設であれば、フリーペーパー等のメディアも成立するだろう。流れる顧客に対応するには、どのようなメディア戦略が必要なのか。あるいは、ショップを維持するのではなく、むしろいかに変化を続けるか、が問われるのである。
 ショップが固定したものでなく、変化し続けるのであれば、ショップデザインやインテリア、什器デザインについても発想を変えなければならない。どんな用途にも対応できる空間。一言でいえば、ギャラリー的な空間が必要なのである。
 ギャラリー・ショップが一般的になれば、ギャラリーを使って物販やサービスを行う新業態のニーズが出てくる。簡単にいえば催事販売だが、既存の催事販売とは異なるスケール、システムが要求されるだろう。百貨店のホテル催事のように、ある程度の規模で展開できる期間限定のショップである。理想をいえば、一週間でも3カ月でも成立する店が望ましい。私は百貨店がそういう業態を開発することも有望であると思う。百貨店は溜まる業態だが、動く百貨店というコンセプトもあるだろう。

3.社会的なファッション、個人的なファッション
 社会の変化はファッションの変化を引き起こす。特に、既存の社会システムが崩壊しつつあり、個人ネットーワークが増殖しつつある現在、新しい社会システムに移行しつつある。そして、ファッションも変化するのである。

 ファッションもまた、第一社会と第二社会に区分される。第一社会の男性は、スーツとゴルフウェア、ジャージーしか持っていない人も多かった。ウイークデーにはスーツ、週末は接待ゴルフ、家ではジャージーというワードローブである。最近は、接待ゴルフも下火になったので、これほど極端な例は少ないだろうが、それでも、スーツ主体のワードローブであることには間違いない。
 第二社会は、カジュアルウェアが基本になる。オフィシャルもプライベートもカジュアルだが、仕事用カジュアルはジャケットに折り目のついたチノパンツ、場面によっては、ニットにジーンズというように使い分ける。
 かつてはTPOという概念があり、時と場合、場面に応じてファッションを使い分けることが提唱されたが、第二社会では常にカジュアルであり、むしろライフスタイルやオタク別にファッションが規定される。同じ人がいろいろな格好をするのではなく、それぞれの人がそれぞれの格好をするのだ。オタクをターゲットにするのであれば、スーツの品揃えは必要ない。しかし、冠婚葬祭用のフォーマルは必要かもしれない。このように、それぞれのターゲットの実態に合わせた品揃えが求められる。
 欧米のファッションは、基本的に異性に対する主張が強い。セクシーな服だ。一方、日本では同性の評価をより重視する傾向が強く、結果的にカワイイ服が評価される。異性に対するファッションは、結婚に強い願望がある時期、合コンに明け暮れる時期だけに特化されることも多い。
 日本特有の習慣として、結婚後は自分の服を自分で買わずに、妻に任せる人が多いことが挙げられる。また、女性から男性への贈り物としてネクタイが選ばれるのも、日本特有だろう。自分の服は自分で選ぶというのが世界の常識であり、その意味で、チョイ悪、ニキータという積極的にファッションを楽しもうという主張が受け入れられたのではないだろうか。
 社会的なファッションという意味ではメイクアップだが、個人的なファッションではスキンケアが優先される。女子高生や女子大生は、仲間の証として共通のメイクをすることも多い。その場合は、仲間意識の延長としてのメイクであり、社会的なメイク、異性にアピールするメイクとは異なる。
 同様に、社会的なファッションとしてはブランド商品が挙げられるし、個人的なファッションとしては無印良品やユニクロ等が挙げられるだろう。
 社会的ファッションと個人的ファッションという分類は、二分されるわけではなく、中間にいくつかの段階が考えられる。たとえば、会社で使うもの、地域で使うもの、家庭で使うもの、仲間と使うもの、個人で使うものが考えられる。そして、新しい分類が考えられる以上、新しい売場や業態も考えられるということである。◆

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