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March 24, 2006

なぜ、日本人デザイナーが国際的に評価されるようになったか?

 中国のファッション業界誌から、タイトルのような原稿依頼を受けた。私は文化服装学院の先輩でもあるデザイナーの高田賢三氏(以下、ケンゾーさん)を例に解説しようと考え、いろいろな資料をひっくり返していたが、次第に歴史の重みが自分の肩にのしかかってきた。
 まず、母校の文化服装学院の歴史を調べてたが、お二人の創業者の洋裁教育にかける情熱が伝わってきた。並木伊三郎先生は洋裁の技術者でもあり、洋裁の講習会の講師を行っている。遠藤政次郎先生はシンガーミシンの販売に関わっており、楽器メーカーのヤマハが音楽教室を開いたように洋裁教室を考えてた。このように文化服装学院は、技術畑の並木先生と営業畑の遠藤先生と二人の男性によってスタートしたのだった。
 この頃の洋裁教育は、今のIT教育以上に時代の先端だった。日本人のほとんどが和装であった時代に、洋装の到来を予測し、洋裁教育を始めることは、どんなにリスキーでしり、どんなにエキサイティングだったことか。
 時代は変わり、1951年にデザイン科がスタートした。当時の日本は、欧米からの情報を少しずつ入り始め、二科展などの画家のグループやグラフィックデザイナーが本格的に活動を始めていた。その中で、服飾デザインの分野は、洋裁学校の教員が担っており、婦人雑誌やファッション雑誌に作品を発表していた。

 そこで、服飾デザイナーの専門教育を必要性を感じ、3年次のデザイン科を発足したのだった。当時デザイン科担任の小池千枝先生(現在の名誉学院長)は、1953年から1年間ヨーロッパに留学している。この頃、文化服装学院からは数名の教員が海外留学を行っている。それが可能だったのは、明治以降、数多くの日本人画学生がパリに留学し、パリを舞台に芸術活動を続けていたからにほかならない。つまり、パリには多くの日本人が生活していたのである。
 パリに日本人画家が渡った背景には、日本の浮世絵がヨーロッパに伝わり、ヨーロッパの画壇に大きな影響を与え、日本ブームが起きたという背景がある。更に、その背景は、江戸末期に花開いた日本の大衆文化であり、大衆芸術だったのだ。
 小池先生は立体裁断用のボディとファッション雑誌のエルを抱えて帰国し、立体裁断を含む新しいカリキュラムをスタートした。そして、1957年、文化服装学院は初めて男子に門戸を開放する。ケンゾーさんは1958年男子二期生として入学する。そして、1960年には、新人デザイナーの登竜門「装苑賞」の第8回受賞者となった。
 文化服装学院を卒業したケンゾーさんは、同級生の松田光弘氏(以下、松田さん)と共に三愛に就職するものの退社。その後、二人でパリに渡る。ケンゾーさんはパリに残り、松田さんは帰国。
 松田さんは、67年に東京でアトリエニコルをスタートした。ケンゾーさんは、70年にパリにショップ「JUNGLE JAP」を開設。翌年にはパリコレにデビューし、エルの表紙を飾るほどの高い評価を受ける。同じく、70年に三宅一生は、三宅一生デザイン事務所をスタートし、71年には山本寛斎がロンドンコレクションでデビュー。72年には山本耀司がワイズをスタートし、73年には川久保玲がコムデギャルソンを立ち上げている。そして、ケンゾーの成功に刺激を受けたデザイン科時代の同級生デザイナーが中心となり、74年に東京コレクションの前身である「TD6」を立ち上げたのだった。
 このように、ケンゾーさんの成功は、同世代のデザイナーの動きと無縁ではない。一人のデザイナーの成功ストーリーではなく、数多くの同世代デザイナー達の潮流が日本ファッションを押し上げたのである。
 そして、私自身も78年に、文化服装学院ファッションデザイン専攻科を卒業し、松田さんの会社ニコルに就職し、ファッション業界への第一歩をスタートした。
 山本耀司と川久保玲がパリコレにデビューし、「黒の衝撃」を与えたのは81年のこと。
 なぜ、日本人デザイナーが世界で評価を受けたのか。おそらく誰一人として個人だけの力で評価されたわけではないだろう。全てがリンクし、歴史と文化の中で動いている。日本のファッションにはそれだけのパワーと厚みがあるのだ。◆

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