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October 09, 2004

戦いを放棄した日本人

 日本国憲法では、国際問題の解決手段としての戦争を放棄している。その是非をここで述べるつもりはない。ここで述べたいのは、日本人が戦いを放棄しているということだ。
 人生とは戦いである。幸せとは勝ち取るものである。ビジネスとは戦いである。社会的な成功とは勝ち取るものである。恋愛とは戦いである。多くのライバルに勝ち抜いて、そうの異性を勝ち取るものである・・・。「戦う」「勝ち取る」という考え方は非常にシンプルである。戦う場合、必ず相手が存在する。相手と自分の戦いであり、それぞれに長所と短所がある。それらを分析して、自分いに足りない部分は補い、相手より優れている部分を強化する。そして、戦う。そして、戦った後には、必ず戦利品が存在する。
 一方で、戦わないという思想もある。人生とは重い荷物を担いで歩くようなものである。幸せとは悟りである。商売とは、一生懸命努力することである。成功は後から着いてくる。恋愛とは出会いであり、自分には必ず赤い糸で結ばれた運命の人がいる・・・。こうした考えでは、対象は常に自分自身である。他者は戦う対象ではなく、仲良くすべき存在であり、互いに助け合う存在なのだ。

 日本人にとって、後者の方が美しく感じるだろう。しかし、後者の思想は、同じ思想を持つ共同体だからこそ機能することを忘れてはならない。また、こうした思想は、競争、競合を嫌う。既得権を持つ者が団結して新規参入を阻む。競合よりも談合が基本であり、実力よりも関係を重視する。
 アメリカから来たマーケティング、あるいは戦略的思考は、完全に前者の立場を取る。実力主義も成果主義も全て前者の思想が基本になっている。
 日本企業の年功序列、終身雇用とい雇用制度、組織、ボトムアップ型の意志決定システム等は、後者の立場を取っている。両者は、基本的な思想が異なるのであり、どちらを主体にするか、二者択一が必要である。融合ということはありえない。
 多くの日本人は、幼稚園から徹底して、共同体の一員としての教育を受ける。隊列を乱さず、規律を乱さないことに最高の価値を置く。小学校、中学校でも変わらない。「言われた以上のことをしてはいけません」「言われた通りに行動しなさい」という訓練を受け続けるのだ。受験勉強に疑問を感じたり、学習内容に疑問を感じることは許されない。与えられたものは全て正しく、全面的に受け入れるべきだ、という価値観を植えつけられるのだ。こうした価値観を持てない者は、どんなに頭脳明晰であっても落ちこぼれとされる。
 こうした思想教育を受けた子供たちが社会人になる。これまでであれば、ほぼ全員が企業に就職し、更なる団体行動の訓練を受けるはずであった。しかし、経済のグローバル化、ビジネスのグローバル化は、新しい思想の企業う生み出し、新しい思想の日本人を生み出した。古い日本人からすれば、どんなに経済的に成功しても彼らは落ちこぼれである。しかし、その落ちこぼれ共が経済を牛耳ろうとしている。古い日本人にとって許しがたい行為だろう。
 しかし、海外からみれば、ようやく国際的な日本人が出てきたと映るに過ぎない。現在のプロ野球の問題は、価値観の異なる日本人の衝突でもある。談合を守ろうとする年寄りに、若僧が競争原理を持ち込もうとしている。多くの日本人は、あの年寄り達を傲慢と感じている。しかし、若僧の真実の姿が見えてくる段階で、別の違和感を感じるだろう。それでも歴史は後戻りできない。グローバル経済の影響は、間違いなく、我々の生活レベルに浸透しようとしているのである。◆

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