My Photo

お知らせ

無料ブログはココログ

January 13, 2022

個人ビジネスは個人のブランディングから始まる j-fashion journal(439)

1.他人はSNSであなたを判断する

 SNSはとても重要です。
 匿名のツイッターで、ヘイトスピーチのような発言や、ひたすらご飯の写真を上げている人がいます。SNSは気分転換であり、憂さ晴らしの手段であると考えているのでしょうが、SNSをブランディングに使う場合は、大きなマイナスになります。
 自分でビジネスを行い、自分のブランディングを考える場合、SNSは重要な手段であり、戦略的に活用すべきです。
 昔は「自分の顔を出したり、名前を出すのは嫌いだ。自分ではなく、自分が作った商品を見てくれ」と言っても許されました。それが許された理由は、商品を問屋や小売店に納めるだけで、自分は顧客と接する必要がなかったからです。
 ある意味、生産者は自由でした。仕事以外は、何を言おうと、何をやろうと構わない。評価されるのは仕事だけです。流通構造が生産者を守っていたのです。
 しかし、問屋が淘汰され、生産者と小売店が直接つながるようになりました。更に、インターネットで直接顧客に販売するケースも出てきた。こうなると、生産者は商品を作ることだけでなく、コミュニケーションに対しても責任が出てきたのです。
 自分のイメージが直接商売に影響する時代になりました。個人のイメージが悪いと、商品のイメージも悪くなり、ビジネスが成立しません。
 「個人的なこと、プライベートなことは関係ない」というのはインターネット以前のことで、現在では通用しないのです。

2.匿名で個人情報は守れない

 「匿名だから、何を言ってもいい」というのも間違いです。なぜなら、匿名でも調べれば身元が分かってしまうからです。
 例えば、採用試験の時に、企業が専門業者に依頼して、「SNSをチェックして足切りする」という話を聞いたことがあります。「ヘイトスピーチするような人を入社させられない」ということですね。匿名でも調べれば分かるとのことでした。
 ですから、最初から匿名で秘密が守れると信じてはいけません。SNSは公的空間であり、SNSの発信は公的発信であると考えた方が良いと思います。
 私自身、全て本名、顔出しでSNSに対応しています。不自由ですが、常に用心しますし、不用意に本当のプライバシーをバラ蒔くこともありません。公開していいことを公開しているからです。その上で、自分の発言には全て責任を持つ。デマや他人の悪口を流したら、訴えられるかもしれません。他人のツイートも簡単にシェアしません。他人の言うことは、一応疑ってみるようにしています。原稿を書く場合も、署名原稿しか書きません。全て自己責任という態度を守っています。
 フリーランスの人間が信頼を失ったら、たちまち仕事も失います。信頼こそ個人のブランディングの基本です。
 

3.自分のイメージを作ること

 個人のブランディングとは、個人のイメージを作るということです。自分のイメージは自分で作るしかありません。
 しかし、「自分のイメージを自分で作る」ことに抵抗がある人も多いと思います。なぜなら、自分は素直に真面目に生きていく。あるいは、好きなように生きていく。それを第三者が見てイメージを決める。だから、自分のイメージを自分で作ることなどできない、と考えるからです。
 確かに、学生の頃ならそうかもしれません。周囲はプライベートな友人ばかりですから、何かを演じる必要はありません。素のままの自分を出すことができました。しかし、ビジネスの世界では、政治家もタレントもアイドルもイメージをコントロールしています。素のままの自分を出す人はいません。
 そもそも人間は、極端に悪い人、極端に良い人は少ないものです。ほとんどの人は長所もあるし、短所もあります。それを他人が全て理解することなどありえないし、本質を知りたいとも思いません。人は、自分が見たいものを見るし、信じたいものを信じます。アイドルや俳優も一緒です。その人の本質よりも、演じているイメージを好きになる。本当の性格が良いとか悪いは関係ありません。
 そのイメージを戦略的にコントロールしていくのがブランディングです。

4.本当の自分と目標とする自分

 最初に、具体的なイメージを設定しなければなりません。キャラクター設定です。自分がどんなキャラクターに見せたいのか。どんなキャラクターなら、ビジネスに有利になるのか。
 ビジネスですから、プライベートではありません。あくまでオフィシャルなイメージです。そこを割り切らないと、何もできません。キャラクターを表現し、イメージを訴求する手段がSNSです。他人はSNSであなたを判断します。それ以外の方法はありません。しかし、他人に好かれようとして、自分とは全く異なる万能の超優等生を演じても、信じてもらえないでしょう。多分、嘘臭くなります。完璧な人は好かれません。むしろ、欠点もあるけど、それも含めて魅力的な人の方が好かれます。
 アイドルもアニメの主人公も同じです。基本的には普通の人と主でで長所も欠点もあります。しかし、キャラクターを演じ続けているうちに、それが自分の本質だと思うようになるかもしれません。自分が設定する自分に、本当の自分を近づける。それは自分が理想に近づくことでもあります。
 アイドルが好かれるのは、アイドルは「誰もが好きになっていい存在」だからです。ファンは「好きだ」と言っても否定されません。だから、安心して好きになれます。また、アイドルは本当に嫌な部分を見せません。嘘をつくのではなく、見せないだけです。ファンはアイドルの本質を追求しません。汚い部分や悪い性格を知っても意味がなありません。
 個人のブランディングも同じです。見て欲しい部分を見せれば良いのであって、見せたくない部分を見せる必要はありません。

5.自分が訴求したいイメージを書き出す

 自分が自分に設定したイメージをSNSに蓄積していく。あなたのブランドにふさわしいイメージを発信していく。
 あなたのブランドにふさわしい食事とはどんなものか。ふさわしいインテリアとはどんなものか。どんなものに興味を持っているのか。それらをSNSで表現してください。
 もし、自分をクリエイティブに見せたいなら、クリエイティブなイメージを表現すべきです。ですから、平凡な格好では伝わりにくい。クリエイティブに見えるヘアスタイルやファッションを選んだ方が良いと思います。食事も遊びもインテリアも同じです。他人がクリエイティブだと認めたいイメージに近づける。自分の本質を偽る必要はありませんが、そのイメージを作っていくことは必要です。
 イメージを訴求する時に、本当の自分をさらけ出す必要はありません。むしろ、出すべきでないものは、出さないことです。それでは、どんなイメージを訴求し、どんなイメージを出してはいけないのか。それを自分で書き出してみましょう。それが個人ブランドのコンセプトになります。
 
6.オンリーワンであること

 YouTubeには、「こうすれば簡単にお金が稼げます」という動画が沢山あります。実際に稼ぐのは難しいのですが、「簡単に稼げます」と言うと視聴者が増えます。それらのサイトで紹介している成功のコツは、「売れてる人の真似をする」こと。これはアパレル商品にも共通しています。売れる商品をコピーすれば、ある程度は売れます。「売れ筋を追いかける」のは、アパレルビジネスの基本です。
 しかし、この手法はブランディングには使えません。ブランディングで最も重要なことは差別化です。他人の真似でブランド価値は生まれません。ブランディングでは、平均的に人気を獲得しても意味がありません。売れ筋の商品を揃えているだけのブランドに、ブランド価値はないのです。オンリーワンでなければ意味がありません。そして、少数でも熱烈なファンを獲得することです。最初は、少数でも影響力のある尖った人がいいでしょう。そこから、ジワジワとファンが拡大していくからです。最初からち一般受けするものを出すのはマイナスです。特徴が出ません。
 オンリーワンと言っても、強い個性と弱い個性があります。同じ石膏像を見てデッサンしても、みんな微妙に顔が異なります。その意味では、誰でもオンリーワンです。しかし、それを一言で相手に伝えることができるでしょうか?
 オンリーワンの要素を整理して「私のオンリーワンはこれだ」と言えることが大切です。非常に強い個性で悪目立ちするものは、ビジネスに向いていません。アートなら良いのですが、ファッションには難しい。やはり個性と良識、あるいは個性と知性の両方の要素を持つことが必要です。

