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March 14, 2005

平時の経済性追求は非常時に機能しない

 阪神淡路大震災の日から10年たった。関東地方にも大型地震がやってくる、という予測も多い。それにしては、最近のマンション建設、特に高層マンション建設が増えているのはどういうわけだろうか。
 高層マンションが地震で倒壊する可能性は低い。最新の耐震施工になっているはずだ。しかし、建物が倒壊しないことと人間が生活できることとは異なる。
 大型地震ではライフラインが寸断される可能性が高い。電気、水道、ガスの供給がストップしたら高層マンションはどうなるのだろうか。まず、エレベータが止まる。階段で往復できる限度とは何階だろうか。トイレは使用できなくなる。キッチンも使えない。パソコンも立ち上がらない。電話線が切れれば電話も通じない。携帯電話もまず回線がパンクするに違いない。エアコンも止まる。高層階の住民は自分の部屋が住宅の機能を失ったことに気がつくに違いない。

 それでも、高層マンションの建設が進むのは、やはり大地震の存在、ライフラインの切断という事態を想定していないからだろう。平常時の快適性、経済合理性のみを追求すると、非常時には予想外のことが起きる。
 新潟中越地震でも、上越新幹線が不通になり、物資の輸送に大きな影響を与えた。新幹線は東京・新潟間の大動脈だったのだ。
 これらのことに共通しているのは、平時の経済効率追求は非常時に大きな痛手をこうむるということである。これは、仕事にも生活にも共通している。
 経済の最適化だけでなく、非常時の備え、バックアップ体制を構築することは、コスト的な負担はあってもやはり実施すべきだろう。国単位のバックアップ機能で最大なものは、災害救助を目的とした自衛隊の存在である。軍隊とは非常時に活動することを目的としているため、命令系統が整い、自律的な意思決定や活動が可能である。災害時のボランティア等に欠けているのは、まさにこの機能であり、自衛隊とボランティアが連携して動けることができれば、最大限の効果を発揮するのではないだろうか。そうなると、平時における自衛隊と市民あるいはボランティアとの交流も重要になってくる。
 郵便事業の民営化の問題も、経済合理性だけでなく、こうしたバックアップ機能を考慮した上で議論すべきではないだろうか。行政機関も平時での活動よりむしろ非常時にこそ機能しなければならない。現在、経済効率が悪く、民営化やリストラが必要と考えられているもので、もし、非常時に機能してくれるのであれば、最低限の存在は許されるだろう。(平時も非常時も必要ないのであれば速やかに解散すべきである)
 更に、非常時には地域ネットワークとコミュニケーション、いわゆる「近所付き合い」が非常に重要である。こうした人的ネットワークは経済効率を目的とするものではない。災害時の作業とはまさに非経済的なものであり、これを実行するには経済的な組織では機能しないのだ。
 平時の経済性を追求していくと、いかに無駄なもの排除するかが問われる。しかし、その無駄の中には、平時には無駄でも非常時には不可欠なものも含まれているかもしれない。平時だけではなく、非常時をいかに生き抜くかという知恵が必要とされている時代が到来しているような気がしてならない。◆

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