自分の得意なことをアウトソーシングするのは危険
自分の最も得意なことほど、その重要性を忘れてしまうことがある。
例えば、昔、百貨店には「仕入れの神様」と呼ばれる人が多数存在した。それぞれの商品に対して豊富な商品知識を持った「目利き」である。当時の百貨店マンにすれば、百貨店が仕入れ機能を失うことなど想像もできなかっただろう。仕入れは百貨店の命であり、仕入れができなければ百貨店は存在できなかったからだ。
しかし、大手アパレル企業が「委託仕入れ」と「派遣販売員」を百貨店に申し入れ、百貨店は受け入れた。百貨店は仕入れ機能を果たすことなく、利益を確保することが可能になったのだ。百貨店は売場を貸すだけで、あとは問屋に任せておけば売上を上げ利益が確保できる。販売員を雇用する経費も必要ないし、売れ残りを心配する必要もない。目利きと言われた仕入れ担当も商品を選ぶ必要がなくなったのである。その制度が始まって10年も経たないうちに、百貨店は仕入れ機能を失ってしまった。目利きと呼ばれた仕入れの神様が現場を離れ、そのノウハウが後輩に継承されることはなかったのだ。
同様のことがアパレルで起きている。生産管理を商社及び傘下の企画会社に委託し、更には商品企画さえアウトソーシングする事例が増えてきた。10年も経たないうちに、アパレル企業の社員は直接縫製工場をコントロールするノウハウを失っていった。同時に、素材の知識、産地の知識も失っている。
アパレル企業の多くは、自らを「製造卸」と認識していた。営業主体の企業であっても、企画生産機能を失うことなど想像できなかったのではないか。製造卸とは、商品を生産するノウハウが命だったのだ。アパレル製品を企画、生産するノウハウがなければアパレル企業は存在できなかったはずである。
しかし、商社が国内外の縫製工場をコントロールし、素材を仕入れ、加工した製品をアパレル企業に卸すようになると、それらの機能は必要なくなった。商社傘下の企画会社が提案する商品を選び、発注すればビジネスが成立するようになったのだ。
百貨店が「自主MD」に取り組み始めたのは、他店との同質化が進み、店のアイデンティティが崩壊してからである。しかし多くの場合、成功しなかった。百貨店は仕入れ機能だけでなく、販売力も失っており、自主企画製品を売り切ることができなかったのである。
既に、アパレル企業でも他社との同質化が始まっている。そして、アパレルとしてのアイデンティティが崩壊してから、「自主MD」に取り組むだろう。他社の商品と差別化しようとすれば、素材の差別化、縫製の差別化、デザインの差別化、パターンメーキングの差別化が必要になる。その時に、アパレルの生命線である企画力さえ失っていたことに気がつくに違いない。
恐ろしいのは、こうした変化がわずか10年間で起きることである。ほとんどの産業は10年間成長し、10年間安定し、10年間で衰退する。しかも、自分が最も得意な分野をアウトソーシングすることで、自らの機能を放棄する事例が多いのである。
衰退する産業や企業を建て直すことは途方もない労力が必要である。むしろ、衰退時期に次なる新規事業を立ち上げることを心掛け、新しい分野に進出した方が結果的に成長を維持することにつながる。その新しいことを始める時にこそ、アウトソーシングをするべきなのだ。
自分の得意なことをアウトソーシングしやすいのは、その仕事に精通しており、その仕事の評価がしやすいことにある。自分の知らない分野をアウトソーシングしようにも、それを評価することができないと不安になる。
日本の繊維産業はあらゆる分野で中国にアウトソーシングをしている。それらの分野については、日本企業も評価しやすい。しかし、イタリアのデザイナーにアウトソーシングするアパレル企業は少ない。あるいは、高名なデザイン会社と契約して、新ブランドを開発することも少ない。アウトソーシングのあり方を考える時期に来ているのではないだろうか。
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