7.個人ビジネスの基本はブランディング

 「自分のやりたいことをやればいい」と言う人もいますが、そのやりたいことが顧客の役に立つことが条件です。自分が作りたいものを作って、「あ、それ私の欲しかったものです」いう人が出てくれば、ビジネスになります。
 その延長として、世の為、人の為という「公益になること」は誰も反対できません。世の為、人の為になることを一生懸命やっている人をみたら、応援したくなるし、共感してくれます。それは最終的に顧客の利益にもつながるからです。好きなことが、公益につながっていれば、みんなが応援してくれて、そのビジネスも成功する。WIN-WINの関係になります。
 だから、「自分のやりたいこととは何か」を客観的に整理する必要があります。言い換えれば、「自分が理想とする世界とはどんな世界か」ということです。理想とする世界を実現するために、こんなサービスや商品が必要です。あるいは、こんなお店が必要です、というと説得力が出ます。
 単純に「私は好きなものを作りたいんです」と言っても、「勝手に作れば」ということになります。それを応援する意義がありません。しかし、好きなものが個々の顧客の利益にもなるなら応援したくなります。
 これが、ブランディングのコンセプトになります。あなたが作りたい世界観とそれを実現するサービスや商品。そして、それが社会の利益にもなり、顧客の利益にもなること。
 理想を語るのは意外に難しいものです。ですから、理想を語る人の周囲には人が集まります。その理想に共感できれば、協力したいと思います。ブランディングとは、理想の旗を掲げ、それを実現するための活動かもしれません。理想を馬鹿にしてはいけません。お金を儲けたいというだけのビジネスに誰が共感するでしょうか。
 個人ビジネスの基本はブランディングなのです。

*有料メルマガj-fashion journal(439)を紹介しています。本論文は、2020.4.20に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。  

アフターコロナは個人ビジネスの時代 j-fashion journal(438)

1.大量生産大量販売の反省

 これまでは大量生産大量販売の時代でした。産業革命後、大量生産ができるようになって、大量販売が必要になった。大量生産の目的は、スケールメリットによるコスト削減です。
 昔は、どんな商品も職人が手作りしていました。一人の職人が、一つの商品を最初から最後まで作っていた。現在のような大量生産でなくても、誰も困っていなかった。生産量が少なくても、商品が壊れたら修理すればいい。一つの商品を長く使ったわけです。
 大量生産が大量販売を必要とし、大量販売を継続するには、大量消費が必要になります。大量消費とは、次々と新しい商品を買い求め、古い商品は捨てることです。修理するより、新しく買った方が安い。そこまでコストダウンをすれば、「使い捨て文化」が生まれます。
 職人が手作りしていた時代は、最小限の資源で暮らしていたのに、使い捨てになると大量の資源を使います。大量の資源を使って、大量生産して、せっせと使い捨てた結果、大量の廃棄物が生まれ、地球の環境を汚しました。廃棄物を完全に生分解する前に、次の廃棄物が捨てられます。石油化学製品は生分解もできません。廃棄物は増える一方であり、環境汚染も止まりません。
 考えてみれば、人間とは地球に寄生している生物です。食料は大地や海から生み出されます。人間も手を加えているけど、元々は地球が与えてくれた「土、水、空気、有機物等」が生物を育てます。その命を人間がいただいて生きています。
 我々が着用している衣服も地球が生み出した原料で作られています。住んでいる家も地球が作り出した材料で作られています。
 私たちは、地球に生かされている存在です。それなのに、人間は自ら生存できないような環境を生み出している。「地球に優しく」というけど、人類が滅びても地球はびくともしません。困るのは人間です。人間が生きられる環境を人間が自ら壊しているのです。
 私たちは、大量生産大量販売を反省しなければなりません。

2.貨幣依存経済の反省

 現代人は、お金がないと生きられないと思っています。お金がなければ家にも住めないし、食料も服も買えない。学校にも行けないし、医者にも行けません。あらゆることにお金が必要です。そのお金を稼ぐために、私たちは働いています。
 昔は周辺の人の力を借りながら、自分で家を建てていました。食料も自給自足していました。自宅で機を織り、きものも仕立てていました。自分で作ったものを物々交換することもできたし、余剰分を売ることもできました。それでも若干の現金は必要ですが、現在ほどお金に依存していなかったのは確かです。
 その頃は、自分の生活を維持するための仕事と、お金を稼ぐための仕事が混在していました。
 更に、農村や漁村は共同体を形成していました。共同体として、道路、水路、山林等の整備も行います。現在の公共事業も自分たちで行っていたのです。
 こうした暮らしを産業革命は破壊しました。地方に散らばっていた共同体を解体して、都市に人を集めました。そして、会社や工場に勤める生活を奨励しました。個人が作っていた商品を、何百人、何千人の人が大量に作るようになりました。
 商社が、海外から原材料を大量に輸入し、倉庫に入れ、それを工場に売り、工場は生産計画を立て、製品に加工して、デリバリーする。その過程で多くの企業と多くの人々が関わります。
 昔は一人の人間が最初から最後まで行っていた仕事を分割し、大勢の人がその一部を担うようになりました。
 次第に仕事の全体像が見えなくなり、生活のための仕事から、お金のための仕事に変わっていく。そして、仕事は個人で行うのではなく、組織で行うようになりました。
 その頃から、人間はストレスに悩むようになったと思います。個人が自分のペースで仕事をするのと、組織の中で命令された仕事を行うことは大違いです。
 全体が見渡せる仕事は具体的なイメージを持つことができます。しかし、組織の一部だけの仕事は抽象的なイメージしか持つことができません。仕事に喜びを感じることはなくなり、単に生活を維持するためのお金を稼ぐ仕事になってしまいました。
 仕事がつまらないから、休日には気晴らしが必要になります。職場と住宅が遠く、出勤時間が決められているから、満員電車に乗らなければなりません。住宅もお金で買い、食料もお金で買うので、お金のために稼がなければなりません。
 世界中の人々が、そんな生活を続けた結果、地球環境は汚染され、貧富の格差が生まれました。一方で、大量の食品廃棄を生み出し、一方では食料不足で飢える人がいる。そんな世界になった原因は、自給自足を捨て、貨幣に依存した商品経済になったからとも言えるでしょう。
 
3.グローバル経済、中国依存への反省 

 貨幣経済が進化し、それがグローバルに拡大しました。
 世界で最も安く作れる地域で大量生産して、世界で最も高く買ってくれる市場で大量販売すれば、儲かります。
 但し、それを行うには、大量の物資を輸送しなければなりません。人間も世界中を飛び回ることになります。大量の燃料,つまり大量の石油が必要になりました。
 昔は小さな村で完結していたことを、世界のスケールまで拡大しました。スケールを拡大すれば、それだけ利益も大きくなります。
 そんなグローバル経済の典型的な成功例が中国でした。
 現在、世界は中国生産に依存しています。もちろん、日本も依存しています。日本は先頭を切って、中国に進出しました。
 多分、当時の日本人は中国に夢とロマンを感じていたと思います。日本が持っている技術を中国に移植すれば、中国は発展していくに違いない。同時に、日本が国内でできなかった大きなビジネスが可能になるかもしれない。もっと世界に大きな存在感を示すことができるのではないか。小さな島国に住んでいた日本人にとって、大陸進出には大きな魅力がありました。
 第二次世界大戦で敗戦してから、日本はアメリカに頭を押さえつけられていました。飛行機を作ることも禁じられ、空母を持つことも禁じられました。
 日本の繊維産業が対米輸出で成長すると、輸出の自主規制を迫られ、輸出ができなくなりました。
 日本の国力が上がり、アメリカが貿易赤字と財政赤字を抱えると、無理やり円高ドル安へと為替誘導が行われました。次第に、日本の富を収奪する仕組みが出来上がっていったのです。それでも、多くの日本人は更に努力して成長しようと考えました。
 そんな中で中国が改革開放政策を発表し、日本政府、日本企業は「日中友好」の名の元に、積極的に中国進出を始めたのです。
 当時はアメリカも中国の成長を後押ししていました。世界が中国に夢を感じていたのでしょう。
 それほど、当時の中国には何もなかった。中国には工場を建設する敷地はいちらでもあったし、工場で働く労働者も簡単に集まりました。しがらみのない国で、一からスタートできる。そこに可能性を感じたのです。そして、合弁企業を作り、理想と考える工場を中国に建設しました。
 日本企業は機械を持ち込み、技術者を送り込み、工場を育てました。それでも、日本市場に対応できるまで、10年近く掛かりました。90年代になって、中国からの輸入が爆発的に伸びました。その結果、日本の市場価格が下落しました。日本の流通企業は安く作って安く売ることに熱中しました。
 国内にデフレスパイラルが起こり、市場は収縮し、利益も減少しました。国内製造業は淘汰され、日本人は貧しくなりました。
 そして、予想外のことが起きました。あっと言う間に中国の生産力が世界の需要に追いついてしまったのです。多分、私を含めて多くの人々は「世界はもっと大きい」と思っていたでしょう。しかし、「世界の工場」になった中国は、世界市場に対して過剰生産になってしまいました。
 何もなければそのまま進んでいたでしょう。日本にとって過剰生産は当たり前のことでしたから。
 しかし、新型コロナウイルス禍で世界が止まりました。そこで振り返りました。日本は中国の成長に協力することで、何か良いことが起きると思っていました。多少は自分たちにも利益が回ってくるのではないか。しかし、結果的に中国だけが豊かになり、日本は貧しくなりました。
 情けないことに、マスクまで中国生産に依存して、本当に必要な時に入手できなくなった。日本の注文で生産したマスクまで中国政府が輸出禁止になって、中国政府の戦略物資になってしまった。
 これが、安く作って安く売りたいと思って、日本人が努力した結果です。愚かな話です。
 今後も、新たなウイルス感染が起きるかもしれません。それも中国から発生する可能性が大きいと思います。
 私たちは中国依存の体制を修正しなければなりません。安く作って安く売る。そのために海外で大量生産するというビジネスの考え方そのものを見直す必要があります。

