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November 17, 2004

メーカーに問われる真の企画力

CIMG0188 産地のメーカーの中には、技術万能主義者が存在する。ビジネスの主体は技術であり、その技術を持っているのはメーカーだから、メーカーは偉いという主張である。特に、昨今、問屋の力が弱くなったために、「問屋なんかメーカーの技術で食っているだけだ」という声さえ聞こえる。
 しかし、技術の占める要素は減少の一途である。具体的にいうと、アパレル製品の商品原価率は減少を続けている。私が就職した25年前には、アパレル製品の商品原価率は35~40%程度だった。ここでいう商品原価とは、アパレル製品を構成している生地、付属、副資材、縫製工賃が全て含まれている。それが現在では、25%以下に押さえることが命題になっている。中国生産の商品の場合、複雑な流通経路を通っているため実質的には20%を切っているだろう。

 商品原価率に含まれない要素には、売上を直接左右するデザイナーやパターンメーカーの給与、販売員の給与、店舗の経費、宣伝広告費等が含まれている。つまり、こうしたソフトウェアやブランドイメージ向上に対する投資を行わないと売れない時代になっているのである。
 たとえば、無地の生地を考えてみよう。確かに、糸を選び、織りの密度や組織を決定しているのは機屋である。また、原料の糸に関しては、紡績や撚糸屋の技術。染色に関しては染工場、風合いに関しては整理工場の技術が問われる。それらの技術が組み合わさって、テキスタイル商品になっているのだが、最も売上を左右するのは「色」である。生地そのものを作る技術に匹敵するのは、色というソフトなのだ。
 この場合、色を出す技術と言えなくはないが、ある意味ではセンスであり感性でもある。需要か多く供給が少ない時代には、商品を供給することが即ち利益につながった。したがってメーカーが偉かった。メーカーが存在しなければ、問屋も小売店も利益をあげられないのだ。
 供給過剰の時代になるとメーカーの立場は弱くなる。世界でオンリーワンの技術なら価値はあるが、どこの工場でも持っているような技術では価値がない。むしろ、色や形を決定するためのデザイン能力やセンスが問われるのである。勿論、そうだからと言って、メーカーをないがしろにして良いというわけではない。メーカーがなければビジネスができないという意味では同じことなのだ。しかし、技術至上主義のような主張が時代に合わなくなっているのは事実だろう。
 問屋や流通業が弱くなっているから、「企画はどうでもいい」「売れるモノをコピーすればいい」というのは暴論である。むしろ、メーカーはこれまで問屋に依存していた企画力とプレゼンテーション力、営業力を身につけなければならない。そして、オリジナルブランドを構築し、自立したビジネスを展開しなければならないのだ。その意味で、問屋機能が衰退しつつある現在、メーカーもまた自己改革しなければならないのである。
 立場が強いと威張る。立場が弱い相手を見下すという、これまでの力関係による商売は通用しない。そんな商売では後継者も育たないはずだ。問屋とメーカーの関係もこれまでの力関係による封建的な結びつきではなく、本当の意味でのパートナーシップが求められている。それには互いを尊重しあい、約束を守ることが不可欠である。◆

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