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May 04, 2004

「産地の自立」と「若者の自立」

 産地に欠けているのは企画機能と販売機能。一言でいえばビジネスを組み立てる機能が欠如している。特定の技術はあるのだが、常に他者のビジネスに依存している。役割分担ということで考えれば悪いことではない。むしろ、ビジネスを考えない優秀な下請業者の存在が、大企業を支えてきた。しかし、下請業者に仕事を出していた大企業は中国に生産を移転してしまった。国内産地が国際化の波に取り残された原因は、内外のコスト格差とされるが、それ以前にビジネスを他者に依存していたことも大きな原因と考えていい。自社でビジネスを組み立てられれば、自らが中国生産を活用するビジネスに参入し、国内生産との棲み分けを考えていたと思われる。
 産地の製造業者は、国内空洞化の責任がアパレル、商社、流通企業にあると考えている人が多いようだが、彼らに商品供給している企業のほとんどが日本の合弁企業であることを見逃してはならない。もし、産地企業が自立していれば、合弁企業の多くは日本の製造業者との合弁であったはずである。しかし、多くの製造業者はその意志もなく、資本調達や海外での労務管理や生産管理の能力を持っていなかった。その結果が現在の空洞化である。

 ファッションビジネスを目指す若年失業者の問題も産地の問題と似ている。これまでの専門教育では、起業についてほとんど教えていない。選択肢は就職だけであり、企業内教育を前提とした基礎教育しか行われてこなかった。企業に依存したモノ作りという意味では、産地と共通している。依存している企業への就職がなくなった途端に、自分の進路を見失ってしまったのである。産地の下請業者が元請けから仕事がこなくなった途端に将来を見失ったことと似ているではないか。
 ファッション専門学校を卒業し、ファッションビジネスを目指す若者達の多くは、ビジネスを組み立てられない。生地を買って、デザイン、パターンメーキング、縫製を行って一点ものの商品を作ることはできるが、ビジネスにつなげる方法が分からない。学生の時に作る作品の多くは自己表現のためのアートとしての服づくりであり、ビジネスとしての服づくりではない。社会にでれば否応なく売れる商品作りをするのだから、学生の時ぐらい自由な服づくりをしても良い、という意見もあるが、それは就職率が高かった時代の話だろう。就職できない人の方が多くなった現在では、企業に依存せずに、自立する方法を教えなければならないのではないか。
 自立していない産地と自立していない学生のコラボレーションが流行っている。当然、できあがる商品はビジネスを前提としたものではない。デザインコンテストを行っても、多くは補助金事業であり、イベントそのものを消化させればいい、という発想である。本当に必要なのは、学生のデザイン力やセンスと産地の持つ生産機能を組み合わせ、ビジネスとして成立させる能力である。そこには当然、資金調達も含まれる。
 産地の製造業者に対する自立支援事業は存在するが、若年失業者に対する自立支援事業はほとんどない。既存の製造業者を支援するよりも、ヒジネスを組み立てる機能を持つ企業を支援することが、産地も若年失業者も活かすことにはなるだろう。国内製造業者を支援するには、国内製造業の機能を活かしたビジネスを創造しなければならないからだ。そういうビジネスモデルそのものを支援することはできないのだろうか。◆

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