4.個人は小さなビジネスで生き抜こう

 マスクが足りなくなって、手作りマスクが広がりました。ガーゼの生地やゴム紐も品不足が続いています。また、安いミシンも売れているそうです。
 私の知り合いの機屋さん、縫製屋さん、藍染め工場、アパレル企業、デザイナーも独自のマスクを作って販売しています。異業種の大手企業もマスク生産に参入しました。
 日本で一般に市販されているマスクの7割は中国製で、多層構造の合繊不織布で作られています。全自動マシンで生産され、一点あたり数円のコストです。それが数十円で販売されていました。しかし、正価品の入荷が止まり、転売屋が1枚500円程度で販売するようになりました。手作りマスクは、1000円から3000円程度ですが、作っている人の顔が見えます。それぞれに工夫しているのも楽しく、布製の手作りマスクを見直す人も増えました。
 自分でマスクを作るために、久しぶりにミシンを踏んでみると意外に楽しく、その勢いでトートバッグや洋服を作る人も増えているようです。
 私が文化服装学院に通っていた40数年前は、まだ家庭で洋裁をする人がいました。月刊誌「装苑」の巻末には洋服の作図が掲載されていました。それを見て、全国のファッション専門学校の学生が服を作っていたのです。また、デザイナーの登竜門である装苑賞を受賞した若いデザイナーも「半日で縫える直線裁ちワンピース」のような特集に作品を出していました。それらの服は、現在のユニクロの服のように完成度も高くないのですが、手作りの服として、それなりの魅力がありました。
 問題は消費者の価値観です。品質が高く安い商品が好きか。手作りのオンリーワンの商品が好きか。
 私は新型コロナウイルス禍で、消費者心理はかなり変化すると思っています。海外生産から国内生産へという動きも出てくるでしょう。消費者心理は極端に振れます。
 これまで安い量産品を選んでいた人も、手作り商品を選ぶかもしれません。単に商品を購入するのではなく、「支援する」「つながる」「共感する」という要素が含まれれば、商品だけの価値では決まりません。
 逆に言うと、手作り商品を継続するならば、こうした商品以外の情報やコミュニケーションが不可欠になるでしょう。
 私が個人ビジネスを推奨する理由は、もう一つあります。それは、新型コロナウイルス禍と共に金融恐慌等が発生することが予想され、多くの企業倒産と失業者増加があるだろう、ということです。つまり、生き延びるためには、個人ビジネスが不可欠になると思うのです。そんな時に、マスクを自作し、販売した経験が生きるのではないか。企業に依存するより、個人の方がビジネスがしやすい時代が来ると思います。

*有料メルマガj-fashion journal(438)を紹介しています。本論文は、2020.4.17に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。  

個人から始まるビジネスを j-fashion journal(437)

1.個人の信用を蓄積する活動を

 個人がビジネスをする時に、最も大切なものは個人の信用である。
 大企業は大企業の実績や知名度が信用になる。あの立派な会社の商品なら間違いがない、と思われるのだ。しかし、信用のない個人の場合、逆の作用が働く。個人が作る商品や個人が提供するサービスは信頼できないと思われる。
 その不安を払拭するためにも、ビジネス以前に個人の信用を蓄積しておかなければならない。個人の考え方や行動は、その人のSNSに現れる。従って、SNSの内容を磨き続ける必要がある。
 SNSを個人の趣味と考え、口汚いコメントを載せたり、過激な政治的発言をする人もいるが、それは必ずマイナスに働く。本名を公開しなくても、本気で調べようと思えば、すぐに本名が明らかになる。
 日常の雑事ばかりを掲載することもプラスにはならない。社会的な関心が低いと思われるからだ。全くSNSを行わないという態度も否定的に評価される。隠さなければいけないことがあるのかと勘繰られるからだ。
 SNSの発言は、公共な場で発言しているという意識が必要だ。世の中のためになること、他人の役に立つ情報を発信することを心がけるべきだと思う。それらは、個人の情報を蓄積する活動であり、個人のブランディングの第一歩である。
 もし、全く情報発信をしたくない。あるいは、SNSはストレス発散に使えばいい、と考えている人は、個人のビジネスには適していないので、企業組織に所属した方が良いと思う。
 
2.大企業にできないビジネス

 個人がビジネスをするなら、大企業との競合を避けなければならない。簡単に言えば、大量生産大量販売に適した商品の生産や小売である。スケールメリットがあるビジネスは、個人には適していない。むしろ、一点もの、オーダーメイド、少量生産のものが適していると思われる。例えば、ハンドクラフトに近いアパレル製品やアクセサリーの企画製造である。その場合も、大手流通業者が販売しているようなベーシックな商品では価格競争に勝てないだろう。どこかに、大量生産ではできない要素を加えることがポイントになる。
 もし、私が個人でアパレルビジネスを行うならば、アイテムを絞ってオンリーワンの商品を企画する。
 例えば、チュニックに絞った展開。基本的なパターンを何型か用意して、様々なプリント生地や配色生地をのせる。同時に、作り方教室も開催し、受講生の作品を販売するサイトも作る。そこにチュニックの愛用者を組織化する。販売サイトには、アパレルから仕入れた商品を加え、チュニックのセレクトショップにしてもいいと思う。ネット販売である程度の数量がまとまるようになれば、独自に量産してもよい。
 
3.個人ビジネスを膨らませる方法

 特定のアイテムや素材に絞り、オリジナルブランド商品として、企画、生産して、販売する。最初はクラウドファンディングを活用するのもよい。これはメーカーとしてのビジネスである。
 次に、その商品の作り方や使い方のワークショップや教育講座を作る。これは教育ビジネスであり、体験ビジネスである。
 自分の作品だけでなく、受講生の作品をサイトで紹介し、販売する。加えて、アパレルからしいれた商品もネット販売する。これは小売ビジネスになる。
 更に、ブランドの知名度が上がったら、コラボ商品の企画や生産をおこなう。あるいは、ブランドライセンスビジネスに発展させる。こうなると、ブランドビジネスである。
 こうしたビジネスの膨らませ方、成長する方法を含めたビジネス教育が必要だと考えている。

*有料メルマガj-fashion journal(437)を紹介しています。本論文は、2020.4.6に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。  

中国から離れた後、どうする? j-fashion journal(436)

