「新しい住み込み制度」「職住一体型工房」の提案
私の実家はニッターで、昔は常に住み込みの職人がいた。工場(こうば)の床に布団を敷き、朝昼晩の食事はいつも一緒だった。3時にはお茶の時間があり、お茶とお茶菓子、夏ならばジュースやアイスキャンデーを出していた。
住み込みの職人の多くは、地方出身者の次男坊か三男坊であり、口減らしの意味もあったのだろう。また、住み込みという形態は体一つで働ける。現在ならば、アパートを借りたり、家具を揃えたりしなければならない。また、出勤のための交通費もかかる。食費は給料から天引きであり、食うのには困らない。ある意味で非常に良くできた雇用形態だったと思う。
住み込みという形態は製造業ばかりではない。問屋や小売業もかつては住み込みが主体だった。出身地や実家が明確であれば持ち逃げや盗みなどもできない。そんなことをすれば、すぐに実家に通知が行くし、業界内には回状が回される。二度と商売ができなくなってしまうのだ。
高度経済成長と共に、住み込みは減っていく。何よりも社員が住み込みを嫌がった。自由がないというのだ。また、社長の奥さんも住み込みの世話までしたくないということもあっただろう。互いのプライバシーという概念も生まれた。会社も住居と分離した。次第に住居は地価の低い郊外に移り、会社に通勤するというスタイルが一般的になった。
こうして職住は分離され、都心の中心部の夜間人口は減り、高齢化が進み、町の活力を失っていった。
そして、時代は変わった。都心部、特に下町の空洞化が進み、地価が下落した。住民は高齢者ばかりになり、地域が衰退した。
都心部にマンションは増えたが、多くは投機目的であり、そこに家庭は存在しない。地域コミュニティもない。産業も生まれない。マンションという住居だけを建設しても、仕事場やショップができなければ、地域は活性化しないのだ。
そこで、新たなる住み込み形態を考えたい。小売店、問屋、工場に住み込んで働く。そして、キャリアアップしたら暖簾分けで独立できるようにする。体一つで働き始めることができれば、日本中から若者が集まってくるだろう。もちろん、実家の親などに保証人になってもらうことも必要だろう。また、さまざまな保険制度を組み合わせて、リスクを軽減することもできるはずだ。
考えてみれば、昔の丁稚から手代、番頭へのキャリアップ制度は実に良く整備されていた。誰もが将来像を描くことができたし、将来の独立の夢も持てた。もちろん、現在は江戸時代ではないのだから、新たな制度を整備しなければならない。しかし、サラリーマンとして就職しても、将来が見えないのであれば、住み込みからスタートする職人や承認を目指すのも良いではないか。
また、新たな建築物の形態として、ショップ、工房、住居が組み合わされた「職住一体型工房」のモデルハウスを考えたい。新たなSOHOの形態であり、遊休施設の活用にもなる。古いビル、倉庫をリニューアルすることで地域活性化が実現することと思う。
活性化が必要な地域の多くは、若者あるいは外国人といった外部の人間を受け入れる土壌がない。こうした施設や雇用形態を通じて、外部に門戸を開くことが重要だと思う。◆
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