1.中国は豊かに、日本は貧しくなった

 1980年初頭、中国の改革開放政策の元、経済特区が制定され、日本政府は「日中友好」事業を推進し、大手商社は中国企業との合弁工場を競い合うように設立した。
 当時の日本はパブル経済の真最中であり、金余りの状況だった。国内市場は成熟しており、地価は上がり、労働力不足だった。投資したくても国内に投資する余地は少なかったと言える。そこに未開拓の中国が登場した。商社が中国投資に飛びついたのも無理はない。
 当時の中国人従業員の給料は5千円以下だった。運送賃をかけても、中国生産の方がはるかに低コストだった。結果的に、中国生産の商品との価格競争に破れ、日本国内のメーカーは次々と淘汰された。商品単価が下がったことで、市場規模は縮小し、益々価格競争は激化した。その結果、小売業の売上も利益も減少した。安い商品しか売れなくなり、更に安い商品を供給するという悪循環に陥った。
 当時の日本企業の経営者は、「品質が高くて価格の安い商品を供給することが、顧客への貢献であり、正義である」と考えていた。しかし、結果的には日本は貧しくなり、中国は豊かになった。そうなっても、後戻りはできなかった。
 日本は製造業大国から、観光大国へと転換した。そして、世界中がウイルス禍を迎えた。世界経済と人の流れが停止した。あらゆるビジネスが止まり、世界は恐慌に陥ろうとしている。
 
2.グローバルからローカルへ

 外出時にはマスク着用が推奨されたが、肝心のマスクが店頭から消えた。日本のマスクの7割は中国生産であり、中国政府はマスクの輸出を禁止したのだ。日本政府はあらゆる企業にマスク生産を依頼し、シャープを始め、様々な企業がマスク生産を始めた。また、個人も手製のマスクを作り始めた。これは日本だけでなく、世界各国で同様の動きが見られた。
 世界各国で空港が閉鎖され、海外渡航が禁止された。2020年の東京オリンピックも延期が決まり、世界中の国が期限付きの鎖国をした。世界各国が中国への過度の依存がリスクであることを理解した。今後は、グローバルサプライチェーンが見直されるだろう。
 経済的にメリットがあっても、国内で生活必需品が調達できなければ、国民の生活が破綻する。お金のためのモノ作りではなく、生活維持のためのモノ作りが必要なのだ。
 今回のウイルス禍が去ったとしても、いつ再び同様の感染症が流行するか分からない。軍事的な安全保障だけでなく、生活維持の安全保障を考えなければならない。それには、日本国内で生活物資が生産されていた時代に戻らなければならないが、既に工場設備も生産者もいない。私たちは、デジタル技術、ロボット技術を駆使した新時代のファクトリーを開発しなければならないのだろう。

3.ウイルス禍の裏側でバブルの整理

 今回起きている経済的恐慌は、ウイルスだけが原因ではない。
 アメリカと中国は貿易戦争を展開し、両国共に大きな経済問題を抱えている。日本と韓国も政治問題が経済に飛び火し、韓国経済はそれ以前からの半導体不況に加えて、大きなダメージを受けている。イギリスはEUから離脱し、不安定な状況にある。中東の政治問題も益々混迷している。原油価格ではロシアとサウジアラビアが対立し、原油の増産と価格下落を招いている。
 こうした様々な分野の軋轢があった上で、今回のウイルス禍が起きた。このドサクサにあらゆる問題を処理しようという動きが出るのは当然だ。
 国際問題に比べると小さい問題のようだが、リモートワークの実践により、強制的に働き方改革が進んだ。そして、通勤地のラッシュがなくなるだけでストレスが軽減されることを知った。同時に、無駄な会議、無駄な出張、無駄な仕事、無駄な社員が明らかになった。
 今回のウイルス感染が収束したとしても、元の世の中には戻れないだろう。あらゆる矛盾が明らかとなり、それをどのように解消するかという仕事が待っているのだ。
 
4.自立したビジネスと暮らし

 グローバルなサプライチェーンを構築したのは、経済合理性を追求した結果だった。そして、市場原理を追求すれば、貧富の格差は広がる。世界のごく一部の人が世界のほとんどの富を独占し、大多数の人々は貧しくなってしまう。それを防ぐには、全ての生活を貨幣経済に依存しないことだ。それが今回のマスク生産で証明された。生活に必要なモノは自分で作れる状態にしておいた方が良い。全てを他国に依存することはリスキーなのだ。
 例えば、食料を外国に依存するのではなく、半分だけでも自給することができれば、現金収入は減っても生活は安定する。兼農サラリーマン、兼農経営者、兼農コンサルタントが当たり前である生活。今の日本は休耕農地もあるし、空き家もある。人口減少は自給自足的経済には追い風である。
 AIの普及によって、なくなる職業が話題になっているが、それらの人も兼農で生きる道が開けるかもしれない。地域に根ざした暮らしと仕事を再構築することで、日本は鎖国でも生き延びることができるだろう。観光立国ではなく、我々は我々の自立した生活を構築し、それを含めた日本文化を静かに楽しむ観光客が増えてくれれば良いと思う。

*有料メルマガj-fashion journal(436)を紹介しています。本論文は、2020.3.30に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。  

新しいアパレルプロダクト教育 j-fashion journal(435)

1.縫製工場を知る

 アパレル製品の作り方を教えることは、縫製工場への発注の方法を学ぶことに他ならない。
 縫製工場の仕組みを理解することが、アパレルプロダクトの第一歩である。
 アパレル製品の縫製には、生地、裏地、ボタン・ファスナーなどの付属、織ネームや品質表示などの副資材の原材料とパターン、縫製仕様書が必要になる。アパレルの企画の仕事とは、生地、裏地、付属、副資材等を決定、発注し、パターンと縫製仕様書を作成し、それらを揃えて、縫製工場に送ることとも言える。
 縫製工場は、入荷した生地を解反し、必要に応じてスポンジングマシーン(縮じゅう機)にかける。それからパターン通りに裁断する。
 縫製工場が裁断できるようにパターンを作るのがパターンナーであり、パターンナーに指示するためにデザイナーがデザイン画を描く。
 芯張り試験、工程分析を行い、ラインや人員の配置を決めて、生産計画を立てる。
 裁断されたパーツは、縫製仕様書に基づいて、本縫いミシン、ロックミシン、各種特殊ミシン等で縫製され、中間アイロン、仕上げアイロン,プレス機等によって製品に仕上げられる。製品には、織ネーム、品質表示、タグ等をが付けられる。製品が完成したら、品質管理基準に基づいて検品する。検針機を通した後に、梱包、発送となる。
 
2.縫製工場とのパートナーシップ

 海外の有名ブランドでは、優秀な縫製工場を指定している場合が多い。サプライチェーン全体がコンプライアンス(法令遵守)の問題がないことを認証しないと、ヨーロッパ市場等では商品を販売できないからだ。
 2020年の新型コロナウイルス禍以前のグローバルサプライチェーンでは、工賃の低い工場を世界中に求めていた。最初は、韓国、台湾で、中国に移転し、東南アジアに拡大した。最終的にはアフリカに行くとも言われていた。しかし、こうしたビジネスはサスティナブルではない。
 今後は、コンプライアンスの意味を含めて、パートナーシップを結んだ指定工場制度が必要だと思う。いつでも世界中の工場と取引できるというのは、グローバリズムが機能してこそだ。現在は、その構造が壊れてしまった。今後は、互いの信頼関係のもと、アパレル企業と縫製工場との役割分担と利益配分を再構築する必要があるだろう。
 例えば、縫製工場にパターンナーがいるならば、企画段階のパターンは出すが、工業用パターンに補正することを任せる。縫製工場だから分かる「縫いにくいカーブ」「縫製仕様」等は工場に修正を任せるべきだと思う。但し、アパレル企業に所属するパターンナーの技術向上のためにも、情報の共有は果たすべきだろう。
 本来、縫製工場は、日本のように加工賃で仕事を受けるのではなく、イタリアのように生地を仕入れて、製品で販売するような業態になるべきではないか。そして、ファクトリーブランドも展開すべきだと思う。そのことによって、アパレルメーカーとしてのレベルも上がるし、海外との取引も可能になるだろう。
 実は、中国の縫製工場は、OEMメーカーとして自立しているところが多い。この点は、見習うべきだと思う。
 
3.縫製工場への指示

 縫製のレベルが上がれば、アパレル企業は小売業に徹することができる。
 縫製工場がパターンメーキング機能を持てば、アパレル企業は素材とデザイン、サイズだけを指示すれば良いことになる。
 あるいは、縫製工場に付属や副資材の仕入れ機能があれば、アパレル企業は指図だけで発注を任せられる。
 更に素材調達機能を持てれば、素材の提案を可能になる。そうなると、生地の納期や価格のコントロールもできるので、その分利益を確保することも容易になるだろう。
 こういうと、国内の縫製工場は面倒だと思うかもしれない。しかし、イタリアや中国の縫製工場にとって、こうした機能を持つことは珍しくない。
 下請体質から脱するためには、これまでアパレル企業が担っていた機能を縫製工場が持たなければならない。少なくとも、パターンメーキング機能は縫製工場が持つべきであり、パターンCADと裁断機(CAM)を連携させるべきである。
 ここまでできれば、ファクトリーブランドの展開も可能になる。OEM生産とは異なるビジネスモデルが可能になるのだ。 
 
4.パターンを共有する

 ファッション専門学校では、アパレルのパターン教育を行っている。多くの場合、自分の服を作るためのパターンを自分で引いて、自分で縫製する。
 学校ではパターンの基本を教え、商品としてのアパレル製品のパターンは企業内で覚えるのが一般的だ。各企業、各ブランドには基本となるパターンがあり、それを基本に展開していく。
 それなら、原型からパターンを引くよりも、最初から製品になり得る基本パターンを配布し、それを展開する方が合理的ではないか。
 最初からグレーディングパターンを配布し、その中で自分のサイズに合うものを切り抜いて使えば、自分のサイズにも合う。
 もし、基本的なパターンを誰もが購入できるようになれば、縫製工場とアパレルでそれを共有すればいい。自分のブランドの特徴をパターンに出すのであれば、ゆるみのバランスを変えればいい。そういう作業は外部の専門企業に委託して、基本パターンを揃えておけば、すぐに量産も可能になる。
 例えば、3カ月のコースを修了すれば、シャツ、パンツ、スカート、ジャケット、ワンピース、Tシャツ、スウェットパーカー等、基本パターンを20型程度、入手できるようにならないのか。
 シャツであれば、襟とカフスのバリエーション、前端のパリエーション、後ろ身頃のバリエーション、ポケットのバリエーション等を付けてもいい。それだけで、数百型の製品バリエーションの展開が可能になる。
 全てのパターンのバリエーションならば、千型以上になるはずだ。これだけのパターンを持っていれば、簡単にサンプルもできるし、そこから発展させることもできる。

5,トレーニングは各自が時間をかけて行う

 パターン技術は、とにかく何度もパターンを引いて、それを縫製して形にするという訓練が有効だと思う。そのトレーニングはお金をもらって、仕事として取り組みながら行うのが良い。
 自分で縫製したい人は、動画教材があれば、自分でできるのではないか。こちらも、自分で縫製して、その製品を販売するという仕事を通じてトレーニングを行う方が良い。
 教育とは、情報を伝えることとトレーニングがある。技術にはトレーニングが必要であり、トレーニングには時間が必要だ。
 技術を突き詰めたいのであれば、10年でも足りない。それを学校で教えるのは合理的ではない。各自が行うべきだし、一人でもできるような手段をネット上に用意しておけば良いのである。

*有料メルマガj-fashion journal(435)を紹介しています。本論文は、2020.3.23に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

July 15, 2021

アパレルビジネス・スタートアップ教育 j-fashion journal(434)

1.専門学校卒と四大卒の分担

 ファッション専門学校では、アパレル(服)の作り方を教える。中心は、デザイン、パターンメーキング、ソーイングである。そして、完成した服をショー形式で発表する。
 これは、オートクチュールの考え方だ。一人のクチュリエ、クチュリエールが全ての工程を行い、ショー形式で顧客に見せて、受注する。そして、工房で制作し、顧客に販売する。
 既製服の時代は、全てが分業化した。デザインはデザイナー、パターンメーキングはパターンナーが行う。そして、製品化は、マーチャンダイザー(プロダクトマネージャー)が責任を持つ。一人でビジネスが完結するのではなく、チームでビジネスを行う。
 現在のファッション専門学校が担う人材育成は、デザイナー、パターンナー、縫製工である。マーチャンダイザーは計数管理が重要であり、専門学校卒ではなく四大卒の社員が担当することが多い。
 アパレル企業は、企画と販売以外の職種は、一般の大学卒に依存している。その中でも、営業職は花形で、営業から役員となり、アパレル企業の経営者になることが多い。四大卒の社員の多くは、専門教育を受けずに、アパレル企業に就職し、OJTでノウハウを習得している。

2.大量生産大量販売大量廃棄からの脱却

 1990年代から、アパレルの中国生産が増加し、アパレル企業は「いかに安く作り、安く売るか」に熱中した。当時は、人件費の低い地域や国で大量生産し、競合他社より価格優位性に立つことが、アパレル企業のセオリーだった。
 しかし、品質の良い商品を安く売る戦略は、アパレル製品の市場価格の下落とアパレル市場の縮小をもたらした。アパレルビジネスは商品の同質化と価格競争の消耗戦に突入した。
 それでも、アパレル製品は売れていたし、アパレルが好きな若者も存在した。しかし、海外生産と直営店及びネット販売が主流になり、アパレルビジネスは巨大な資本力が必要となった。しかし、2020年の新型コロナウイルス・パンデミックにより、過度の中国依存及びグローバルサプライチェーンが見直されることとなった。
 SDGsへの気運も高まり、大量生産大量販売大量廃棄が見直された。低価格の商品を使い捨てるのではなく、多少価格が上がっても良い商品を長く使うという生活スタイルが注目されるようになった。
 同時に、手作り商品の販売サイトやフリマアプリの登場により、顔が見える個人ビジネスが容易になった。2020年現在、久しぶりに個人が起業することへの追い風が吹いている。

3.クチュール教育に加える要素

 インターネットとデジタル化の波は、クチュール時代のように、一人で作って一人で販売するビジネスが可能になった。その意味では、以前よりも起業の可能性は高まったと言えよう。
 但し、これまでのファッション専門学校のように、自分の服を作るのではなく、顧客の服を作らなければならない。新しい個人ビジネスでは、プレゼンテーションやコミュニケーションも重要になる。
 オーダーメイドで一点ものを販売するビジネスだけでなく、一点のサンプルを基に量産するビジネスも可能だ。自分で縫製するだけでなく、縫製工場への指示も学ばなければならない。
 更に、セルフブランディングと商業的ブランディング、商品プロデュース、ライセンスビジネス等の知識やノウハウがあれば、ブランドビジネスの展開も可能になる。
 また、インターネットを中心としたアパレルマーケティング、SNSを含むデジタルプロモーション等の基本も知っておいた方が良いだろう。

4.クラウドファンディングを立ち上げる
 
 スタートアップからビジネスまでのフローは、どのようなものか。まず、飽和している市場の中では、存在意義のあるブランド、商品でなければ必要とされない。存在意義があるなら、自分一人で作らずに、プロデュースしても良い。
 アイディアと企画書、あるいは、スケッチやサンプルを用意できれば、クラウドファンディングのプロジェクトを立ち上げ、そこからビジネスをスタートできる。クラウドファンディングに必要な主旨や特徴を文章にまとめることは、企画書を作る作業と等しい。リターンに製品を設定することは、テストマーケティグにも等しい。クラウドファンディングのプロジェクトは、プロモーションにもつながる。ここで注目されれば、企業との契約も取れるかもしれない。少なくとも、グループ展に出展するよりもビジネスに直結している。

5.机上で学ぶこと、現場で学ぶこと

 アパレルビジネスの教育には、どれほどの時間が必要だろうか。通常の学校の教育方法ならば、多分2年間は必要だろう。しかし、2年間という設定は、必要なことを学校で基本を勉強してから、現場で更に本格的に仕事を覚えることが前提になっている。したがって、仕事を完全に覚えるのは、2年間でも不十分だ。と言っても、学校に長く通うことは経済的負担、時間的負担も大きい。
 結局、現場で考えながら走り、走りながら考えるということになる。まとまって勉強した後、まとまって仕事をするより、勉強と仕事を小刻みに繰り返すことが現実的である。実際の業務では、学校で行う架空のプロジェクトでは気がつかなかった問題点が次々と発生する。
 学校では苦手な科目も及第点が要求されるが、現場では苦手な業務をやる必要はない。不完全な仕事をされたのでは、会社は大きな損失を被るだろう。不完全な業務を行うなら、外部の専門家にアウトソーシングした方が良い。
 従って、こんな学校はできないだろうか。まず2~3カ月、勉強し、その後は自分でプロジェクトを開始する。課題が出たら相談するという形が現実的だ。例えば、受講は3カ月で終了。その後は、隔週に1回程度、フィードバックを行い、アドバイスを受けるという形で3カ月。その成果をプレゼンテーションして修了とする。
 その後はオンラインサロンのような形態でゆるやかに連携する。必要があれば、外部の専門家やメンバーに仕事を依頼して取り組めば、結果的に数年間のプロジェクトにも対応できるだろう。結局、机上の勉強だけでは細部までは分からない。実際のプロジェクトにおいて、学ぶのが最も効果的と言えよう。

*有料メルマガj-fashion journal(434)を紹介しています。本論文は、2020.3.16に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。
 

国内生産で幸せになるビジネスモデルを j-fashion journal(433)

1.モノ不足時代の社会貢献

 一昔前の経営者は、安くて良い商品を提供することが社会貢献につながると信じていた。そして、大衆向け商品を作るメーカー、大衆向けの商品を販売する量販店の双方は共に成長し、多くの経営者の成功体験となっている。
 量販店が百貨店を凌駕し、廉価な大衆向け商品が高級品を圧倒した。こうして日本の製造業は、安くて品質の高い大衆商品に集中したのだ。しかし、流通の主導権を握っていたのは、商社、問屋、大手流通企業だった。彼らは、より安い商品を入手するために、中国生産に切り換えた。そして、中国に合弁工場を設立し、日本メーカーの技術者を派遣し、技術指導を行った。
 やがて、中国メーカーは日本側の期待に応え、技術と品質を向上させた。そして、大々的に国内生産から中国生産への移転が行われた。結果的に、国内製造業は淘汰された。
 デフレスパイラルが始まり、日本のGDPは減少し、日本人は貧しくなった。
 社会貢献と信じて行った行動が、日本を貧しくした。まず、この間違いを正さなければならない。
 
2.消費地の近くで必要な分だけ生産する

 最近の若者は、消費に罪悪感を感じるという。モノを買うと、不要になった時に捨てなければならない。ゴミを出すことは、資源の無駄遣いであり、環境破壊につながる。ゴミにするなら、メルカリで売って、誰かに使ってもらった方がいい。あるいは、レンタルで借りれば自分で捨てることはない。
 お金を第一と考える人達は、モノを所有しても儲からないし、収納スペースをふさぐだけと考える。モノを所有するより、投資した方がいい。投資につながらない消費製品を購入することは無駄である。
 お金や出世に興味のない人もいる。都会から地方に移住し、自給自足を目指す。地域社会に貢献する仕事で現金収入を得て、食料はできるだけ自給する。自然の中で子育てを行い、地域コミュニティにも積極的に参加し、充実した生活を目指す。
 こうした新しい価値観に対応したビジネスは、一極集中ではなく分散型になる。一つの工場で大量生産するのではなく、消費地に近い小さな工場や工房、個人のアトリエで生産する。それをダイレクトに顧客に販売することで、中間流通経費、物流費等を削減することが可能になる。また、生産者と消費者のコミュニティも新たな価値を生み出すだろう。
 
3.日本独自のアート作品

 インバウンド消費の増大は、国内小売業の売上増大だけでなく、「日本の魅力」の再発見につながった。日本人が知らない観光名所やユニークなお店、カフェ、お土産品等をインバウンドが発見し、世界に広めてくれた。
 これまではインバウンドが偶然発見したケースが多かったが、今後は日本人側が仕掛けるべきだろう。日本独自のコンテンツやデザイン、価値観を世界に訴求する。そして、アート作品のような高額商品として販売するのだ。
 アート作品は、日本の産業界が得意とした中流向けの廉価品とは正反対に位置している。従って、既存の企業が取り組むのは難しいかもしれない。しかし、アーティストやクリエイターとして活動している個人であれば可能だろう。
 マンガ、アニメ、ゲーム、ビジュアル系バンド、ゴシック、ロリータ、コスプレ等、日本人向けのコンテンツが海外で評価されたものも有望だ。これまでとは正反対の方向にこそ、次世代の可能性があるのだ。
 
4.超実用品、非実用品、美実用品
 
 今後、日本が発信していく商品は、「脱・中流の実用品」だと思う。日本企業が得意としていた「中流の実用品」から発想を転換した商品である。
 第一は、職人がつくる包丁のように、抜群の実用性と美を兼ね備えた「超実用品」である。ここで重要なのは、装飾的ではないこと。究極の実用品。侘や寂の精神にも通じるミニマリズムである。
 第二は、招き猫やだるまのような歴史的ストーリーのある「非実用品」。これはインバウンドのお土産ニーズにも応えるものだ。
 第三は、「美実用品」だ。実用品だが、アート作品のように美しい商品。装飾で美しいわけではなく、素材や卓越した技術が生み出す造形が美しい商品。世界の富裕層に向けた商品でもある。
 以上の三つに共通しているのは、顧客ターゲットが絞られていること。そして、国産品であり、比較的高額で利益率が高いことだ。誰もが購入する実用品ではなく、マニアが購入する脱実用品であることが重要である。そうしないと、価格も通らないし、利益も確保できない。
 最早、日本の国内生産で薄利多売を追求することはできない。量は少なくても、しっかり利益を確保するビジネスが必要だ。また、自らの生活を犠牲にしてまで安売りする必要はない。経営者は、安売りは社会に貢献するどころか、社会を貧しくするという意識を持たなければならない。

*有料メルマガj-fashion journal(433)を紹介しています。本論文は、2020.3.9に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。
 

June 21, 2021

鎖国の気分 j-fashion journal(432)

1.開国と鎖国のサイクル

 日本は開国と鎖国を繰り返しながら、日本文化を発酵、熟成させてきた。
 新しい文化、技術は大陸から取り入れ、それが一定水準になると、鎖国をして、国内で熟成させる。鎖国は熟成の期間である。
 思えば、現在のように中国に生産機能を依存し、中国からのインバウンドに小売業が依存することは、日本の歴史上初めてではないか。
 戦争もせずに、経済的な植民地を手にしたかのように、日本は中国にのめり込んだ。合弁企業を設立し、日本の機械を設備し、日本の技術を指導し、中国に定着させた。そして、日本の工場のように使うようになったのである。
 しかし、気がついてみれば、日本の製造業は空洞化し、商品の価格は下落し、デフレスパイラルに陥った。日本市場は縮小を続け、中国市場は成長を続けた。「何かがおかしい」と思っても、もはや後戻りできない。そのままの惰性で仕事を続け、日本は不況に陥った。
 そんなビジネス環境が、新型コロナウイルス感染により一変した。中国経済がストップし、内部留保の少ない中国企業は資金繰りに行き詰まり、倒産の危機に瀕している。これまでの借金経営のツケは、企業と個人の双方にのしかかっているのだ。
 中国企業が淘汰されれば、中国生産に依存してきた日本企業も淘汰される。中国観光客が戻らなければ、インバウンドに依存してきた、観光、飲食、小売業等が大きなダメージを受けるだろう。
 
2.国内製造業の「失われた30年」

 1979年、社会学者エズラ・ヴォーゲルによる『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(原題:Japan as Number One: Lessons for America)の頃から、日本は海外から新しい文化や技術を導入できなくなっていた。ある意味で飽和状態だったのだ。
 本来なら、ここで鎖国時のような自国の文化を熟成させるべきだった時期に、日本の産業界は中国生産に集中した。20世紀型製造業のパラダイスを中国に求めたのだ。そして、製造業の「失われた30年」が始まった。
 もし、この時期に国内生産を高付加価値商品にシフトし、世界の富裕層に訴求することができれば、デフレスパイラルに陥ることもなかっただろう。
 また、日本の技術を活かした高額商品をインターネットで訴求すれば、日本へのインバウンドも違った様相を呈していたに違いない。そして、高付加価値型製造業は日本の基幹産業になっていただろう。
 90年代から、日本は中国生産の廉価品を、時代遅れのチェーンストア理論に基づいた薄利多売を推進した。とにかく、「安く作り、安く売る」ことだけを追求してきた。
 その結果、国内生産と国産の高級品を駆逐し、欧米のラグジュアリーブランドを導入した。
 製造業における「失われた30年」は中国生産の30年でもあった。それを取り戻すには、中国生産に集中したエネルギーを新しい国内生産に向けなければならない。
 
3.本気でSDGsに取り組む

 我々が中国生産に向かった大きな要因は、スケールメリットによる効率追求だった。質の向上ではなく、量の拡大が利益に結びついたのだ。
 しかし、大量生産大量販売は、目に見えないコストを増大させた。大量の資源消費による環境問題や貧富の格差拡大。大量廃棄によるゴミ問題や環境問題。グローバル物流によるエネルギー消費と環境負荷の増大等々である。
 企業の部分最適は、地球の全体最適と矛盾する。環境破壊を完全に修復するには大きなコストが必要だが、そのコストを無視することで利益を確保してきたのだ。
 本気でSDGsに取り組むのであれば、環境負荷や二酸化炭素排出、廃棄物処理のコスト等を算出しなければならない。
 サスティナブルな製造業とは、最小限の資源で必要な量を、消費地の近くで生産することである。そうすれば、無用な中間流通をカットし、トータル流通コストを削減することができる。
 そして、日本独自の文化や技術によるオリジナル商品であれば、インターネットを通じて世界に発信することができるだろう。
 大量生産のために海外進出するのではなく、国内生産の商品を世界中のマニアに販売するという発想が必要なのだ。 
 
4.日本文化を深堀する

 外部からのインプットを遮断し、コンテンツを発酵、熟成させる。遣隋使や遣唐使の後の日本、あるいは、江戸時代の鎖国をしていた頃の日本。
 江戸時代の日本は、国内で経済は完結していた。国内のエネルギー、国内の資源、国内の食料で日本人は生活していたのだ。
 しかし、現在は、一度グローバル経済を経験している。海外との貿易をゼロにしたら、日本人の生活は成立しないだろう。
 いきなり鎖国するのではなく、グローバルな環境で生きながら、日本国内を深堀りし、文化を成熟させていくことを大きなビジョンにしなければならない。
 そのビジョンを経済効率よりも優先させれば、海外の安い労働力を探すより、国内で開発すべき土地を探すことが重要になるのではないか。
 日本中に限界集落はあるし、休耕地や空き家も多い。人が住んでいない山岳地は広大だし、海洋資源も豊富だ。風光明媚な観光地、神社仏閣、温泉、大自然の絶景など、国内を再発見することで、海外に発信できるコンテンツは数多い。
伝統文化も食文化もきもの文化、文学や音楽、芸能、アニメやマンガも日本の資産である。
 あらゆる分野の職人の手仕事も、ローテクの機械を使った加工や、ハイテク分野にも資産は数多い。
 これからは、海外から出来合いのものを持ってくるのではなく、日本に眠っている資産を発掘し、応用し、マーケティングしていく時代である。
 そう考えると、我々は日本のことをほとんど知らないのかもしれない。ヨーロッパやアメリカのことは分かっていても、日本のことは意外に分かっていないのだ。
 我々はもっと自分の感覚を信じていいと思う。日本人が快適に感じる価値観や素材や色彩こそが、日本文化なのだから。

*有料メルマガj-fashion journal(432)を紹介しています。本論文は、2020.3.2に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

2020年は時代の転換点になる j-fashion journal(431)

1.中国依存からの脱却

 2020年、新型コロナウイルスの蔓延により、「世界の工場」である中国の機能が停止した。人の移動、モノの輸出入が止まり、中国のサプライチェーンが途切れたために、世界の生産に悪影響を与えた。グローバルソーシング、グローバルサプライチェーンは、リスクが高いことが世界的に証明された。
 また、環境意識の高まりから、大量生産大量販売による大量廃棄も危惧されている。コストダウンよりも廃棄物を減らすことが優先されれば、大量生産よりも必要な量だけを生産する流れになるだろう。
 また、グローバルな物流はエネルギーの無駄遣いであるという認識から、地産地消が奨励され、コストの低い新興国から先進国に生産機能を戻す動きも出てきた。AI、センサー技術、ロボット技術等を組み合わせることで、工場の無人化ができれば、先進国の人件費の高さや労働力不足の問題は解決するのだ。
 海外生産をするなら、それを輸出するだけでなく、生産国で販売することが望ましい。人件費の低い地域で生産するという視点ではなく、現地で販売するために現地生産を行うという考えが必要なのだ。そうなれば、必然的に生産地も分散されるし、物流費も減るだろう。
 このオペレーションを実現するには、「自社だけが利益をあげればいい」という経営ではなく、現地で人材を育成し、顧客を創造するというコミュニケーション戦略が重要になる。
 こうした流れにより、中国への過度な依存は次第に緩和されるだろう。
  
2.ハンドクラフトと地域ファクトリーの可能性

 紳士スーツはオーダーメイドが好調である。オーダーメイドが増えれば、必然的に国内生産が増え、また、衣料廃棄も減少する。
 オーダーメイドには、二つの方向がある。第一はハイテクのロボティクス工場によるオーダーメイドだ。
 第二は、ハンドクラフトによるオーダーメイドである。
 前者は大企業が主役になるだろうし、後者は個人が主役になるだろう。私はハンドクラフトに可能性を感じている。
 高齢者が増えれば、自宅でできる仕事へのニーズも高まる。町会や婦人会などの地域コミュニティと連携し、公民館等で手芸、手編みニットや洋裁を教え、それが発展すれば、新たな地域ファクトリーに育つ可能性もある。
 問題は原材料の仕入れと販売だが、どちらも専門家とのコラボレーションで解決するだろう。

3.リモートワークによる業務改善

 新型コロナウイルスは、働き方を変えた。満員電車に乗り、オフィスに集まることは感染拡大につながる。
 一部のICT企業では、全面的にリモートワークを導入した。今後は、他の企業でもリモートワークが主流になるだろう。リモートワークは、感染予防だけでなく、様々なメリットがある。全ての作業をクラウド上で行うためには、業務フロー、役割分担、決済等の明確なルール化が必要になる。これにより、業務が見える化し、無駄がなくなる。
 もし、マネジメントをAI等が行えるようになれば、組織のフラット化や業務の効率化、中間管理職の削減、人間関係に関するトラブルの減少にもつながり、結果的に社員の定着率アップも期待できそうだ。
 また、同一労働同一賃金を実現するにも、リモートワークは有効である。仕事をする「フリ」をするだけの社員は淘汰されるだろう。
 同時に、オフィスの経費、社員の交通費等も削減できるので、その分、給与に反映させれば、優秀な人材の獲得にもつながる。
 このようなメリットがあるのに、リモートワークに消極的な企業も多いのは残念だ。既存社員の既得権を優先するか、それとも業務改善を優先するか。その姿勢が問われているとも言えよう。

4.eラーニングによる在宅学習

 人は集団になるとイジメを始める。学校も会社も同様である。いじめにより、どれだけの人材が成長を阻害されただろうか。
 これを解決するだけでも、国力があがるはずだ。
 これまでの学校の授業は、全員に同じ内容を一律に教えるものだった。得意な科目を伸ばすのではなく、全科目に及第点を取ることを目指したために、画一的な人材ばかりとなり、個性が十分に伸ばされなかった。
 かつての工場労働者を育成するならば、協調性優先の詰め込み教育で良かったのだろう。命令には素直に従い、協調性を重視しながら、指示通りの作業を行う。そんな人材を育成するプログラムである。
 しかし、時代は変わった。現代のビジネスパーソンは、自分で考え、行動する力が求められている。平均的な得点よりも、得意な分野を伸ばす教育が必要なのだ。
 それには、学校で集合教育を行うよりも、個別指導が望ましい。それを可能にするのが、タブレットや動画を活用したeラーニングである。
 eラーニングならば、いつでもどこでも勉強できる。学生の期間だけでなく、社会人になった後でも、生涯学習が可能になるのだ。
 もちろん、学校の全てを否定するのではなく、クラフメートとの交流や、イベント等も有効だろう。
 しかし、現在の学校のシステムはあまりにも非効率的であり、教師の属人的な資質に依存している。また、イジメ問題のリスクは無視できないほどに大きい。
 中国では、新型コロナウイルスで学校を休む代わりに、eラーニングを普及させようとしている。この点については日本も見習いたいものだ。
 
5.新たな地域産業開発

 ビジネスのグローバル化には、三種類ある。
 第一は、生産だけを海外に移転し、国内で販売するビジネス。海外生産のコストが低いので、安く作って安く売るための海外生産である。多くのアパレル製品はここに分類される。
 第二は、海外で生産し、世界市場で販売するビジネス。自動車が代表的だが、紡績、合繊メーカー等もこれに含まれる。無国籍な商品、どこの国でもニーズがある商品である。
 第三は、国内で生産し、世界に販売しているビジネス。日本製の包丁や日本酒などがここに含まれる。この分野は日本の技術や伝統、文化が基本になっている。日本好きな海外の人が日本製品を購入している。ある意味では、オタク向けビジネスといってもいいだろう。
 これまでの地場産業は、問屋に支配されていた。自社オリジナル製品ではなく、相手先のブランド、相手先の企画で商品を加工、組み立てを行っていた。従って、簡単に海外工場に仕事が流れたのである。
 今後求められるのは、地域の文化、デザイン等を活かし、世界に売れるオリジナル製品である。インバウンド相手なら、観光と連携し、海外市場を狙うのなら、その地域の文化と共に商品を伝えなければならない。
 日本の企業が、この第三のビジネスモデルを目指せば、中国生産から国内生産への流れができるに違いない。

*有料メルマガj-fashion journal(431)を紹介しています。本論文は、2020.2.24に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

2020年、世界は立ち止まり方向転換する j-fashion journal(429)

1.新型コロナウイルス禍、先行き不透明

 2020年、中国武漢市で新型コロナウイルスによる肺炎が発生し、中国政府は武漢市を封鎖し、その後、海外渡航も禁止した。しかし、既に春節の大移動は始まっており、大型クルーズ船でも感染が発見され、乗船客は上陸できずに、海上で待機を余儀なくされた。
 「今後、感染者はどのように推移するのか」、また「いつごろ収束するか」など先行きは不透明である。
 間違いないのは、世界経済は大きな影響を受けること。そして、世界中の人々の感情もまたその影響を受けることだ。
 
2.環境少女グレタさんに共感する気分

 環境少女として有名になったスウェーデンのグレタ・トゥーンベリは、2018年の国連気候変動会議で「なにもかも間違っている。私がこの壇上にいるべきではないし、私は海の反対側で学校にいるべきだ。それなのに、あなた方は私たち若者に頼って希望を求めにくる。あなた方は、私の夢や私の子供時代を、空っぽな言葉で奪った」と演説した。
 彼女の正直で率直なスピーチは人々の胸を打ち、多くの科学者や若者に影響を与えた。
 彼女は、両親に飛行機旅行を断念させ、肉食を止めるように説得し、日常生活でも二酸化炭素排出量の少ないライフスタイルを実践している。
 ネット上では、グレタさんの背景や陰謀説が紹介されているが、それとは関係なく、直感的に協調する人も少なくない。
 例えば、ヴィーガンと呼ばれる「完全菜食主義者」が世界で急増している。彼らは、肉や魚はもちろん、卵、チーズ、バター類、はちみつ、ゼラチンなども一切口にしない。革製品の靴やバッグ、ウールの服なども身につけない。シルクの下着やファーのコート、革の財布なども駄目だ。洗顔料やボディーソープ、コスメ用品も動物性油、ハチミツ、牛乳、卵の成分が入っていないものを使う。生活全般において「動物性の素材を使わない」を貫いているのだ。
 グレタさんが発言した「飛び恥」も共感を得ているようだ。欧州など先進国を中心に飛行機の利用を手控える動きが広がっている。
 KLMオランダ航空は、2019年6月に衝撃的な企業CMを公開した。「いつも直接、顔を合わせて話しをすることは必要ですか?」「飛行機の代わりに電車で移動することはできませんか?」と問いかけ、テレビ電話会議や鉄道利用を促す内容である。
 こういう時代の気分がジワジワと拡大する中で、2020年の新型コロナウイルス禍が起きたことに注目すべきである。
 「世界の工場」である中国は麻痺し、世界の生産と消費は縮小し、経済活動は低迷するが、世界は立ち止まる機会を得たとも言える。これまでのように惰性で動くのではなく、自分たちの生活、ビジネスを見直す人が増えるだろう。そして、方向転換が始まるはずだ。
 
3.自由と平和から、統制と戦争へ

 第二次世界大戦後、多くの先進国は平和を謳歌し、経済活動に専念した。個人の自由は保証され、所得は増大し、ファッションやグルメを楽しんだ。そして、貧富の格差は拡大し、環境は汚染された。
 現在、アメリカと中国の覇権争いが貿易を規制し、経済は減速した。世界は経済よりも政治を優先したのだ。
 新型コロナウイルス禍により、中国では自由に外出することもできず、マスクも配給に変わった。正に、戦時の生活である。
 新型コロナウイルスを生物兵器だとするネット上の意見も目立っている。それが本当でも嘘でも、我々の気分は、自由・平和から統制・戦争へと転換しているのではないか。
 小さな行動規制であっても、人間はその理由を考える。新型コロナウイルスは、人間が自然を破壊した結果、神の怒りに触れたのではないか、と言う人もいる。科学的な発言ではないが、我々の感情を表現した発言ではある。
 我々はあまりにも経済第一主義ではなかったか?あまりに強欲ではなかったか?そして、あまりに自然を破壊してしまったのではないか?
 自由を阻害されるほど、そういう気分が強まってくる。我々は統制にも順応してしまうのだ。
 
4.日本のビジョンが必要

 日本は人口も減少に転じている。それでも、居住可能地域の人口密度は異常に高い。本来、どの程度の人口が適正なのか、という数字は出ていない。
 この数字を出すには、日本がどのような国を目指すかというビジョンが必要だ。人手不足だから、場当たり的に移民を認めろ、というのも乱暴な議論である。
 現在、進められている富裕層と大企業に優しい政策が果たして正しいのか。それとも、日本人全体を底上げするべきなのか。
 本来ならば、この政策の違いを明確に打ち出して議論を進めるべきだろう。少なくとも、アメリカはこうした政策対立の結果、トランプ大統領が誕生したのだから。
 少子高齢化が国の弱体化を招くという意見が多数派だが、少子高齢化の延長に幸せな未来を描くことはできないのか。

5.高度経済成長政策の逆方向に進む

 例えば、高度経済成長時代に行った政策の反対を行うのはどうだろう。
 戦後は、集団就職によって地方から都会に若者を集中させた。その反対に、在宅勤務や本社の地方移転で人口の分散を図るのである。その上で、快適な生活環境を整備するために、シェアハウス等を基本とした大家族的なコミュニティを育成していく。
 国際競争力のある大企業よりも、生活に密着した個人企業、中小企業を育成する。人口分散と共に、教育もインターネットを基盤とした新しい教育制度を作り上げる。そこでは、ディスカッションを中心とした考える教育を実践し、起業家精神を高め、ベンチャー企業を増やしていく。
 大企業、大組織の中でストレスを抱えるよりも、自分が意思決定を行い、ビジネスをコントロールすることで、幸福度は増すだろう。日本人が幸福になれば、独自の文化を持つ幸福の国として日本への憧れを強めるはずだ。日本は、あえて人口を減らし、文化と教育で生きていくという選択肢もあるのではないか。

*有料メルマガj-fashion journal(429)を紹介しています。本論文は、2020.2.10に配信されたものです。リアルタイムでの講読をご希望の方は、http://www.mag2.com/m/0001355612.htmlよりお申し込みください。

«「いいね!」需要に対応しよう j-fashion journal(428)